いつか君に追いついて
「やっぱ、退屈だ」
オブスキィト家の長男は、二か月ぶりの自邸で嘆いていた。
「一人で遊んでらっしゃる別荘の方が良いのですか?」
驚いたように聞く侍女の反応に、少し焦る。
ロイはレンティのことを隠し通していた。正確には、隠し通しているつもりだった。
ロイの両親と、ロイの護衛には完全に筒抜けであったものの、本人がそれを知る由はなく、事情を知らない侍女もまたロイの言葉に驚くばかりだ。
「あそこは涼しいし、ここらへんと違って、自由に遊べるから」
ロイは苦し紛れのいいわけで侍女に返答し、そそくさと勉強道具を持ってくる。
「いっぱい遊んだから、勉強するよ」
「まあ、流石はデュエル様。お志がお高いのですね」
侍女たちはいつだってそう褒める。デュエルが何をしようとも、だ。
「俺はいつか軍の隊長になりたいから」
「そうでしたね。それならば、先生を呼んで参りましょう」
侍女が退室するのを見送りながら、ため息をつく。
ロイは、レンティほどの知識はないが、レンティのことが家にばれれば、もう彼女とは遊べなくなるかもしれない、ということだけは分かっていた。
自邸の近くにも友達はたくさんいるが、レンティのように、ロイの好奇心を満たしてくれはしない。レンティのように、一緒にいて無条件で安心できもしない。
それに、なんだかんだといって、レンティは面倒見が良いのだ。
別邸に滞在中に、成り行きで木の実をとりに行ったら、途中の茂みに少し癖のあるロイの髪が絡まったときは、文句を言いながら、なぜか所持していたナイフで枝を切ってくれた。
そのあと、当然の疑問として、なぜナイフを持っているかを聞いたら、自分の身は自分で守れ、と乳母のアンナが使い方の指導とともに持たせてくれたらしい。
私は人を傷つけることには使うつもりはない、とレンティが断言していたので、少し安心したが、ナイフはあっさりと枝を切ってしまうぐらいよく切れるものだった。
どうやらルミエハ家は相当オブスキィト家とは方針が違うらしい。
そのことを聞いたあとで、父親に剣の扱い方を教えてほしいと頼んだら、しばらく考えた後、模造刀でなら、と言われた。
そして、人を傷つけるために使ってはいけないと、何度も釘をさされた。
ロイもレンティと同じく、そんな気はなかったので、模造刀での訓練でも満足だった。
レンティができることを、自分ができないのはとにかく悔しいのだ。
「いつか、勝ちたいな」
そのいつか、のために日々、勉強している。
レンティはいつだってロイの前を走っているけれど、どこか、それがさびしそうに見える時もある。
だから、追いついて、隣に並んで……。できれば追い越して、笑ってほしい。
「失礼します」
未来に思いを馳せていたら、人が部屋に入ってきた。
「ん?」
てっきり家庭教師が来たのかと思っていたが、違った。
先ほど家庭教師を呼びにいったはずの侍女だった。
「デュエル様がお帰りになったことをお聞きになったようで、ヘンリー様方が遊びのお誘いにいらっしゃっています」
ヘンリーはロイの友達の一人だ。
二か月ぶりに遊べたら楽しい。だが、勉強しようと言った口で、すぐに遊びに行くというのはどうにもためらわれる。
「デュエル様はいつも真面目に勉強に取り組みなさっていますが、正直に申し上げまして、八歳の子供がそこまで勉強なさらなくても良いと思います。友達と遊べるのは子供のうちだけなのです。素直に遊んでいらっしゃったらよろしいのではないでしょうか」
そんなロイの気持ちをくみ取ったのか、侍女がロイの背中を押す。
「……わかった。遊んでくる」
一瞬、考えたが、誘惑に負けた。
―――ごめん。レンティ。帰ってきたら、がんばるから。
心の中で黒髪の少女に謝り部屋を出た。