副隊長の抗議
さまざまな書類が整理されてずらりと並んだ部屋で、男二人はそれぞれ机に向かって作業をしていた。
一人は、金髪碧眼で、いかにも優しそうな雰囲気の男性。もう一人は金髪碧眼で、どこか不機嫌にも見えるような雰囲気の男性。
「諜報科特殊部隊A系統第五小隊の副隊長シリヤです」
ノックされるとともに、聞こえたきた女性の声に、男性二人は顔を見合わせてため息をついた。
「どうぞ」
優しそうな雰囲気の男性が入室を許可し、扉が開いて、女性が入ってくる。
「今日も来ました、異動の件で」
男性二人が問いかける前に、シリヤが言う。
「……やはり納得できないのですね」
「ええ。ウル科長がそれを承認しようとなさっているのも、私にとっては不可解です」
ウルと呼ばれた優しげな雰囲気の男性は、その表情を少しだけ引き締めて、シリヤを見る。
「ルフレ隊長からの希望です。こちらも確かに彼女の言い分は納得してはいませんが、それでも彼女が、教育者としての才能があることを承知しています。あなたは十分優秀ですから、他の隊に回して、彼女の隊に他の者を入れるというのも、軍には利益があるのです」
何度となく繰り返した説明を、ウルは再び言う。
「ですが! 私は直接交渉でルフレ隊長の元にいるんですよ!」
当然シリヤが納得するはずもなく、すぐさま反論してくる。
正直言って、ウルにも完全にはルフレの行動の意図が分からなかった。
ただ、シリヤのこれからの成長のために、ルフレの隊ではない方が良いという申請だったのだ。
そして、もし異動させるならその先はどこが良いと思うか聞けば、デュエルの名を上げてきたのだった。
「直接交渉で引き抜いたからこそ、シリヤ副隊長の成長を純粋に願って、異動希望を出したのだろう」
「ルフレ隊長の教える範囲を超えたなんて戯言、私は信じませんよ。自分のことは自分で理解しています」
クロッカスの冷静なフォローにも、シリヤは即座に言い返す。
そして、こういわれてしまうと、ウルとクロッカスももう何も言い返せないのだ。
確かにシリヤは優秀な人材になってはいるが、ルフレには及ばない。ルフレと言う人物は、知識も頭の回転も、剣術においても、何においても完璧で、シリヤがそのどれかにでも追いついているとは言い難い。
「とにかく、彼女がなんといっても、科長が認めなければなしになるはずですよね? そんなわけのわからない怪しい理由で異動を認めないでください」
「……承知しかねると何度も言っているだろう?」
クロッカスがウルのかわりに返答すれば、シリヤがそちらを向き直って宣言する。
「では何度でも言わせていただきますから! 失礼します」
もう何度目かわからないこのやりとりを繰り返しながら、シリヤは部屋を出て行った。
「はあ……。あんなに異動を嫌がる隊員を見ると、ルフレ・ルミエハの影響力がうかがい知れますね」
ウルがため息をついてぽつりとつぶやく。
「そうですね。それに、確かにルフレ・ルミエハが何をしようとしているのか、読めないところはあります」
クロッカスが、そういって、書類を数枚、引き抜いた。
「これを」
ウルにそれを渡し、ウルは目を通して、目を見開く。
「……なるほど。彼女が」
「ええ。そう思います」
一つはシリヤの異動に関する申請書類。それはルフレ・ルミエハと名が記されている。
そして、あとの数枚は、最近取り潰しが決まったエルバスティ家に関する告発文。これは匿名で、名は書かれていない。
ただ、二つを見比べてみると、字を変えようとした努力は見受けられるものの、どうにも似たような癖がところどころに見受けられる。
「ルミエハの人間なら、内部事情を詳細に調べあげることは簡単でしょう」
クロッカスがそういって、書類をもう一枚追加する。
「これも……。まったく、あの娘は本当に何をしたいんでしょうか。レイラ・ストケシアの件についても……」
ウルが思わず口を滑らせてから、はっとしてクロッカスを見る。
「レイラの件に関して、彼女は確かに確信がありそうでしたからね。どこで調べ上げたのか、そしていったい誰なのか、私には分からないのが悔しいですが」
そういって目を閉じたクロッカスを見て、ウルはため息をつく。
いまだに失われていないレイラへの愛情。
しかし、彼は嘘をつくことに決めた。
「そろそろ、動きそうですね。その件に関しても」
これはウルの勘だったが、最近のルフレの動きを見ている限り、何かをしようとしているのは明らかだろう。
おそらくシリヤの異動もその延長線上。
「……その時、私に、何ができるのだろう」
ウルにではなく、自分自身にクロッカスはつぶやく。
その言葉に、男二人は、きっと何もさせてくれないだろうと、心の中でどこか思っていた。




