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光の奔走  作者: 如月あい
二章 炎は照らす
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本当の目的は①

「それで、どうしてあの夫妻はここへ?」

 ストケシア家の次男夫妻を案内して、戻ってきたティナが、レオに問う。

 食堂には、二人だけ。

「さっき言った以上の理由はないみたいだった」

「私がシェリア似だからっていうのが理由?」

「別に嘘をついてる風でもなかったし、なんかすごく親しみやすい人だったし」

「それは、確かにね」

 ふと何かを考えながら、ティナは落ち着かないと言ったように食堂の中を歩き回る。

「本人に聞いてみればいいんじゃない?」

「え?」

「今日、ここにいる客は傭兵っぽいの一人と、商人が一人だけだろ? どうせ食事の時間はかぶらないだろうから、話を聞くチャンスはあるだろ」

「それもそうね……直球勝負、というのはあまり考えてなかったわ」

 直球勝負を考えていなかったのならば、いったい何を考えていたのだという疑問は置いておく。

「ただ、警戒すべきはレイラさんじゃないかもしれない」

「どういうこと?」

「クロッカスさん、私のこと、ずっと見てたわ」

 思いがけない言葉に、レオはぎょっとする。

 あの夫婦は、まだ結婚して間もないのではないだろうか。

 それに、さすがにティナでも自意識過剰だろう。あの無愛想な男性が、そこまでふらふらと女に興味を示すような軽い人物には見えなかった。

「変なこと考えてるでしょ? 違うわよ。見惚れてるんじゃなくて、観察されてたの」

 すべてお見通しだと言わんばかりに、レオの頭の中で考えたことをあっさりと否定される。

「私の動作だけを見てた。私が貴族だってことだけじゃなく、軍の養成学校出なの、分かったかもしれない」

「へえ……って軍の養成学校? 母さん、そんなとこ出てたわけ?」

 十一年も生きてきたが、ティナの過去についてほとんど何も知らないのだと、改めて実感させられる。

「レンとシェリアが同じ養成学校で出会って恋愛結婚した話は、なんか脚色も混ざってるけど、ずいぶんとロマンチックに語られてるじゃない」

 呆れたように言うティナに、少しだけむっとして言い返す。

「いや、そういえば、そうだったけど……。あれは遠い人の話だと思って聞いてたから、そのまま、それが直結するっていうのは、実感ないし」

「それもそうか」

 母がシェリア・ティナ・ヴェントスだと思って、一度ヴェントス家について調べてみるべきかもしれない。

 ヴェントス領特有のミドルネームの風習のおかげで、彼女は誰に疑われることもなくここで生きてきたのだろうが、実際に、自分で自分の噂を聞くと言うのはどんな気分なのだろうか。

 あまり考えたことはなかったが、ある意味では、噂話に詳しい人の方が、今のレオよりも、レオの両親について知っているのではないだろうか。

「あれ……早いなあ」

 扉が開く音がして、ティナは驚いた声でつぶやく。

 二人分の足音が近づいてきて、話題の人物が食堂に姿を現す。

「夕食って、もういただけるんですよね?」

 何故か顔が赤いレイラが、少し上ずった声で尋ねてくる。

 その後ろにはクロッカスが、わずかに困ったような顔をして立っていた。

「ええ。席はご自由ですから、ご自由にお選びください。メニューはテーブルに置いてあります」

 クロッカスが一番窓側の二人席の椅子を引き、レイラを座らせてから、自分も座る。

 二人はメニューを見て、各々違うものを頼み、ティナはそれを聞いて厨房へ入っていった。

 ティナが去っても会話をしない二人。

 レイラの顔は、いまだ赤く、クロッカスはどこか気まずいといったような雰囲気を漂わせている。

「そういえば、お二人って、新婚旅行か何かですか? 軍服を着てますけど、レイラさんがここに泊まりたいって言ったってことは、仕事ではないんでしょう?」

 二人が会話をしそうにもないので、レオが気になっていたことを尋ねてみる。

 レイラは何故か助かった、という顔をして、クロッカスは、どこか複雑な表情を見せる。

「新婚旅行といえば、そうよ。まあ、結婚したのは半年前なんだけどね」

「やっぱり軍は、年末年始は忙しいですか?」

「ああ。任命式と、入隊式があって、研修生も入ってくる。平常時に休暇をとるなら、この時期が一番取りやすい」

 落ち着いてきた五月なら、ということなのだろう。

 だが、やはりクロッカスが軍服というのは解せない。

「ただ、流石に彼が長期休暇をとって仕事を丸投げする、というのは無理があったみたいなの。彼は一隊員ではなく、隊長だから」

「でも……ここまで来るのには王都からの道で来られたんですよね?」

 ウィンの家で出迎えた時、彼らは不思議なぐらい軽装で、馬に乗ってきた様子もなかったところを見ると、馬車を乗り継いでここまで来たのだろう。

 そう考えれば、ここに来るまでに、最低でも五日はかかるはずだ。客を乗せるような馬車は、そもそもあんまり早く走らせないので、もっとかかったかもしれない。

 この後は、ヴェントス邸のある山の西側の町の方へ向かうのだろうから、結局、クロッカスはそうとう仕事を休む必要がある。

「すみませーん」

 聞き覚えのある声がして、入り口の方を見る。

 そこには大きなカバンを二つ抱えた男が、レオを見つけて、安心したように近づいてくる。

「これ、ストケシア侯爵様からここへ送るようにって依頼された荷物なんだけどさ、レオの家、なんでそんなとこと交流があるんだ?」

 東の町から、この宿で使う物資全般を輸送してくれる配達の男は、目の前にその侯爵様がいることにも気づかず、不思議そうに尋ねてきた。

「……ああ。これは俺の家宛てっていうよりは、ファリーナの家宛てだよ。あいつの家、今旅行に行ってるから、俺んちに届けといてくれって頼んだらしい」

 ウィンの反応を見る限り、この男に無闇に侯爵が泊まっているというのは危険な気がして、適当に嘘をつく。

 あまり噂が立つのはまずい。

「ああ!そうなのか。いや、東や西側の町の宿屋ならともかく、この南の町唯一の宿が、あのストケシア侯爵家から物を贈られるなんて、何かやらかしたんじゃないかと。しかも、時間もずいぶん詳細に指定してあったからなあ」

「時間については、こっちの事情だよ。客の入りの問題とか、いろいろあったんだ」

 苦しいかと思われた嘘だったが、おどろくほどあっさりと信じてくれた。

 確かに侯爵家とつながりがある、と言うことの方が、信じがたいことなのだろうが。

 実際、この男は大きく勘違いしている。

 これはこの宿当ての荷物ではなく、間違いなくレイラとクロッカスの私物だ。おそらく衣服などここに泊まるにあたって必要なものが入っているのだろう。

 彼らが妙に軽装だったのは、たぶんそういうことなのだ。

「じゃ、また来るよ。俺はこれから西側までいかなきゃだから」

 配達員の男が出ていき、食堂は再び静寂を取り戻す。

「どうして嘘をついた?」

 予想通りの問いに、碧い目をしっかりと見つめ、ゆっくりと話す。

「ここに侯爵様が泊まるというのは、異例です。そして、この宿は理解のない侯爵を泊めるには、無理があります。クロッカスさんとレイラさんは、ずいぶんと理解もありますし、貴族の中では別格です。正直に言って、男爵や子爵の方が泊まるのも、ずいぶんとワガママを言われて、こちらはそれなりに大変なんです。理解のない侯爵、伯爵家の人が、ストケシア侯爵が泊まったから、という理由で来られたら、それは非常に困るんです」

 ウィンは口が堅いし、そもそもティナから聞いてクロッカスを侯爵だと知っていると思ったから、目の前で彼らの素性をばらしたが、実際は知らなかった。

 ウィンと話していても、彼らは素性をばらさなかったようだし、ティナもウィンに知らせていなかったことを考えると、彼らが侯爵家のものだと広めないのが得策だと思ったのだ。

 もちろん、ほかの伯爵や侯爵が来るのはまずいという理由は、ヴェントス家のことも大いに関係あるが。

「……レオは本当に頭が回る。十一歳とは信じられないな」

「ありがとうございます。母さんには負けますけどね」

 礼を言って、しばらく考える。

 先ほど、何か、話の途中だった気がするのだ。

「料理をお持ちしました」

 ティナの明るい声が聞こえるとともに、香りが食堂をつつみ、湯気の立ったスープが置かれた。

 ティナは再び厨房に戻り、料理を運んでいる。

「あ、そうそう。さっきレオ君は、王都からの道で来たのかって聞いてたじゃない? あれの答えは、いいえ。私たち、炎の一夜で焼け落ちた、ヴェントス邸跡をすでに散策してきたのよ」

「へ?」

 レイラはレオの心を読んだかのようなタイミングで、気になっていたことを解決してくれた……のだが、その意外さに、思わず敬語も礼儀もないような返答になってしまった。

「あ、すみません。ちょっと、驚いたというか……どうして、また?」

 王都から来て、あの道を通っていないということは、オブスキィト寄りとルミエハ寄りの男爵子爵クラスの貴族の領地がこまごまとある土地を通り、さらにクルクマ伯爵家領まで通ってきたことになる。

 道はあるにはあるだろうし、迂回しない分、時間も短くて済むかもしれないが、いろいろと面倒なはずだ。

「仕事で来てるんじゃない? もしくはストケシアの名を使ったか」

 いつのまにか料理を一通り運び終えたらしいティナが、レオに向かって話す。

「どういう意味だよ?」

「そうね、本人に尋ねてみるのが一番だ、って言ったのはレオだったんじゃないの?」

 クロッカスの方を見ると、クロッカスはレオを見てはいなかった。

 ティナだけを、見ていた。

 しかし、その表情は、美女に見惚れるようなものではなく、戦場で敵兵に出くわしたかのように警戒しているものだ。

 やはりティナの言い分は正しかったらしい。

「あなたの見解としては? 私たちはどうしたと思うんだ?」

 レオの疑問に答えるのではなく、ティナの見解を求める。

 レイラは、どこか驚いた表情で、クロッカスを見てから、ティナの方へと顔を向ける。

 ティナは首に手をやり、彼女がいつも身に着けている銀細工に触れながら、慎重に考えをまとめているように見えた。そして、ゆっくりと話し出す。

「そうですね。仕事を休んで新婚旅行に行けないのなら、新婚旅行中にも仕事をすればいい。そう、お考えになったんじゃないですか?」


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