『炎の一夜』
夏の終わりは、ロイの帰宅を意味する。それはやはりさみしいが、今年は満足している。
今年は特に、夏が楽しかった。
ロイにはレンティが、彼の母親に会ったことは話していない。
だから、ロイは、自分に護衛がつけられていることも知らない。ただ、彼の両親がそうする理由は、なんとなくわかる。
ロイは驚くほど負けず嫌いで、いろいろと自分でやりたがる。
レンティがナイフを使ったら、その日の夜に、両親に剣の扱い方を教えてもらえるように頼んだらしい。
自分のできることは可能な限り増やしたいらしい。
レンティにもその気持ちは分かるのだが、あまりにも彼ができるようになってしまったら、自分だけ置いてきぼりをくらいそうで怖い。
ただ、今年、ロイの母親が、認めてくれたことは、レンティの心を軽くしていた。
そして、今日、ロイと入れ替わりで、本家に帰省していたレンティの信頼している少女が帰ってくる。
自邸の門の前で、今か今かと待ちかまえていたら、向こうから手を振ってかけてくる人の姿が目に入る。
彼女が走るたびに茶色の前髪がふわりと浮く。ほとんどの髪は後ろできれいに結い上げられているが、それが崩れそうな勢いで彼女は走ってきた。
「久しぶり、ルフレ!」
そういってぎゅっとレンティを抱きしめた少女は、レンティよりかなり背が高い。
「レイラお姉ちゃん!」
ロイのいる期間は、本家に帰省する少女。
五歳年上だけあって、やはり大人だ。
「やっぱり待っててくれたのね。町に行きましょう。ルフレの夏の話を聞きたいし」
レイラは意味ありげな視線で、レンティの家を見る。
レイラは唯一、ロイとの関係を知っている人物だ。ロイに並び、レンティが最も信頼できる人のうちの一人である。
「話したいことがいっぱいあるの。それに、お姉ちゃんの話も聞きたいわ」
二人の意見は一致し、二人で町を適当に歩きながら、お互いの近況報告をしあう。
ロイと会ったこと。ロイの母親に会ったこと。そして、認めてもらったこと。
レイラはロイの母親と会った時のことを話すと、かなり驚いていた。
「でも、どうして今年だったんだろ。三年も経ってるじゃない」
それはレンティにとっても疑問だった。
「ほかに何か、今年になって大きく変わったことはないの?」
まだ話していなかったミドルネームの話をした。
すると、レイラは、なんだかぞくりとするような怪しげな、そしてとても楽しげな笑みを浮かべてレンティを見る
「ど、どうしたの?」
普段見ることのない、そのにやにやとした笑いに、レンティは戸惑った。
「いやー、彼、デュエル君は、知ってたのかなと。ミドルネームの話は私も知ってるけど、それは……。いや、うん。いいか。やっぱりデュエル君から聞かないと」
しかも先の気になる言い方をする。
「どういうこと?」
「まだ早いわ。八歳のあなたには」
「子ども扱いしないでよっ」
「そうやって怒るのが子供なのよ。私はね、もう大人なの。婚約者だっているのよ」
思いがけぬレイラの言葉に、一瞬にして思考がそちらに持って行かれる。
それがレイラの思惑ではあったのだが、レンティは素直にそちらに食いついた。
「コンヤクシャ? それって、えっと……」
「私の旦那様になる約束をした人、よ」
「そんなに早く決まるものなの?」
「んーヴェントス家とか、あの事件がなかったら生まれる前から、オブスキィト家の子供との婚約話はあったらしいわ」
ヴェントス家、という家の名前は、どこかで聞いたような気がするが、思い出せない。ただ、レイラの口から出てきたオブスキィトという単語には反応できた。
「それって、ロイには……」
「違う違う。いたけど、無理なの。ヴェントス家の人、みんな亡くなっちゃったから。だから、よかったわね。デュエル君には婚約者はいなくなったのよ、あなたたちが一歳の時に」
「みんな亡くなっちゃった?」
「炎の一夜、って聞いたことあるかしら?ヴェントス侯爵家が、炎に包まれて、一夜中、炎が絶えず、邸宅すべて燃やし尽くした事件。誰かが火をつけたみたいだけど、犯人はわかってないの。ヴェントス家は、そんなに恨まれるような家系でもないから、かなり話題に上ったらしいけれど」
炎の一夜、と言われて、レンティは思い出した。
アンナがその事件について教えてくれたことがある。
炎が一夜にしてすべてを焼き尽くしたのだと。人の未来をあっさりと奪ったのだと。




