表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の奔走  作者: 如月あい
三章 闇の追求
84/109

光と闇をとりまく陰謀

誰が見ても分かるほど、質の良い家具が並べられた部屋。

美しい装飾がいたるところに施され、柔らかなクッション性のあるソファに、テーブルを挟んで向かい合って悠然と座る二人の男女。

トレリにおいては標準装備である金髪碧眼の女性は、まさに絶世の美女という言葉がう沢しい顔立ちをしており、男性の方は、珍しい黒い髪と黒い瞳を持ち、女性には劣るものの、それなりにきれいな顔立ちをしていた。

その二人の傍で、それなりに歳のいった侍女が紅茶を淹れている。

 優雅な貴族のティータイムと言えば、それだけなのだが、話している二人の内容はそんな優雅なものでもない。

「五人連続で、あの娘の婚約者候補の家が没落……。偶然とは思えませんわね」

 侍女の入れた紅茶に口をつけたあと、ぽつりと美女がもらす。

「誰かが、手を回しているのでしょうね。本人ではないようですが」

 黒髪の男性が、丁寧な物腰でいう。それは妻に対する夫の態度とは言い難いほど、よそよそしい。

「そうね……。あの子は、献身的に働いてくれているわ。オブスキィトに関する情報も、こちらにはずいぶんとそろっているし……。予想以上に役に立つ子だこと」

 そんな態度を気にすることもなく、美女は、美しく妖しく微笑む。

「ルイスの判断は、正しかったということでしょう」

「ダンテの計画も悪くはなかったのだけれどね。まあ、私に先見の明があったのだわ。それに、あなたの申し出を受けた私も、褒めてやらなければなりませんわ」

 悦に浸る美女は、そういって声を上げて笑う。

 黒髪の男性は、紅茶を口につけて、カップを皿に置こうとして、ふと、そのカップを見て思い出したかのようにつぶやいた。

「もう、十九年になるのか」

 しみじみとつぶやかれたその言葉に、美女は首を優雅にかしげ、侍女は深くうなずいて発言する。

「そのカップは、ルイス様がルフレ様ご懐妊と、みなさまに報告なさった際に、リーシェン伯爵から祝いの品として進呈された物でございます。その品がこちらに来てから、そうですね、もう十九年も経ってしまっております」

「そう……。あの子ももう十九歳なのね。私たちのように、日々、ルミエハのために動いていると、時間の経ちも早いわね」

 カップを手に取り、それを眺めた後、美女は紅茶を飲みほし、もう一杯淹れるように侍女に申し付けた。

「それにしても、誰が手を回しているのか」

 美女の最初の問いを、黒髪の男性が再び問いかける。

「私の従弟がずいぶんとドジを踏んで、エルバスティ家も取り潰しに……。横領がばれてしまうなど、どれだけ注意力のないバカだというのでしょう。やはり分家の人間はだめだということははっきりしたのです。是が非でも、あの子の婚姻を機に、ルミエハの地盤を固めなおさなければいけないというのに」

 いらだちを隠すことなく、美女はため息をつく。

「やはり闇の家でしょうか?」

「そう思います。ただ、仕返しをしてやろうにも、闇の家の今代の当主は潔白すぎる。表立っては攻撃できません。今までならば、両家ともにお互いをつぶそうと代々、裏でいろいろな争いがあったというのに、あの男はこちらに対する戦意がないどころか、私達と協調しようとさえしているのですよ。ばかばかしいことですわ。光と闇は相いれないと言うのが分からないのか」

「本当に、気に入らない男だ」

 同調するように言った黒髪の男性の言葉に、ふと、そちらの方を見やって、金髪碧眼の美女は、妖しい笑みをうかべる。

「ダンテが気に入らないのは、闇の当主ではないでしょう?」

 どこかためすような表情を浮かべる美女に、今度は、黒髪の男性が形だけの微笑みを作る。

「ええ。そのための、あなたとの契約ですからね」

 その目は、笑うことなく、ただどこか遠くに向けられる憎悪だけを宿していた。



-------------------------------------------------------------------




 温かい午後の日差しが差し込む、広い庭園で、二人の男女が向かい合っていた。

 赤銅色の髪と瞳のドレスを着た女性と、赤みのかかった茶色の髪で、軍服を着た男性が、互いに触れそうな距離で立っている。

「お帰りなさい、アベル」

「ただいま、マリエ」

「何かあったの?」

「開口一番それか」

「開口一番にはお帰りなさいって、言ったでしょう?」 

呆れたように言う男性に、赤銅色の女性は強気に言い返す。

「何かないと帰ってきたらだめなのか?」

「アベルが何もなくてこんな時に帰ってきたことがあった? 私の顔が見たかったからなんて台詞、あなたの口からきいた覚えはないわね」

「な、そんなバカみたいな台詞、誰が……」

 顔を真っ赤にして、そっぽを向く。

 そこで視線を外したため、アベルはマリエの表情が見えていなかった。

「バカみたいな……か。そう、よくわかったわ。私に会いたいってアベルが思うなんてバカらしい妄想は止めろと?」

 すでに四の月に入っているというのに、その場の空気は一の月よりも冷たい。

 一瞬にして凍りついた場に気づき、アベルは自分の失言に気づく。

「いや、そんな意味じゃなくて、その……」

 それでも自分のプライドから、素直にその言葉がでない。

 彼女を口説き落とした当時、学生時代でこそ、今考えればかなり恥ずかしい台詞もわりと言えたものだったが、やはり軍属して以降は、なかなか甘い台詞を吐くには勇気がいる。

「用件は?」

 マリエはそんなアベルを甘やかすことなく、冷たい口調で事務的に尋ねてくる。

 アベルもどうしてもその先を続けることができずに、最初にここに来た目的を告げることにした。

「エルバスティ家が取り潰された。ついでに……ブリュネ伯爵家も」

 氷点下の空気が少しだけ揺れる。

 アベルはすでに確信めいたものを抱いていた。

「エルバスティ家については当然知ってるわ。ルミエハの分家の一つが倒れたんだから、トレリでそんなことを知らない人もいないでしょう? ブリュネ家については、知らなかったわ。何をしたのかしら?」

「最近、何故だかオブスキィト家の子息の命を狙い、その証拠がどこからか降って湧いてつぶされたようだ。オブスキィト家の名はそれだけ重い」

 マリエの表情がこわばる。

「デュエルを狙った、ですって?」

「どうして知らないと言ったんだ? そんな重要なことが耳に入っていないわけないだろう」

 問い詰めるようなアベルの口調に、マリエはたじろいだ。

「ただの噂だと思ってたわ。オブスキィト公爵家の直系の人間を狙うなんて、バカすぎるでしょう」

「それなら、先ほどの質問の答えもそういうべきだったんじゃないのか?」

「それはっ……」

「お前が手を回したとき、別件での罪の証拠を軍につかませた。だから、その噂は嘘だと思ったんだろう。そしておそらく、デュエルのためにひそかに動いたどこかのご令嬢が、デュエル暗殺未遂の証拠をとりつけてくることは予想外だった」

「……。何がいいたのよ? 私が手を回したって、まるで私がブリュネ家をつぶしたかったみたいな言い草ね」

「つぶしたかったんだろう。ルミエハ寄りで、子息は二十歳。ずいぶんと彼女の夫としては条件がいい。ブリュネ家がルミエハとの縁談を断る理由は皆無だ。そうすれば、彼女の意志に反して、婚約は決まってしまう」

「はっ、考えすぎよ。あの日の大ゲンカを忘れた? それに、ルミエハと協調したいと言っている割に、息子はルミエハに近づけたくないんでしょう? そんなゆがんだ想いが、推測を狂わせるのよ」

 アベルが真剣な表情で言ったことを、マリエは軽く笑い飛ばし、自分のペースに持っていこうとする。

「あれは一時的で構わないと思ってたさ! それにあいつがあんなに完璧にやりきるとは思ってなかった」

「ルミエハと関わりすぎたら、ルミエハを刺激することになるから、俺がルミエハとの確執を完全に取り払うまでは、あまり関わるな、って言ったのはアベルよね? 仕事以外じゃ二人で話もしないそうよ。あの子が二十歳まで婚約を待ってほしいって言ってるのは、何故だかわかってるでしょう? アベルが余計なこと言うから話がこじれてるんじゃない。そもそもデュエルは私たちにばれないように細心の注意を払ってたし、それはあのお嬢様も同じこと。わざわざ、感動の再会の日に、はじめましてなんて言わせるべきじゃなかったわ」

 言っていることが二転、三転としていることに気づきながらも、マリエとアベルは言い争いを続ける。

「俺が余計なことを言わなくたって、デュエルとルミエハ長姫の婚約はありえなかっただろう? それにいっそ、デュエルが他の女の子に気を向けてくれても良かった」

「なんですって? あの日、私がさっさと引き離そうとしたら、すごい剣幕で怒ったのに?」

「あれは子供だったからだろう! せっかくの遊び相手を奪うなんてかわいそうじゃないか!」

「アベルは息子のことが分かってなさすぎるのよ! あの子は、あの年からずっと本気だったわ! 遊び相手なんて温い関係じゃなかったのよ! 引き離すならあの時しかなかった。今さら引き離すなんて無理でしょう!」

 マリエの高い怒鳴り声が響き、使用人が数名、喧嘩をとめようかとおろおろしている。

「ああ、ああ! そうかもしれないな! だからこそ今、ルミエハとの協調路線を取ってるんだろう!?」

 アベルもアベルで我を忘れて大声で怒鳴り、二人は完全に周りが見えなくなっていた。

「そう言い続けて、何年経ってると思ってるの! 遅すぎるのよ。それにデュエルがあの子とと関わってたくらいで、破たんするような計画が上手くいくと思ってるの?」

「お前こそ分かってない! ルミエハとオブスキィトは二百年もゆがんだ関係を続けてきたんだ! その発端は今となってはわからないが、互いへの憎しみや恨みだけが、子供へと継がれてゆく。デュエルにひっかきまわされながら、ルミエハと和解するなんて到底無理に決まってるだろ!」

「そのためにあの子を失ったら、デュエルのためにならないじゃない!」

「俺がルミエハと協調しようと思ったのは、デュエルのためだけじゃないぞ!」

「わけのわからない因縁で、何人もが命を落としてる両家争いがばかばかしいからでしょう? 知ってるわよ! そんなのデュエルが生まれる前から言ってたものね! それでも、デュエルのためじゃないと言うならば、せめてデュエルの邪魔をしなければよかったじゃない!」

 マリエの最後の言葉が、アベルの何かを切ってしまった。

「ふざけるな!」

 さきほどまでも大声をだして使用人を震え上がらせていたが、今度は異質だった。

 怒りに満ちたその声は、マリエの勢いを削ぐ。

 それを見てもおさまらない怒りのまま、アベルはマリエの肩を激しくつかむ。

「俺がデュエルのことを何も考えてないとでもっ―――」

「―――っ……うっ……」

 怒りを乗せて放たれたその言葉は、最後まで言い終えられることなく宙に消える。

 急に訪れた静寂に、響くのはマリエのすすり泣く声。

 それは意地なのか、マリエはアベルに肩をつかまれ自由にならない体はそのままに、顔だけを下にさげ、決して泣き顔を見せないようにしている。

 そんなマリエの様子に、アベルの怒りは急速に冷えていく。

「悪い」

 ぽつりとつぶやいてから、肩をつかんでいた手を離す。

 そうして腕をつかんで彼女の体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。

「離しなさいよ!」

 思いっきりアベルの胸を押して離れようとするマリエを、さらに力強く抱きしめて、そうして耳元で、さっき羞恥に負けて言えなかった言葉をつぶやく。

「……嬉しかった。久しぶりに会えて」

 マリエの抵抗がぴたりとやむ。

「確かに用事はあった。ただ、お前が無茶したんじゃないかと思って追及しに来たが、別に喧嘩しようと思ってたわけじゃない」

 なだめるように、ゆっくりとマリエの耳元でささやき続ける。

「……じゃあ、なんなのよ」

「心配だったから。無茶、するのが」

 赤みがかかった茶色の髪とは比にならないぐらい真っ赤になった顔を、決してマリエに見られないように、マリエの髪を梳きながら言う。

「っ……バカじゃないの。こんな真昼間から恥ずかしい。私が心配だったって、そもそも私が犯人だってことはアベルの中で決定事項なわけ?」

「違うのか?」

「……さあ? どうでしょうね」

 なおもはぐらかすマリエを、もう一度問い詰めようかと考えて、やめておく。

 何年経っても、マリエの涙にはアベルは叶わない。

「血筋かしらね」

「え?」

「周りに反対されるような(ひと)を選ぶのは」

 アベルはそういえばそうだったと思い出す。

 自分たちの結婚も、そんなに簡単なものではなかった。

 孫の顔を見てすぐに亡くなったアベルの父は、それなりにオブスキィトの血統を重視しており、子爵家のマリエを快くは思っていなかった。

 アベルの父がルミエハに対抗心を燃やし、そしてマリエとの結婚を反対したからこそ、アベルは父への反抗心から、ルミエハと協調する方法はないのかと考えはじめたのだ。

「それにね、あの子たちには、反対されなくなる理由ができる。私は、そう思うわ」

 アベルの腕の中で、マリエがぽつりとつぶやく。

 周りにいた使用人たちも、喧嘩がおさまったのを見て取って、解散しており、この場には二人しかいない。

「理由?」

「ええ。誰もが認める理由が。だって、あの二人は、きっとそういう運命だから」

 意味が分からず、マリエの顔を見る。

涙は完全にひき、その顔には、いつもの強気な笑みが浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ