光の暗躍?
金属がぶつかりあう高い音が、場に響く。
剣をふるうたびに揺れる赤銅色の髪と、金色の髪。
赤銅色の青年が、自分の剣で相手の剣を払い、相手の剣が宙を回転して地面にささったのと同時に、ぴたりとその剣先を相手にむける。
「参りました」
ダグラスの声で、その場に張りつめた緊張が一気に緩んだ。
「おつかれ、さまです。流石ですね、隊長は」
「強いですね!」
ヒラリーがのろのろと称賛の声を上げ、レティスがそれにかぶせるように声を上げる。
「いや、でもダグラスとやると疲れる。模擬なのに実践みたいな緊張感を出すからさ」
デュエルがその場をぐるりと見回すと、軍の訓練場に来ていた他の隊員が、数名こちらを見て、親指を立てている。
どれもデュエルの見知った顔だ。
「模擬でも緊張感を出さないと意味がありません」
ダグラスは至極真面目にそういって、地面に突き刺さっている剣を抜き、剣を振って土を落とす。
「隊長って、ほんと負けなしですよね」
レティスが再び口を開くが、それにデュエルは答えられなかった。
「この隊の中では負けなしですね。ただ一度だけ、模擬で……負けてましたけど」
ダグラスが言葉を濁しつつも、デュエルの代わりに言ってくれた。
レティスは首をかしげ、ヒラリーは、もしかして、と顔を上げる。
「アベル元帥、ですか?」
「いや、俺、アベル戦闘科長には勝ったよ」
ヒラリーの元帥と言う言葉をあえて戦闘科長と言い直す。戦闘科は、トレリ軍の中で、一番、戦いの前線に出る軍であり、護衛科と諜報科とは一線を画している。
彼らはどうも、自分たちこそ命を張っているのだというプライドがあり、軍の中の継承が、他と若干違う。
元帥も、要は戦闘科長のことなのだが、他の科と区別したいがためにそう呼ぶのだ。
だが、どうにも自分の父親をその敬称で呼ぶのは気に入らず、言い直したのだ。
「そんな試合、いつされたんですか?」
ダグラスに聞かれて初めて、その勝負は、個人的にしたものだったことを思い出す。
もしかしたらアベルの品格を少々下げてしまったかもしれない。実際に、父親に勝てたのは、剣の腕では、という条件付きなのだ。
「ああ……家で。しかも、剣勝負だったからっていうのはある。手段を問わずで戦闘したら、まちがいなく負けるけど」
だからきっちりとフォローをしておく。仮にも戦闘科長たるものが、諜報科特殊部隊の一隊長より弱いなんてことがあってはならないのだ。
「剣だけでも、隊長のお父上に勝てるなんて、すごいです」
ヒラリーがのろのろと、それでも頑張って、尊敬の意を示してくれた。
どうやら気がそれたらしい、もともとの質問は忘れてくれたようだ。
ほっと一息つくと、後ろから凄まじい殺気を感じて、ふりかえると、そこには赤みが買った茶色の髪と目をした、一見すると優しげに見える男性が、こちらをにらんでいた。
デュエルはしばし考えた後、訓練場にいる兵士の視線が集まりつつあることを感じながらも、言葉を発する。
「アベル戦闘科長との勝負の話、やっぱりばらしたらまずかったですか?」
目の前に立つ、自分の父親に挑戦的に話しかける。
ヒラリーが驚いた顔をし、ダグラスとレティスは、アベルの方を見て、さっと軍の礼をとる。
「デュエルの賭けたものについてばらそうか?」
隊長の敬称がないのを聞いて取って、デュエルもそのように返答する。
「ばらせばいいだろ? 核心は知らないはずだ」
今度は三人がぎょっとしたようにこちらを見た。だが、この男がそんな細かいことを気にするとは思えない。
「減点だな。甘い」
父と子の視線が絡まり、その場に少し緊張が走る。
しかし、それはアベルの方から破られた。
「……ちょっと話がある、顔貸せ」
ちらりと三人の方を見る。三人ともうなずいているということは、要するに行って来いということか。
「承りました」
その言葉を聞くと同時に、アベルは訓練場の外へと足早に出ていく。
それの後を慌てて追いながら、そういえば親に会うのは久しぶりだな、とふと思う。
一度くらい帰らないと、そろそろマリエがうるさそうだ。
しばらく歩き、人気がないところまで来て、アベルは立ち止まる。
「どうしたんだ?」
「ルミエハについてだ」
あっさりと言われた言葉にもう一度あたりを見回す。そんな大事なことを話すにしては、場所の選択がずいぶんと適当だ。
もちろん、戦闘科長がそんなことも考慮から外しているわけがないので、意図的ではあるのだろう。
「先日、ルミエハの三つあるうちの分家の一つ、エルバスティ家が、横領および、とある人物の暗殺容疑で取り潰しが決まった」
深刻そうな顔で告げられたその言葉に、違和感を覚えて首をかしげる。
その話ならすでにデュエルの耳にも入っている。ルミエハの分家が一つつぶれたことで、トレリ王国全土の話題の種になったのだ。
「今、残っているルミエハ分家は、ハルユラ家とクレーモラ家の二つ。もしルフレ・ルミエハが公爵を継がないことになれば、ハルユラ当主本人か、その息子が候補に挙がることは分かるな?」
「ああ。そのための分家だろうからな」
ルミエハとオブスキィトは、王室と同じぐらい血を絶やすことを嫌う。
そのため、だいたいどの代の時も、両家ともに分家が三つぐらいは存在している。
分家が無いような時代は、当主が男であれば、妻を複数人娶り、後継者以外の子供はすべて分家の当主として領地を与える。
爵位は、功績をあげた家は王家から付与されることもあるが、そうではないかぎりは、ルミエハあるいはオブスキィトの直領地の中を分割統治しているという形で、分家に力を持たせるのだ。
そして、ルミエハ分家残り二つの中では、先代の当主の功績により、現在はハルユラ家だけが伯爵家としての地位を持っているのだ。
ちなみにオブスキィトの分家三つは現在すべて伯爵の爵位持ちだ。
「そのハルユラ家に関する、芳しくない情報が、ずいぶんとオブスキィトに流れてきている」
アベルがその赤みがかった茶色の瞳をまっすぐとこちらに向けて話してくる。しかし、その真剣そうな表情が何故なのか、デュエルには理解しがたかった。
「わからない、って顔してるな。確かに、ルミエハの情報は、常に入るようにはしている。ただ、最近あつまっているハルユラ家に関する情報は、整理されすぎている」
「整理されすぎ?」
「ああ。情報は断片的にかき集めて、それを一つに形成して、初めて効力を持つ。ただ、今回はその形成後の情報をまるごとこちらに流している、そんな感じだ」
「要するに、誰かがハルユラ家をはめようとしてるってこと?」
虚偽の情報をオブスキィト側に流し、ハルユラ家を没落させる。先代は優秀だったハルユラ家だが、今代はあまり評判もよくないことだから、どこかで恨みを買っていてもおかしくない。
「いや、それが、どうにも情報は正確で、裏を取ればとるほど、確固たるものになるんだ」
「は? それじゃまるで、ルミエハの中で誰かが裏切って……」
そこまで言ってから、デュエルは自分の言葉にはっとする。
わざわざアベルがデュエルのところまで来て、そんなことを言い出したのは、アベル以上に、デュエルの方が事の真偽を確かめるのに適任だと思われたからではないのだろうか。
「気づいたか。そう、正直言って、ルフレ・ルミエハが手を回しているとしか思えない。そればかりか、エルバスティ家でさえも、彼女が手を回したような気がしている。私は本人と言葉を交わしたことはないが、デュエルは違うだろう? 実際、彼女はそういうことをしそうな人間か? 軍での評価を見る限りでは、十分にありえる可能性だが」
「……ありえる、というよりは、たぶんルフレだ。ただ、面と向かってつぶさないあたり、両親にばれないようにやってるっていうのが現状だろうな」
爵位持ちの分家二つをつぶせば、ルミエハ勢力は削げる。クレーモラ家は、爵位をもっていないため、ルミエハ家当主代理として、ルミエハの一部地域を納めているにすぎない。
それはほとんど分家と言っても、ルミエハ家同然なのだ。つまり、あまりオブスキィトとの勢力争いには関係が無い。
「なるほど。それにしても、自分の家の勢力を削いで、彼女は何がしたいんだろうな?」
「たぶん、オブスキィトとの和解に持って行けるように、だと思う。その話は、軍に入ってから、したことがある」
軍に入ってからのこの何年か、特に研修期間の時に、二人で言っていたのだ。
ルミエハとオブスキィトの争いを、どうにか収束させたいと。
それは、ロイとレンティではなく、ルミエハとオブスキィトの次期後継者として、話し合ったものだった。
「そうか。それなら、とりあえず、その情報をどう使うか、慎重に検討しよう。ただあそこまで明確に出されてしまうと、おそらく爵位剥奪のみならず、それ以上の罰が下るのは避けられないが」
「たぶん、それが望みだろう」
ぽつりとつぶやくデュエルに、アベルは何か言いたそうにしたものの、首を振って、言葉を紡ぐ。
「わかった。時間を取らせたな」
「……いや、ありがとう」
デュエルにとっては、ルフレについての情報は、なんだってありがたい。
「? まあいい。訓練に戻れ」
さすがにそんな気持ちは伝わらなかったのか、不思議そうな顔をされた後、戦闘科長として発した後の言葉に、デュエルは敬礼で答えた。




