聞きたい話 sideA
日は傾き、西向きの窓から夕陽が差し込む時間。
レイラから聞いた話を静かに整理していた。
あと少しで夕食の準備も完成して、侍女が呼びにくるだろう。
レンティは、本棚の前に立ち、ある本を探す。
そして、見つけて、その本を手にとろうとしたら、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
言いながら伸ばした手をひっこめる。夕食の準備ができたのだろうか。
入ってきた人物を見て、その考えが誤りであったことを知る。
「アンナ」
この家において、レンティが全信頼をよせる人物だ。
「ルフレ様。私をお呼びでしたか?」
窓際に座って、ぐるぐると思考を巡らせていたから忘れていたが、今日、レイラと別れて、家に戻ってきたとき、門番にアンナの所在を聞いたのだ。
その時は屋敷の中にはいないと言われたのだが、門番がどうにも気の利く人物であったらしい。帰ってきたアンナに話をしておいてくれたのだろう。
「ええ。聞きたいことが、あって」
「なんでしょう?」
「レイラが、婚約したらしいの」
アンナの問いかけとは微妙にずれた返答をする。
「はい。それは私の耳にも入っております」
それでもアンナはレンティをせかすことなく、ただその続きを促す。
「私がね、そんなに早く婚約ってするものなのか、って聞いたら、生まれる前からの婚約もあるって。それで、ヴェントス家とオブスキィト家の話を聞いたの。ヴェントス家の『炎の一夜』についても聞いたの」
ここまで一気に言い終えてから、アンナの顔を見る。
『炎の一夜』という単語に、アンナはどこか、嬉しそうな表情をみせた。
「私、アンナから聞いた話、思い出したの。『炎の一夜』について」
もう一言つけ足すと、アンナは満足げにうなずく。彼女はレンティがしっかりと話を覚えてくれているのが嬉しいらしい。
「それで、もう一度、炎の一夜についてお話したらよいのでしょうか?」
「うん。ついでに、ヴェントス家のお嬢様についても」
「そうですね。では、お話しいたしましょう。まず、ヴェントス家のお嬢様、とおっしゃいましたが、ヴェントス家には、あの炎の一夜の時点で、二人のお子様がいらっしゃいました」
「二人?お嬢様だけじゃなかったの?」
思わず口をはさんでから、失敗に気づく。
「まあ、ルフレ様は、前回は心ここにあらず、でしたものね」
アンナの言葉で前回、一度聞いたことなのだと確信する。
ただ、この話を聞いたのは、ちょうど今から三か月前。ロイがここに来る日があと一か月にせまり、アンナの話に一番身が入らなかった時期だ。
「ごめんなさい」
「かまいません。ですが、今度はご自分でお尋ねになったのですから、しっかりお聞きくださいな」
アンナの言葉に何度もうなずく。レンティのその様子に満足したのか、アンナは再び語り始める。
「ヴェントス家には、当時生後十一か月のお子様、つまり、ルフレ様より半年近く早くお生まれになったお嬢様がおりました。そしてもう一人、ヴェントス家の奥方様、シェリア様のおなかの中に、お子様がいらっしゃったのです」
「生まれていない子と、私と同じくらいの年の女の子」
レンティは想像してぎゅっと目をつぶる。
何も知らないで、この世を去った子供たち。それは悲しいことだ。
それが、自分と同い年であったはずの子であるなら、なおさら。
「ヴェントス家のお嬢様のお名前は、ミオ様。ミオ・ヴェントス嬢と、その弟か妹になるはずだった名もなきお子様は、二人ともお亡くなりになりました」
「熱かったのかな」
レンティの知る炎は、暖炉の炎ぐらいのものだが、アンナから聞いた炎の大きさは、もっとすごいものだったはずだ。
「それはもう。熱かったでしょう」
「火をつけた人、頭悪かったのかしら」
火をつけて、どうなるか想像できなかったのか。
その火は、ヴェントス邸全てを焼き尽くす炎となったというのに。