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光の奔走  作者: 如月あい
二章 炎は照らす
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暖かい食卓

 夜明け前、部屋に風を入れようと思い立ち、窓を開け放つ。

 部屋に張ってきた風が、まだ幼い少年の短い癖のない黒髪を揺らす。

 二階にあるこの部屋は、窓を開けておいても、そこまで侵入者を気にしなくて言い分、換気するのに無駄な神経を使わなくていい。

「レオ!ごはんよ」

 下の階から明るい母親の声が聞こえてくる。

 客を起こすつもりかと呆れるものの、今日、使用されているのは下の階の三部屋だけだ。

 母もそれがわかっているから、今日は二階に上がってこなかったのだろう。

「今いく!」

 叫んでから、窓の方をみて、しばし考えてから、窓は開け放っておいた。

 しかし、部屋の戸の鍵だけはしっかりかけておく。

 この建物は、宿屋であり、この階にはレオの部屋だけでなく、客室も四つ存在するため、さすがに部屋の鍵を開けておくのは無防備だ。

「おはよう」

 部屋に入ったとたん、見た目の歳以上に、ずいぶんと落ち着いた声で、挨拶をしてくる女性が目に入る。

 蒼い瞳に、シルバーブロンドの髪をきっちりと結い上げた女性は、静かな微笑みを浮かべていた。

「おはよう、クロエ」

 挨拶を返して、席に着く。

「ああ、やっと降りてきたのね。おはようレオ」

「やっと、って割とすぐに降りてきたけどな。おはよう、母さん」

 スープの入った皿をもって、台所から部屋に入ってきたのは、癖のない黒く長い艶のある髪を持つ、とても整った顔立ちの女性。黙っていれば、間違いなく誰もが見惚れる麗しい女性だが、その美人で落ち着いた雰囲気に似合わない、とても明るい話し方をする。

「さ、食べましょうか」

 自分の母親を美人だと思うのも、どうかとは思うが、身内のひいき目を除いても母は美人であり、男の客からもしょっちゅう誘われて絡まれている。

 母親はそういう男には、見かけのイメージと合致するようなずいぶんと冷たい態度をとるが。

「そういえば、今日はレオ、約束があるんだっけ?」

 パンを食べかけていたレオは、母親の言葉にむせ返った。

「あら、大丈夫?」

「なんで母さんが知ってるわけ?」

 そういってレオは母親をにらんでみたものの、母親は全く持って動じない。それどころか、きれいな顔に、妖艶な笑みを浮かべて、こちらを見つめてくる。

 ―――ぜったい、何かたくらんでる。

 母親がこういう顔をするとき、だいたい面倒なことを企んでいるのだ。

「ティナ。レオをあんまりからかうのは止めなさい」

 そして、こういうときさらりと助けてくれるのはクロエだ。

 レオはクロエはティナの姉、つまりレオの叔母にあたる。

 でも、何故か叔母と呼ぶことを許さず、名前で、呼び捨てするように教育されている。

「はーい。しょうがないわね。私はゴデチアさんから聞いたのよ」

 ある意味予想通りの回答に、レオはがっくりとうなだれる。

「ファリーナちゃんは、あんたと違ってちゃんとお母さんに話してくれるみたいよぅ」

 語尾がなんだか気持ち悪い上に、にやにや笑いがレオの神経を逆なでする。

「からかうなよっ!」

「あら、大声あげるなんて子供ねぇ。お客様が起きちゃうかもしれないじゃない」

「子供じゃない! それに、母さんだってさっき大声で俺を呼んだろ!」

「十一歳なんて子供よ子供。私だって十一歳の時はリオルドと出会ってなかったもの」

 母親は、そういって父親の名を引き合いにだし、幸せそうな顔をした。

 レオはこの顔の母親には弱い。

 レオは十一歳ながらに知っている。

 ティナが、どれだけリオルドを愛していたか。

ふと遠くに目線をやるとき、リオルドのことを考えていることを。

 そのリオルドは、レオがまだティナのおなかの中にいる間に他界してしまっている。

「レオが藍色を引き継いでくれて良かったわ。リオルドの子供だって、一番分かるポイントだもの」

 ティナはレオの深い藍色の瞳を指して言う。

「その台詞、もう数百回目だよ。まあ、別にいいけどね。顔立ちは母さんに似てるみたいだし」

「そうねえ……まあ、リオルドはもうちょっと人のよさそうな顔よね。レオは母さんに似て、ちょっと顔立ちきついし」

「俺は性格とあってるから別にいいよ。母さんみたいにギャップで困ることもないし」

 レオの性格は、どちらかと言えばきついほうだろう。そう思っていったのだが、予想外にも、クロエに否定されてしまう。

「そんなことありませんよ。レオはちゃんとティナを思いやれる優しい子ですよ」

「……ありがとう。クロエ」

 クロエもいるから、女手一つで、とは言えないが、それでも父親なしにレオを育ててくれた母親だ。感謝はしている。

「ねえねえ。それで、ファリーナちゃんとどこ行くの?」

 ……感謝はしているが、時々、腹が立つ。

そして、残念なことに、ティナはとても頭の回転が速く、聡明で、レオじゃ全く叶わないのだ。

「うるさいな。どうでもいいだろ!」

「えーよくないってばー」

 結局は、ティナの策略にはまり、すべてを話すことになることが度々あるのだが、とりあえずは抵抗するのだ。今日も、明日も。



さて、これからしばらくは、レオのお話です。

二章の第一話の時間と、第二話以降の時間軸は別物です。

第二話以降は基本的にレオの成長に従って進みます。

第一話だけが、少し異質な時間になっております。

一応、両方とも、どの時間、時代なのかはわかるように書いたつもりですが。

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