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光の奔走  作者: 如月あい
序章 幼き二人の絆
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聞きたい話 sideB

「火をつけた人、頭悪かったのかしら」

 目の前にいる黒髪の少女が発した一言に、アンナはすこし安堵する。

 自分が様々な話をすれば、八歳とは思えない理解力で吸収してくれる子だが、それでもやはり八歳は八歳だ。

 狂気を、憎悪をしらない。

 意図的に人を傷つけることが、そういう人がいることを知らない。

「想像は、できたはずです。ヴェントスの屋敷をすべて燃やし尽くすには、それなりの準備が必要だったはずですから」

「でも、悪い人たちだったわけではないんでしょう?」

「……悪い人たちだったら、良いと思われますか?」

 アンナは、少し意地悪をする。

 自分の小さな主人には、できるだけ多くのことを知り、そして、できれば、人の痛みをしっかり理解できる人間になってほしい。

 しかし、八歳の子供にする質問ではなかったかもしれない。

 訂正しよう、そう思ったら、先を越された。

「ううん。思わない。誰であっても、無闇に傷つけてはいけないと、言ったのはアンナよ。私にナイフの使い方を教えくれたときだって、あくまでも自分の身を守る盾だと思えと言ったじゃない」

 それも、自分の言葉を引用して。

 その一言が、アンナを深く突き刺す。

「そうですね。私は、いつか、炎の一夜の犯人が捕まることを祈っています。ヴェントス家の当主とその奥方様は、領民に愛されていらっしゃいました。ヴェントス家が所有していた領地は、今はそのほとんどを、オブスキィト家の方が管理なさっています。というのも、お二方とも、今のオブスキィト家の当主とその奥方様とご友人だったらしく、オブスキィト家は、お二人の死をひどく嘆かれ、炎の一夜で亡くなった者全員をオブスキィト家の力で弔ったそうです。それを感謝して、領民は、オブスキィトの統治下になることを誰も反対しなかったのだとか。ですが、当然、本当にオブスキィトの領地にしてしまっては、ほかの家々の反発をくらいますから、今でも名目はヴェントス家領なのですよ」

 アンナは、すこしずつ、目の前にある少女に力を与える。

 知ることは、少女の力になりうる。

「亡くなった者全員って? 亡くなったのはヴェントス家の四人じゃなかったの?」

 ただ、アンナはやはり八歳の子の想像力を、まだ理解しきれていなかった。

 アンナは自分の伝え方が悪かったかと、反省する。

「いいえ。よくお考えになってください。ヴェントス家は、ルミエハやオブスキィトほどではございませんが、力のあった家でございます。ルフレ様。この家には何人の使用人がいるでしょうか? ヴェントス家の屋敷が全焼したというのは、すなわち、ヴェントス家に住み込んでいた者すべてが、炎にまかれたことを意味するのです」

 諭すようにいってから、少女の顔を見る。

 一見黒に見える、実は濃い緑がかった瞳が、こぼれんばかりに大きく見開かれている。

 子供には刺激が強すぎただろうか。

 アンナはそれでも教えることを止められない。

 それは、この子がルミエハ家次代当主として、世に出なければならないから、ではない。

 アンナは、見てみたいのだ。純粋に。

 この子供が、黒髪に深緑の瞳の少女が、自分の教えたことを踏み台に、どこまで行き、何者になるのかを。

「ヴェントス家の事件の夜のことは、炎の一夜と呼ばれるようになり、大きな話題となりました。その話は、ヴェントス家の一家が亡くなったことを中心に語られておりますが、事実とは、そんなに小さい話のものではありません。あなたはルミエハの当主として、世を、自分の目で見なければなりません。一つの出来事には、様々な背景と理由が伴うものなのです。そして、噂として広がった話には、嘘も混ざれば、必要な情報さえ、抜け落ちていることがございます。それを見抜く力を、あなたは身に着けなければなりません」

 ただ、この子にそんな自分の都合を打ち明けるわけにはいかない。

 あくまでもルミエハ家のためかのように、振る舞っていなければならないのだ。

「……本当に?」

 深緑の瞳が、アンナのうしろめたさを攻撃する。

 この子供は何に対して疑問を投げかけているのだろう。

「本当に、でございます。嘘を見抜く力は、絶対に必要なものなのです」

 この少女は、アンナが嘘を織り交ぜたとき、いつも決まって不可解な疑問を口にする。

 本当に、の一言の続きは、なんだったのだろう。

 それを知るのが怖くて、あえて都合の良い解釈をした。

 そうすれば、この少女が黙るのは分かっていたからだ。


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