本当の目的は②
「そうですね。仕事を休んで新婚旅行に行けないのなら、新婚旅行中にも仕事をすればいい。そう、お考えになられたのでは?」
ティナの言葉は、レオの思考を上滑りする。
理解ができない。納得がいかない。
「クロッカス様は、特殊部隊B系統の隊の隊長でいらっしゃるのでしょう?王都から、そのまま東に直進して、クルクマ領を突っ切るのも、仕事の一環、ならば話は分かりますし、どの領地でも通行を許可せざるを得ない。公式上にはクロッカス様の単独のお仕事ということにして、レイラ様はたまたま会っただけ、という扱いにしてしまえばいい。もちろん、ばれてしまうでしょうけれど、そこを黙らせるのはストケシア侯爵のお力と、子供への愛なのではないですか?」
「すごい……。クロッカスが言った通りだわ」
侯爵家とは、本当にすごい力の持ち主のようだ。やはり、貴族社会から遠いレオには、いまいちその実感が湧かない。
それ以前に、母親が言った、なんとか隊というのも、レオの理解の範疇をこえている。
「どうしてそう考えた?」
「あなたが軍服を着ていることと、この宿に二泊なさることの二つですね」
「二泊?」
「手紙ではそう書いてあったんだけど……間違いありませんよね?」
「ああ。そうだ。君の考え通り、明日はここで仕事をする」
「それにしても、料理が冷めますよ? 召し上がってください」
「そうですね。ではいただきます」
クロッカスはまだ何か言いたげな表情を見せていたが、レイラが料理を口に運び始めたのを見て、あきらめたようにため息をつく。
レオはレオで、ティナに聞きたいことは山積みだったが、今ここで聞けるような話でもない。
―――そういえば、クロエ、でてこないな。
いつもなら、この客の少なさならば、クロエは厨房から出てきて、客に料理の感想をきいたりするのだが、今日は一度も出てきていない。
二人は時折、料理の感想や、料理について質問して、ティナと話していたが、もう一人の男の客が食堂に来て、ティナがそちらに行ってからは、料理を食べ終えるまでほとんど会話はせず、もくもくと料理を食べていた。
「美味しかったわ。これを作った人に、伝えてくれる?」
すべてきれいに食べ終えたレイラが、レオに向かって微笑みかける。
「わかりました。伝えておきます」
ティナは男の客を相手に、何やら話している。
クロッカスが、そちらの方を見ているのを見て、レオは何故か落ち着かなかった。
どうにも彼が、ティナを疑っているように見えるのだ。
確かに隠し事はしているものの、別に後ろめたいことをしているわけではない。
「あの」
その視線をそらせたくて、少しでも自分の母親から気をそらしたくて、さきほど気になっていたことに話題を戻す。
「特殊部隊B系統の隊ってなんですか?」
金髪碧眼の無愛想な男性が、レオをじっと見つめる。
「そうか……。十一では、学校はまだなんだな」
「はい。来年から、総合学校に通います」
レオも負けまいと、その目を見返す。
「……私の隊は、簡単に言えば、国内に滞在している外国人全般をとりしまる部隊だ。基本は商人を相手にしていて、不正売買などをとりしまるが、王侯貴族を相手にすることもある。大きなくくりは一応諜報科だから、情報を集めることも仕事の一つだ」
説明を聞いて、ようやく母親の言葉の意味をしっかりと理解した。
「教えてくれて、ありがとうございます」
礼はしっかりと言うこと。それはすべての人に対してだ、と、母は言う。
「礼はいい。それより、私も聞きたいことがある」
心臓が早鐘を打つ。
「なんでしょう?」
声が震えないように、動揺を悟られないように、できるだけ感情を殺す。
「君の母親は、軍属していたことがあるのか?」
ティナは本当にすごい。ティナの予想通りだ。
碧い瞳から視線を外さないように気を付けながら、レオは必死で頭の中の情報を整理する。
ティナのことは知らないが、シェリアのことなら知っている。
シェリアは養成学校を出た。その後、彼女はどうしたのだろう。レンと結婚するまでの間に、彼女は軍にいたことがあるのだろうか。
「すみません。知りません。母は、あまり過去のことについて話してはくれないんです」
考えてみても、答えがでないため、とりあえず正直に答えておく。
「彼女の歳は?」
クロッカスは本当にレオの予想を超えるような言動ばかりしてくれる。
何がどうなったら、ティナの年の話になるのだろうか。
「三十一になります。僕は母が二十歳のときの子供なので」
「三十一!? 九歳差なの……? あの見た目で?」
レイラがその大きな瞳をこぼれおちそうなぐらいまで見開いている。
驚きと、なぜかショックを受けたような、そんな表情だ。
「これで満足か?」
「満足って……まさか」
「誤解は解いておこうかと。前提があり得ないと」
「っ……!」
突然始まった二人の会話に、レオは全くもってついていけない。
ただ、年齢を聞いたのは、最初の質問とは全く違う意図だったらしい、ということは分かった。
「レオ」
後ろを振り返ると、ティナが氷のような冷たい笑みを浮かべている。
「い、いつの間に……」
「聞いてたわよ。歳をばらすなって言ってるでしょう」
大声をだすでもなく、ただひんやりとした声で言われると、余計に怖い。
忘れていたのだ。ほかのことにとらわれて。
女と言う生き物が、案外、年齢を気にするものだと。
「悪いことしたな」
その様子をみて、クロッカスがぽつりとつぶやく。
客であり、さらに侯爵家の次男である男を、睨むわけにはいかなかったので、とりあえず、視線を外して嫌そうな顔をしてみた。
「一つ、聞きたいことがある」
その嫌そうな顔を見て、助けてくれる気になったのか、それともやはり好奇心からなのか、はたまた別の意図があるのか、クロッカスがティナを見る。
「なんでしょうか?」
「軍属経験があるか、もしくは軍の養成学校に行っていたか、知りたいのだが。どうしても、ただの宿屋の主人には見えない動きなんだが」
ティナはこれにどう答えるのかと、レオはティナの方をみる。
レイラも同じく、ティナの目をじっと見つめていた。
「……軍属経験は、ありません。ですが、シネラリア養成学校を三年かけて卒業しています。すでに婚約していたため、軍に入らなかったのです」
実際、シェリアが軍属していた、という話は聞かない。たぶん、本当のことなのだろう。
「なるほど。やはり―――」
「―――ああっ!」
クロッカスの言葉を遮り、レイラが声を上げる。
レイラの瞳は、ティナの瞳を凝視している。
「レイラ?」
「あ……ちょっと、思い出したことがあって……その、なんでもないです」
恥ずかしそうに顔を赤く染めてレイラは小さくなった。
クロッカスはその様子を見て、どこか楽しげな表情をのぞかせた。




