炎に焼かれし真実②
「そしてね、あなたはレオ・ダールじゃない。レオ・ヴェントスよ」
告げられた言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかる。
嘘だろうと言ってしまいたかった。
炎の一夜でヴェントス家は全員焼死した、という話だったはずだったのに、そのヴェントス侯爵夫人と、当時まだおなかの中にいたとされる、ヴェントス家の嫡男が、ティナとレオのことだったというのか。
ほんとうなら、信じられるはずもない言葉だ。
だが、ティナは嘘をつかない。
それ以上に、宿の客をすべて追い払い、窓もカーテンまで閉めて、どこからひっぱりだしてきたのか分からないような上品なドレスを着て、完璧に化粧を施すなんて面倒なことを、そんなばかな嘘のためにするはずがない。
こんな状況にしたのは、レオに、ティナとクロエの本気を伝えるためなのだろう。
頭では分かっている。
だが、まだ、受け入れられてはいないのだ。
「クロエと母さんは……姉妹だって……だから、クロエも母さんも俺も、みんなダールなんだって、言ってただろ?」
「私とシェリア様は姉妹ではございません。ダールは確かに私の姓でありますが、シェリア様がレオ様と安全に生きていくのには、ダール家の人間として生きてゆく方が都合がよかったのです」
クロエが恐ろしいほど丁寧に話す上に、まさかのレオにまで様付けする始末だ。
「今さら様付けは勘弁してよ……。っていうか、この宿は?」
「私の夫が経営していたものですが、夫が亡くなって以降、私の所有物になりました。しかし、私はもともと近衛隊に所属しており、この宿は貸家にしておりました。その貸家を、そのままこの宿として二人で経営することにしたのです。その際、姉妹だという説明の方が、信頼されやすかったので、そういたしました」
二人が姉妹だという設定は嘘だったということと、この宿の主は、ティナではなく、クロエなのだと理解する。
「……そもそも、どうして、こんな? 周りを欺いて生きてきたんだ? ヴェントス家の生き残りなら、歓迎されたんじゃ? オブスキィト家夫妻だって、仲が良かったって……」
レオだって誰もが知ってるような、ヴェントスにまつわる話は知っている。
その時、まさか自分がヴェントス家の生き残りだと思ってはいなかったが。
というよりも、今も半信半疑だ。
あまりにも、不可解なことが多すぎる。
「それは……あなたたちを守るためです」
クロエが慎重に言葉を選びながら、話す。
ティナはまだ、会話に加わっていない。
「……。俺たちが生きていくために、名前を偽る必要があった。母さんは、知られていないミドルネームを名乗って生きていくことにした。父さんの名を呼ぶとき使ってるあの名は……」
「そうよ。リオルドは、レン・ヴェントスのミドルネーム」
ここで初めてティナが口を開く。
改めて彼女を見ると、やはり肖像画と同じ人物だった。
しかしながら、間違いなく、レオの母親だ。
「炎の一夜は、事故ではなく、事件だった。誰かが……火をつけた。そして、その誰かから、身を守るために、素性を偽った。そういうこと?」
「そうです。犯人はいまだ不明で、捕まってもおりません。お二人が生きていくには、これが最善だったのです」
クロエが諭すように言う。
レオはまだ、満足していなかった。彼女たちは、あたかもすべてを話したようなふりをしている。
本当は、まだ、大事なことを聞いていないのだ。
身を隠すのが最善だ、というには、理由が少なすぎる。
どちらかといえば、オブスキィトの権力を借り、犯人を追及する方が、今後のためにも一番安全だったのではないのか。
「理由は?」
だから聞く。
「……なんの?」
「身を隠した理由」
「……はあ」
ティナが大きくため息をつく。しばし考え、どこかあきらめたような顔で、こちらを向き直った。
今まで気づかなかったのが不思議なぐらい、ティナは侯爵夫人という立場が似合う、美しい女性だった。肖像画に描かれた彼女より、実物の方が美しいぐらいだ。
「十八まで待って頂戴。あなたが総合学校を卒業して、そのあと二年で、何を見て、何を思うか……。それまでは、あなたには知らせないでおきたいの。真実と言う鎖に、縛られてほしくない。すべての真実を知るには、まだ、少し早いわ」
「じゃあなんで……今、中途半端に教えるんだよ」
「総合学校では、ヴェントス家の一員だという意識だけは持っておいてほしかった。ばれてしまえば、あなたの身に危険が及ぶ。それでも、すでに相手方にばれてしまっているとき、レオが全く対応できないというのも困るの」
ティナの言い分は理解はした。それを受け入れられるかどうかは別だが。
確かに総合学校は全寮制であり、いろんな人がいろんな場所から集まる。
それだけレオがたくさんの人の目に触れるということだ。見つかるリスクも高まるだろう。
「どうして五月だったか、と言えばね、ファリーナさんが明日から、一週間いないでしょう?」
思いがけない母親の言葉に、レオは毒気が抜かれてしまう。
「ファリーナちゃんにもまだ話しちゃダメ。でも、レオが悩んでると、ばれちゃうでしょう?だから、一週間合わない今日がいいと思ったの」
―――ああ。やっぱ、母さんだ。
さきほどから、本当にこの人は今まで自分を育ててきた人と同一人物なのだろうかと悩んでいたが、どうやら本当らしい。
本当に、よくレオのことを理解している。
ファリーナの親に聞いたのは、今日の約束より、旅行の話だったのだろう。
「……分かった。でも、あと一つだけ」
「答えられるか分からないけれど……何?」
ティナは最初から逃げ道を用意する。ずるい。
「どうしてシェリア・ヴェントスだと、今までばれなかったわけ?確かに別人だけど……似てるとは言われてた。しかも、ここは本邸があったヴェントス領だろ」
確かに化粧をした彼女は、ティナとシェリアは同一人物には見えないかもしれない。
だが、なんとなく勘付く人はいなかったというのだろうか。
「ああ。その答えは簡単よ。だって私、シェリアの時からティナとして存在してたもの」
レオは、母親があっさりと言ったその言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。




