お姉さんの杞憂
「とにかく、私、婚約者ができたの。本家はそれなりだけど、私は分家の者だから、早々にそれなりのところと婚約しないと嫁げなくなったりするの。ルミエハ家のお嬢様は、二十歳まで待ったって、縁談はあるでしょうけどね」
それが家の力の違いだと、レイラは笑いながら言った。
どうやら相手の家は、レイラの本家と同等ぐらいの力がある家柄らしい。
レイラの本家に娘がいれば、そこから嫁ぐのだそうだが、本家は男が三人だけらしく、嫁げる娘がいないから、だそうだ。
「それでね、分家の中では、私が一番美人なんですって」
その言葉をきいて、思わず深くうなずいた。
レイラの親戚を見たことがあるわけではないが、レイラはとてもきれいなお姉さんだ。
レンティをぎゅっと抱きしめてくれる時に漂う香りも、わざとらしくなくて、彼女をひきたてる。
「じゃあ、おめでとう?」
「はは。まあ、そうかな。政治的には大成功。でも、ちょっと、ルフレがうらやましいけどね」
どうして、と聞いたら、レイラは、再び、レンティにはまだ早い、の一言で話を終わらせてしまった。
「相手の人ね、私より五歳も年上なの。私を子ども扱いするの。ひどいでしょ」
レイラの五歳年上、つまり十八歳。レンティとは十歳も違う男の人。
レンティから見れば、レイラはとても大人だが、やっぱりそれより上、となるとレイラでも子供に見えてしまうのだろうか。
その感覚は、レンティにはよくわからない。
「初めて会って、まだ、私は名前しかその人のことを知らない。でも、やっぱり、一緒に時間を共有して、その人のことを自分で感じるっていうのは、けっこう大切で必要なことだと思うんだよね」
レイラはほとんど独り言のようにつぶやく。
レンティには分からないが、婚約、といっても楽しいことばかりではないのだろう。きっと、何か、レイラを暗くさせる何か、があるのだ。
「さて、私の婚約の話はおいといて、あとね、ほかにも聞いてほしい話があるのよ」
レイラはそういって、本家での出来事を順に語っていく。
本家の当主の奥方様、レイラの父親の従弟の妻にあたるそうなのだが、彼女がとても礼儀作法にうるさくて、レイラの婚約者に会うまでに、厳しく作法について習いなおしたこと。
本家はこことは違い、暑い場所なので、暑さに負けてしまったこと。
初めて会った婚約者は、背が高くて見た目はそれなりだったけれど、レイラを子ども扱いするのが気に入らなかったこと。
本家で食べた菓子がとても美味しくて、今度、両親に頼んで取り寄せてもらうことにしたから、レンティにも分けてくれるということ。
本家の蔵の中に、興味本位で入ってみたら、カギをかけられそうになったこと、などだ。
レイラは話し方がとても上手だ。
一つ一つ、時系列にそって丁寧に話していくだけでなく、レンティが興味を持てるような話し方をする。
だからレイラの話はいくら聞いても飽きない。
「菓子って、どんなものだったの?」
「クリームが、さっくりした皮につつまれている菓子よ。とっても美味しかったの。ルフレも甘いものは好き?」
言葉で答えるかわりにコクコクとうなずく。
甘いお菓子は、たまに食べられるときはとても幸せな気分になれる。
「ルフレもやっぱりちゃんと子供ね。なんか安心した」
「どういうこと?」
「だって、なんかルフレと話してると、五歳したの子供には思えないんだもん。なんだか無駄に色々と知りすぎよ」
知っていることを無駄と言われると、少し腹立たしい。
アンナがたくさん話を聞かせてくれるのと、レイラが教えてくれることがレンティの知識を増やしている主な要因なのだ。
その知識を増やしている本人に無駄と言われるとは思わなかった。
「アンナさん。ほんといろいろ話してるみたいだものね。でも、なんかルミエハとオブスキィトのこととかを、八歳の子が気にしてるってのが、なんだかね」
「五歳の時から知ってたわ」
「そうだったわね。でも、それが良いことかどうかは、微妙だと思うの」
レイラの話すことは、難しいこともあるが、今日の話は全体的に、レイラがぼかして話すため、わかりにくい。
「まあ、それもルフレが背負うべきことの一つなのかもしれないけど」
レイラはほとんど自分を納得させるようにつぶやく。
レンティは、レイラにこれ以上質問しても、まだ早いの一言で説明を断られそうな雰囲気を察して、質問するのをやめた。