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光の奔走  作者: 如月あい
二章 炎は照らす
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炎に焼かれし真実③

癖のない黒く長い艶やかな髪の女性は、微笑んでいた。

「……シェリアの時からティナとして存在した?」

 結局意味がつかめなかったレオは、ティナの言葉をそのまま復唱することになった。

「彼女は、シェリアとして侯爵夫人を務めるときは、ヴェールをかぶり、化粧も完璧になさって、おとなしい淑女を演じておられました。しかし、ティナと名乗り、薄化粧で町によく出てもいらっしゃったのです」

 クロエの説明でようやくレオは言葉の意味を理解できた気がした。

 要するに、シェリアが死んだとされる前から、シェリアとは別人として、ティナはこのヴェントス領で過ごしていた。

 だからこそ、クロエと姉妹で宿をするといっても、不審な目で見られることもなく、ここまできたというわけか。

「それにしたって……誰も気づかないなんてありえないだろ……」

「いいえ。思い込みとはすごいものでね、似ているとはよく言われるけれど、絶対に彼らは、私とシェリア・ヴェントスが同一人物だとは思っていないわ。今も、昔もね」

 悠然と微笑む美女は、確かに自分の母親だ。

 その微笑み方は、化粧をしても、ドレスを着ても、変わらない。

「じゃあ、俺はレオ・ヴェントスで……母さんは、シェリア・ティナ・ヴェントスって話を、信じるしかないんだな?」

 受け入れられるかどうかは、まだ分からない。

 それでも、この状況を苦労して作り出した二人の努力には報いる必要があるだろう。

「炎の一夜で一家全滅だと思われていたうち、二人も生きてる。それって、なんか不思議な話だな」

「そうね。あなたの父さんは……亡くなったけれど、立派だったわ。使用人をかばって、剣でその体を貫かれたわ」

 あいまいに微笑むティナの表情がゆがむ。

 ヴェントス家侯爵のレン・ヴェントスではなく、ただのリオルドを、とても愛している人だ。

「見てた、の?」

「ううん。見てなかったの。残念ながら」

 意外な言葉に思わず目を見開く。

 幸運に、の間違いではないだろうか。どうしたら、愛した夫の最期を見なかったことが、残念と言うことにつながるのだろう。

「リオルドの最期の雄姿、見そびれちゃったの。まあ、そのおかげで私たちは助かったんだから、最悪の結果でないことに、変わりはないんだけどね」

 声のトーンがいつものように明るい調子になる。

 それでも、レオはティナがかすかに震えているのを感じる。

 ティナにとって、失ったリオルドと、守り切ったレオは、どちらが重いのだろうか。

 そんなことを聞けるはずもなく、ただ、黙り込むしかないレオは、ふと、クロエの方に目をやる。

「クロエは良かったわけ?もっと、自由に生きれたかもしれないのに」

 ティナとレオは、確かにこうしなければ生きてこれなかったかもしれない。

 だが、クロエは違うのだ。

 給料ももらっていないのに、ここまで面倒をみる理由が、彼女にはないだろう。

「もちろん、良かったのです。ヴェントス家には多大な恩があります。これほどのことでは、全く持って、恩返しになどならないのです」

 クロエは、レオとティナに対し、首を垂れる。

 それが礼儀だとしても、ここまでティナと二人で、自分を育ててくれた親のような人だ。

 そんな態度をとられるのは悲しい。

 ―――俺が、だめだったのか。

 たぶん、レオは聞いたのだ。

 レオ・ダールとしてではなく、レオ・ヴェントスとして。

「俺が誰だったとしても、クロエはクロエだから、やっぱり、俺に対してそういう態度はやめてほしいな」

 クロエがはっとしたように顔を上げる。

「ほんと、あなたは……レン様に似てる」

 どこか呆れたように、それでもどこか嬉しそうに、クロエが言う。

「父さんに?」

「ええ」

 その言葉に、どことなく、温かいものが広がっていく。

 父さんは死んだということ以外、何も知らなかったけれど、

「わかった」

「え?」

 まだ、レオの目はふさがれていて、真実は見えてこないけれど。

 今日の話を聞いて、聞きたいこともたくさんあるけれど。

「十八になったら、母さんがすべて話してくれるんだろ?」

 ティナの目をまっすぐに見つめる。

 ティナは一瞬、真剣なまなざしでこちらをみたあと、ふと微笑んで、うなずく。

 その顔は、美しい侯爵夫人だったが、温かい、レオの母親の表情でもあった。


炎の一夜について、少しだけ真実が浮かび上がってきました。

しかし、ある意味で、ヴェントス家の生き残りの存在が、さらなる謎でもありますよね。

真実、というタイトルの割に、ほとんど何も明かされていなくてなんだかいろいろごめんなさい(笑)


まあ、ここまで来て、やっとあれだけ引っ張った「炎の一夜」の謎について一歩踏み出せたわけです。

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