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光の奔走  作者: 如月あい
二章 炎は照らす
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黒髪美女を観察する夫

 レオに案内してもらい、着いた宿は、予想に反してとてもきれいだった。

 ダールの宿と直球な名前が書かれた看板が宿の前に立っており、そこから宿の入り口までは、石畳になっていて、その左右には花々が咲き乱れている。

 レンガ造りの家の壁には、ツタが這っているが、ガラス窓には絶対にかぶらないように整えてあり、それもどことなく芸術的なのだ。

「ではどうぞ、お入りください」

 扉を全開にして抑え、レオがそう促す。

 クロッカスが入っていったのに続き、レイラも宿の中に入る。

 入ってすぐの部屋には、大きなガラス窓が部屋の三面にあり、そこから差し込む赤い夕陽と、立派なシャンデリアで揺れる炎が、室内の明るさを保っている。

 四人掛けのテーブルが二つに、二人掛けのテーブルが四つ並べられており、宿の入り口の正面には、暖簾のかかった違う部屋へつながる入り口があり、右手の奥にある入り口は、廊下へ続いているようだ。二つの入り口とも扉はない。

 そして今、この部屋には三人以外、誰もいなかった。

「母さん!連れてきたよ」

 レオが暖簾のかかっている方へと叫ぶ。

 それとほぼ同時に、暖簾を上に押し上げて、一人の女性が現れた。

「ダールの宿へようこそ。クロッカス・ストケシア様とレイラ・ストケシア様ですね?」

 黒く癖のない艶やかな長い髪を一つに結い上げている女性は、薄い化粧しかしていないというのに、とても美しかった。

 その美しさは、ヴェントス家侯爵夫人に似ていると噂されるのも納得いくものだった。

―――っていうか、この人レオの母親ってことは……いくつ?

十八の時の子供だとしても、レオが十一なのだから、二十九歳。レイラの夫のクロッカスは二十二歳。

思わずちらりと横目で夫の方を見る。

流石に夫も驚いているらしく、わずかに驚いた表情をしている。

彼は顔は整っているのだが、無愛想で表情が乏しいため、実年齢よりも上に見える彼は、目の前の美女より七歳も年下には到底見えなかった。

「どうされました?」

 返事をしない二人を不審に思ったのか、美しい顔に、わずかに困ったような表情を浮かべてあいまいに微笑んでいる。

「は、はい、間違いなくレイラです。ただ、ティナさんが噂よりお綺麗で驚いちゃっただけで」

 思わず本音が漏れた。女性は驚いたような表情を見せる。

「ファリーナの父さんが、母さんがヴェントス家侯爵夫人似の美人だって言ってたんだってさ。それを聞いて興味を持って、どうせここに来るなら、ってことで泊まりに来てくれたらしいよ」

 レオがフォローしてくれたおかげで、彼女も納得したらしい。ふたたび笑顔に戻った。

「それはありがたいお話ですね。それではお二人をお部屋にご案内しますね」

 ティナはそういって優雅に歩き出す。

 その一歩一歩の動きはとても洗練されていて、彼女の美しさを際立たせていた。

 クロッカスはそんな彼女の様子をじっと凝視している。

 ―――男はやっぱり美人がいいのよね。

 レイラも生家では一番の美人だとされていたものの、やはり社交界にでれば、いくらでもレイラよりきれいな令嬢はいる。

 彼女たちは権力を誇示するかのごとく、高価なものを身につけ、美しく着飾っているから、まだどうにか勝てる余地があるとも思えるが、部屋へと案内するために前を歩く彼女は、装飾品は銀の首飾りだけで、化粧さえも薄くしかしていない、まさに天然の状態で美女なのだ。

「こちらの猫の部屋になります」

 こともなげに言った彼女の言葉に、落ち込んでいた気分はふっとんで、顔をあげると、扉の隣に猫と書かれたプレートが掛かっている。

「中に猫が?」

 クロッカスが少し不満げに尋ねる。

 そういえば、彼は動物が苦手だった。

「いいえ。この宿の部屋は、それぞれ動物の名前がついておりますが、別にその動物が中にいるという意味はございません。単純に私たちが便利なので呼び名をつけているだけなのです。ご覧になれば分かると思いますが」

 扉を開けて、彼女は手で押さえた。

 クロッカスは恐る恐ると言った具合に、部屋へと入る。

 レイラもそれに倣って部屋に入る。

 当然のごとく猫はおらず、ダブルベッドと、テーブルとイスが二つ、それにクローゼットが置いてある割には、予想外に広い綺麗な部屋だった。

「夕食は、先ほどの部屋が食堂となっておりますので、そちらにお越しいただければ、いつでも召し上がっていただけます。何か御要りようがありましたら、お手数をおかけしますが、先ほどの部屋までお越しください。では、ごゆっくりおくつろぎになってくださいね」

 そういうと、ティナはあっさりと部屋から下がっていった。

 扉がしまる音とともに、部屋に静寂が訪れる。

 クロッカスは、その扉が閉まる瞬間まで、ずっと彼女を凝視していた。

「……美女は目の保養になりますか?」

 少しだけ嫌な気分になったレイラは、精一杯嫌味を言う。

「どういう意味だ?」

 予想に反してクロッカスはわけのわからないと言った顔でレイラを見る。

 そんな様子に、自分のくだらない嫉妬心にげんなりしながら、荷物をおろし、ベッドに腰掛ける。

「レイラ?」

「ずっと見てましたね」

 気になったことはとことん追求する男なので、ごまかしても無駄だと思い、正直に打ち明ける。

「ああ。確かに見ていたが、別に美人だから見ていたわけじゃない」

「あんなにどっぷり見つめていて? 言い訳がましくありませんか?」

 レイラはクロッカスの顔を見るのが怖くて、自分の足元を見つめていた。

「彼女の動きは民間人の動きじゃない。単に貴族のような優雅さというわけでもない」

「それで?」

「あれは、軍人の動きに見える。だから、彼女が何者か疑問で、ずっと見ていただけだ」

 あっさりと見惚れていた説を否定され、レイラはなんだかとても恥ずかしくなった。

 顔が熱い。

「やっぱり、子供だな」

 初めて会った時と同じセリフを、あの時よりはやわらかい声で言う。

「っ……。子供で、あんなに美人じゃなくて悪かったですね」

 あんな美人で大人っぽい人と比べたら、レイラなんてかすんでしまう。

「はあ……」

 ベッドが音を立てるとともに沈みこむ。

 レイラの隣に、クロッカスが座ったようだ。

 顔を見られたくないレイラは、クロッカスが座った方とは、反対側に顔を向ける。

「レイラ」

「なんですか」

「顔を見て話す気はないのか?」

「ありませんね」

「まったく……」

 呆れたような声が聞こえたと思ったら、肩にクロッカスの鍛えられた腕が回ってきて、彼の方へ抱き寄せられた。

「あの女主人より綺麗だと言われたら満足するか?」

「何を言って……」

「満足しないだろう? さすがに俺もそうは思わないしな」

 低い声で耳元でささやいているのに、内容があまりにもバカ正直すぎて、レイラは泣きたくなった。こういう時は、嘘でもきれいだとか言ってくれるものなんじゃないだろうか。

 もちろん、レイラはそれを嘘だと言って却下するから、クロッカスの言っていることがすべて正しいのだが。

「政略結婚で、あなたからすれば美人でもなくて、幼い子供が嫁いできて不運でしたね!」

 声が上ずる。

 バカらしい。

 一応、これは新婚旅行なのだが、こんな悲しい思いをする羽目になるとは思わなかった。

 頬に温かいものが伝わる。

 ―――泣いたら、また、子供とか思われる。

 どうにかクロッカスにばれないようにと、涙をとめようとしたら、その努力が実を結ぶ前に、クロッカスの指で涙をふきとられる。

 驚いてクロッカスの方を向いたら、すでに彼の顔が目の前にあった。

「っ……」

 一瞬、唇にやわらかいものが触れる。

 触れるだけのキスの後、クロッカスはレイラを今度は正面からしっかりと抱きしめた。

 突然のことに、レイラはもう、さきほどとは比べ物にならないくらい、顔が火照っていた。

「レイラは十分美人だ。ついでに、その子供っぽさも、最近では愛らしい」

 そう耳元でささやかれ、レイラは固まってしまう。

「この言葉ぐらいで、そんなに照れてくれるのも、な」

「からかってるでしょう」

 思いっきりクロッカスの胸を押して、体を離し、立ち上がりながら、金髪碧眼の男を睨みつける。

「そうだな」

「ちょっと、否定してくださいよ!」

 いつもは表情に乏しい彼が、今日は明らかに笑っていた。

 そんな顔を見るのが、こんな状況ではなかったら喜んだのだが。

「そんなかわいい顔をして睨まれても、怖くない」

 無愛想な癖にあっさりと、殺し文句を言ってみせるクロッカスに、レイラはやっぱり叶わない。

 このままこの部屋にいたら、恥ずかしさでゆであがってしまいそうで、レイラは扉に手をかけ、外に出ようとした。

「どこへ?」

「外です!熱いですから!」

「じゃあ、夕食でも食べるか?」

 クロッカスの碧い目にとらわれて、その誘いを断ることはできなかった。


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