守るための剣
単調な足音が、夜明け直前の町に響く。
まだ空は夜明け前の藍色で、あたりは暗い。
その闇に溶けるような長い艶のある黒髪をなびかせ、一人の女性が歩いている。
祭りの日とはいえども、まだ人通りがほとんどないこの時間に、女性は迷うことなく歩みを進めていく。
大通りを歩いていた女性は、一つの建物の前で立ち止まり、そのわきにある細い路地へと進む方向を変えた。
「建国祭の日に、こんな夜明け前の時間から訪問を受けるとは思いませんでした」
三十代後半ぐらいだろうか、落ち着いた雰囲気を見せる女性が、待ち構えるように、建物の裏側に立っていた。
「それにしては、待っていたかのように現れてくれるのね、アンナは」
呆れたように黒髪の女性が言う。
「私はいつもこの時間には起きておりますから。そして、こんな時間にさっそうと歩いてくる黒髪の女性は、あなたぐらいのものでしょう?」
平然と答える女性。
「どこから見てたの?」
「二階から、ルフレ様をお見かけしました」
その落ち着き具合は、やはり歳の功だろうか。
「頼みたいことが、あるわ」
「それは構いませんが……」
「なに?」
「あなたは、私の罪をお許しになるのですか?」
夜明け前の王都は、まだ静寂に包まれている。
女性の声は、ささやいているかのようだったが、それでも十分に相手に伝わるほどの音量を保っていた。
「私はあなたが身を守るための盾を奪ったのですよ」
黒髪の女性は、静かに首を振る。
「あなたは私に剣をくれた。私が、大切な人を守るための剣を」
迷いなく切り返された言葉に、落ち着いていた女性が、少し慌てたように言葉を返す。
「それは盾を失ったあなたの自衛の手段となればと……」
「そして、アンナはくれたわ。私が、罪を償うための剣を」
「あなたが罪を? 何をおっしゃっているのですか? まさか言葉通り、自らの体を剣で貫く気でおられるのですか?」
憤ってまくしたてる女性を手で制し、黒髪の女性は、その美しく整った顔に、完璧な笑みを浮かべてみせる。
「許してくれない人がいなければ、喜んで」
「では私が許しません」
「……そういうと思ったわよ」
黒髪の女性はため息をつき、あさっての方向を向く。
「さすがにそんなことは考えてない。それは償いにならないもの。とりあえず、優先すべきは、敵討ちってところかしら?」
「レイラ・ストケシアのことですか?」
一瞬の沈黙がその場を襲う。
「……そうね。ある意味では、あなたのことも」
「!」
そうしてつぶやかれた言葉は、女性を驚愕させた。
「知って、しまわれたのですか?」
「ええ。あっさりと、教えてくれた」
「っ……余計なことを」
怒りに震える女性を横目に見ながら、黒髪の女性は、長い髪をすべて左側に流し、その毛先をもてあそぶ。
「罪だと思わない?」
ぽつりとつぶやかれた言葉。
「何が、ですか?」
「私の存在全てが」
「何を!」
あっさりと返されたその言葉に、反射的に叫ぶ女性。
そんな女性に、今度は悲しみの表情を浮かべながら、黒髪の女性は問う。
「ねえ、あなたは憎くないの? あなたの大切なものを奪った、私が」
「奪ったのは、あなたでは、ありません。そこだけは、分かってください」
「ありがとう。やっぱり、あなたは優しいわ」
春の風は、やはりまだ、冷たかった。




