天然ふんわり少女の憂鬱
太陽がそれなりの高さまで登ってきた昼前。
黒髪の少年は、町のはずれにある、小高い丘の上まで走っていた。
太陽の光を受け、緑が鮮やかに映える丘の上には、短いふんわりとした金色の髪に、琥珀色の瞳を持つ少女が立ってこちらを向いていた。
黒髪の少年は走って一気に少女との距離を詰めると、少女の目の前に立つ。
「レオは、いつも走ってるね」
少女はのんびりとした声で言う。
「トロトロするの嫌いだから」
少年は、冷たい印象をも与える整った顔立ちに見事に合う、冷めた声で応答する。
「んー? 私がトロトロするのは平気なのに?」
不思議そうに首をかしげる少女に、少年はため息をつく。
「人と自分はちがうって」
「そうなのかなあ……?」
「そうなんだよ」
少年は無理やり話を打ち切り、思い出したとばかりに少女をにらむ。
「ファリーナ」
睨まれたことと、その声色の変化に、少女は少しだけ後ずさりする。
「ど、どうしたの?」
「母さんが、今日のこと、知ってた」
「うっ……」
「ファリーナの母さんから聞いたって言ってた」
「……いや、たぶんお父さんからじゃないかな……?」
「げ、それ、もっと嫌だ」
確かに言われてみれば、ゴデチアさん、とは言ったが、それがどちらかについては言及していなかった気がする。
「あのね、今日の、お弁当作るのに、材料買わなきゃいけなくて、それでお父さんに頼んだら、ばれちゃった。それをね、買い物にきた、レオのお母さんに喋っちゃったんじゃないかなあ……」
そういってファリーナは、自分の足元に置いてあった、包みを指す。
いつだったか、二年くらい前に、ファリーナが料理ができると自慢してくるので、試しに作って来いと言ったら、お弁当を作ってきた。さすがに、ファリーナの母親が手伝ったものだったらしいのだが、ファリーナの作った卵焼きはなかなか美味しくて、驚いたのだ。
それ以来、たまにファリーナが料理自慢の一環として、お弁当を持ってくる。
そのお弁当を一緒に食べるのは、レオだけなので、ファリーナがお弁当を作れば、恒例のピクニックだと、親にも悟られてしまうのだ。
「もっとうまくやれないのかね……」
「じゃあ、作ってくるのやめようか?」
「……」
ファリーナの、鋭いのか鈍いのかよくわからない質問に、レオは沈黙を持って答える。
「嫌なのね」
「……」
ダメ押しされて、うんともすんとも言えず、レオはこの天然ふんわり少女に負けたことを自覚する。
「はあ。ていうかさ、人に頼むからそうなるんだろ?」
「だって、お父さん、私が一人で買い物するの、嫌みたいなんだもの」
ファリーナの父は、商人である。それも、それなりに裕福な。
商家の娘にしてはあまり欲のないファリーナは、目に入れても痛くないほどかわいい娘であるらしいのだが、それゆえに、少し過保護である。
「それにね、うるさいの。お前はかわいいから、子爵か、男爵家に貰ってもらえるって。私、そんな見たこともない人のお嫁さんになるの嫌なのに」
確かにファリーナはかわいい。
だが、この町では、とてもかわいらしいファリーナも、やはり貴族の令嬢の中に混ざれば、迫力負けするであろうことはなんとなく想像がつく。
今は亡き、ここヴェントス侯爵の奥方は、美人で名高かった。薄いベールで顔を隠していることが多かったそうだが、領民の前にも、それなりに姿を現し、その美しさと、皆に愛された侯爵を支える彼女は、とても領民から愛されていたらしい。ヴェントスの地に住む大人たちは、みな口をそろえてその話をする。
奥方が美人だったという話と、ヴェントス侯爵がいかに素晴らしい人物だったかについては、もはやだれでも知っていることだ。もちろん、あの忌々しき炎の一夜についても。
その、美人と名高かった奥方の肖像画が、相当焼けてしまったらしいが、いくつかだけ残っており、レオも見たことがあるのだが、本当にとても美人だった。
そして、レオのひそかな自慢は、自分の母親ティナが、その奥方に似ていると言われていることである。
「まあ、ファリーナの父さんは、ファリーナがかわいくてしょうがないんだろ」
「それは分かってるんだけどね。そういうことじゃないの……」
何故か大きくため息をついてこちらを見つめるファリーナに、レオは、首をかしげるしかなかった。




