両家の対立を無くすには
建国祭から一週間。城内もさすがに祭りムードからは脱しており、早朝の城内は、朝は通常の静けさを取り戻していた。
訓練場ですぶりでもしようと、一人で歩いていると、何やら見覚えのある人物二人が、話し込んでいる。
黒く長い艶やかな黒髪で顔立ちのとても整った女性と、さらりとした短い金髪で愛らしい顔立ちの女性。
近づいて、話しかけようか悩んでいたら、金髪の女性がこちらに気づいて手を振ってきた。
その様子に、黒髪の女性もこちらを振り返り、会釈する。
その態度はあくまでも、仕事の同僚のもの。
「おはよう。ルフレ、セレス」
さらりとセレスの名を呼べば、ルフレが驚いたようにデュエルとセレスの顔を見比べる。
多少は気にしてくれていると思っていいのだろうか。
「おはよう、デュエル。一週間ぶりね」
「ああ、建国祭で見回り一緒だったの?」
セレスの一言だけでルフレは察したようだった。相変わらず、おそろしく頭のまわる人である。
「そうそう。その時に、隊長呼びじゃなくてもいいって言ったのよ。あなたが信頼してるんだから、私も信用しようかと」
誤解されない程度の理由はつけていながらも、さらりとルフレの反応をうかがうような微妙な表現を混ぜてセレスは言う。
「そうね。デュエルは信頼できるわよ」
ルフレがあっさりとそんな返答をし、デュエルはわずかに思い悩むことになる。
「そういえば、ちょうどいいじゃない。今、適当に話をつけとけば? 正式な通達は後で出せばいいし」
セレスが思い出したように言って、そして、わずかに身を後ろに引いた。
そしてルフレの背後から、どこか挑戦的な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「話って、仕事のこと?」
セレスのおぜん立てをありがたく利用させてもらうことにしたデュエルは、ルフレの方をきっちりと向き直って、問いかける。
「ええ。実は、オードラン子爵領の領民から、子供が連れ去られる事件が多発して困ってるっていう手紙が来たの。港町だから、他国が主導の人身売買なんじゃないかって思ってるわ。今までずっとルミエハ家よりだったけど、今代のオードラン子爵はオブスキィト派を明言してるから、あなたが行った方がオードラン子爵の協力も得やすいかと思って。その代りに、この前依頼していたのは、B系統の他の隊に回すわ」
オードランはトレリの西の端にある小さな領地であり、海に面している西側の数ある領地の一つである。
王都からは、馬でも一週間はかかるだろう。
そして、昨日うけとった依頼をとりさげるという提案をするということは……。
「人身売買の組織なら、隊全員動かした方がいいか?」
「それがいいと思う。一応、捕まえてきてほしいっていうのが本音だけど、あまりにも規模が大きすぎて手が負えないようならば、情報を集めたり、現行犯だけを捕まえてくれればいいわ」
引き受けてくれる、とばかりにこちらを見つめるルフレに、デュエルは大きくうなずいておく。
正式な通達は後だと言っていたから、その時にもっと詳細は分かるのだろうが、どのみち一か月近く外に出ることを覚悟しなければいけない依頼だ。
しばらく会えないのなら、この前アベルと話したことを聞いてみようと思った。
「あのさ」
「?」
話しかけてから、一度言葉を切る。
ルフレは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
そのうしろに、セレスが視界に入る。これから話す話を、セレスに聞かせてもよいものか。
しかし、そのしゃべりに合わない愛らしい顔立ちの彼女と目が合ったとき、覚悟は決まる。
信じてくれると言われたのだから、こちらも信じるほかないのだ。
「……研修生の時にさ、よく言ってただろ。ルミエハとオブスキィトのくだらない因縁はどうにかならないのかって」
そもそもそんな話を覚えていないと言われたどうしようかと思ったが、流石はというべきか、しっかりと覚えていたらしく、懐かしむようにルフレは頷く。
「オブスキィトは、オブスキィトの銀細工を、ルミエハが多く持つ国外商人とのつながりを通して売ることを考えてる」
「それでルミエハは仲介料をもらって、つまりオブスキィトとルミエハの共同作業をして、距離を縮めようってこと?」
唐突に言い出したことだが、ルフレはしっかりと理解してくれたようで、補足までしてくれた。
このことはまだ公にはなっていないし、調整段階であるため、あまり広めてはいけないのだが、ルフレには知っておいてほしかった。
「俺はいつかオブスキィトとルミエハの対立が、完全になくなってほしいと思ってる。それは父さんも同じだとは思うけど……」
その先の言葉をいいかけて、途中で言葉を止める。
ルフレが真剣な表情で何やら考え込んでいたからだ。
首をかしげていることで、後ろで結った長い黒髪は右側に落ち、頬にあてられた手の、人差し指がとんとんとリズムを刻む。
セレスはセレスで驚いたようにこちらを見ていたが、自分は話さないといわんばかりに、首を振っていた。
「デュエルは、対立を完全になくしたい。そして、オブスキィトが選んだ手段はそれなのね?」
話し始めたルフレの深い緑色の目が、何かの答えを見つけたかのように光を宿してこちらを見つめている。
その目から、逃れることができないまま、デュエルは頷いた。
「私も、よ」
「え?」
「私も、ルミエハとオブスキィトの対立を完全に無くしたいと、願ってるわ。心の底から」
そういって微笑んだ黒髪の女性は、なによりも美しく、デュエルを魅了した。
だから、忘れてしまっていた。
デュエルが両家の対立をなくしたいのは、ルフレの隣にいたいからだと、伝えることを。




