光の一族の権威①
リーシェン伯爵家は王都の東に位置する、それなりに力のある貴族だ。
そして、リーシェン家は、急進ルミエハの筆頭でもある。
今回の依頼は、匿名の一般からの依頼で、リーシェン伯爵家をとにかく調べてほしいというものだった。
本当は伯爵家そのものを調べるとなると、諜報部が向かうべきところだが、急進ルミエハの領地内で一番自由に動けるのは、ルミエハ家の者であるため、ルフレが選ばれた。
ルフレの役割は、具体的に何について調べればよいのか、ということまでを調べることだった。
あとは諜報部か、あるいは治安維持隊がどうにかするだろう。
本来のA系統の仕事は、あくまでも貴族以外の国内問題を調べることにある。今回はかなり珍しい例だ。
「隊長……どうしてこんなに堂々とここへ来ることに? あれはなんですか!」
「こそこそするより、ルミエハとして威張ってたほうが、色々とやりやすいかと思って……あんなに大げさになるとは、思わなくて」
リーシェンに到着した直後、シリヤに非難がましい目で見られた。
「それにしても、すごいですね。実際見てみると。急進ルミエハの心酔具合は」
ジオが何故か感心したような声をあげた。
「……二人とも、ルミエハ派の人間ってことになってるから、合わせてね、危ないから」
ジオはそもそも素性がばれてないし、シリヤは平民の出だ。
仮に、ジオの偽名のメディウム姓がばれたとしても、メディウム家は、ルミエハにもオブスキィトにもつかない中間貴族なので、そこまで問題ではないだろう。
「わかりました……けどね。これは、やりすぎでしょう」
シリヤの言葉にもう一度、ルフレは目の前に広がる光景をみた。
リーシェン直領地の町並みは、山をバックに、リーシェン邸があり、それを囲むように家が並び、さらにそれを囲むようにして農耕地帯が扇状に広がる。
リーシェン邸までは、公道から一直線に広い道が通っており、それは田畑のあるところでも例外はなく、立派な道の隣にいきなり田畑が広がる奇妙な光景が広がっている。
緩やかな一本の坂道は、当然、馬車が通れる。それどころか、たぶん、馬車がすれちがえるほどの幅の広い道だ。
それだけなら、ただ、リーシェン家の趣味だと言える。自分の家につながる一本道をつくって、力を誇示したいとか、そういう類の。
だが、その広い道の両端に、はるか上にあるのリーシェン邸まで、等間隔で、人が立って、なにやら籠を持っているのは、異常事態だ。
おそらく、これは領民総動員の出迎えだ。
籠の中は、花に見える。しかも、本物の。
「……」
ルフレが急進ルミエハの地に足を運ぶ時は、基本的に前触れなしだった。しかも絶対に一人だった。
両親とともに三人でこういうところに来たことはない。
両親は二人だけでこういうところに回るからだ。
だから、初めて知ったのだ。十九歳にして。
ルミエハの人間が来るとあらかじめ知らせてしまうとどうなるか、を。
もちろん、この伯爵家は異常だが、たぶん、ほかの急進派でも、それなりに歓待されるだろうということを。
「行くわよ」
覚悟を決めて、馬をある一定速度に保って、道の真ん中を駆け抜ける。
人で作られた道にちょうど足を踏み入れた瞬間、耳をつんざくような歓声があがる。
花が空に舞い、人々は歓声を上げて、籠を持っていない人たちが拍手をする。
ルフレは止まらなかった。
「ルミエハ家万歳!」
「ルフレ様!」
否、止まれなかった。別の意味で、身の危険を感じて。
―――そうか。あの二人、何故かリーシェン家をひどく気に入ってたけど……。
毎度この出迎えを受けているなら、彼らの自尊心をくすぐるには十分すぎる。
両親がリーシェン家に相当な額を支援しているのは知っていたが、この歓待具合は、まさに理由なのだろう。
そして、ルフレにとって一番意外なのは、ここの領民が、本当にルフレの訪問を喜んでいるように見えるからだ。
言葉に発していなくても、嘘はやはり簡単に見抜ける。
だが、この歓待は本物だった。
これは異常だ。何か、洗脳的なものすら感じる。
「私、王家の姫でもなんでもないのに……」
扱われ方がもはや王家だ。
確かにルミエハは、アンリの一つ下の弟の血を引く家として、法律上、優遇されているというか、王家のような扱いをされている部分がいくつかある。
だが、さすがにここまでの歓待を受けるのは予想外だった。
やっとの思いで一本道を登りきると、リーシェン邸の門が完全に開かれ、リーシェン邸に使えるものすべてが控えて、ルフレ達の到着を待ちうけていた。
「ようこそ、我がリーシェン家に」
門をくぐって、丸い噴水の前に立っていた初老の男性の前に馬を止めると、鐘楼の男性は恭しく頭を下げる。
ルフレは馬を下り、そして二人も馬から降りたのを確認してから口を開いた。
「お久しぶりね、リーシェン伯爵。貴家の我家への貢献は、当主から聞きおよんでいます」
恰好こそ、軍の制服だが、受け答えはルミエハ家次期後継者として答えた。
シリヤとジオが驚いたような表情を見せるが、それは見なかったことにして話を続ける。
「なかなか気持ちの良い歓迎でした。当主にも言付けましょう」
「もったいないお言葉です。さあ、姫はどうぞ中へ」
使用人たちがすばやく出てきて、三人の厩舎の方へ連れて行く。
「ありがとう。あと、この二人は我が家の者ではなく、軍での私の部下ですが、我が家にとても有益な人材です。そのように扱ってください」
「なるほど。姫の見込んだ軍の中での従者というわけですね。もちろん、彼らも客人ですから、そのように。そして、同じ部屋にお通しすればよいのですね」
リーシェン伯爵の従者、という言葉に思わず反論しかけたが、ルミエハ家の後継者としては、そこを否定するのはまずい。
ジオと目が合い、少しだけ頭を下げると、しっかりと謝罪の意は伝わったらしく、ジオが笑みさえ浮かべて許すようにうなずく。
―――王子相手に従者だなんて……。
通常なら不敬罪に問われるところだ。
「そう。それと、二人の素性については質問を禁じます。私が信頼した、ということがすべてです。無駄な先入観を持たれては、私の仕事に支障をきたしますから」
これ以上ややこしくしたくないので、質問は受け付けない、と先に釘を刺しておく。
「すべて承知いたしました。姫が信頼された方なら、たとえ下級で貧乏貴族の出身でも、心は崇高なわれらの同胞であることに違いはないでしょう」
彼の頭に二人が平民出身である可能性はないらしい。
平民とメディウム家、あるいは王子だなんて知ったら、どんな顔をするのか見ものだが、さすがにそんな危険は冒せない。
ルミエハ派の人間は、基本的に血統主義者で、ルフレのような者の方が異端である。
それはルフレの育ち方に起因するのだが、最近、そのことで、両親のバカさ加減を再認識することになってしまっている。
「それでは案内して」
「仰せのままに」
リーシェン伯爵自ら先導し、三人を部屋へといざなう。
途中、シリヤとジオと目が合い、これはどういうことだという顔をされたが、リーシェン伯爵がいる以上、そのことについては話せない。
―――ある程度予想してたし……話しておく方がよかったわね。
隊長としての、あるいは普段のルフレと、ルミエハとしてのルフレはもはや別人だ、ということをほとんどの人間が知らない。
ルフレが顔を出させられるような、ルミエハの中心核しか集まらないような宴に参加するような貴族は、基本的に軍属しないからだ。急進ルミエハ派の人間は特に、絶対に軍属しない。
両親が急進とはいかないまでも、それなりにルミエハ信奉者の両親をもつヒラリーには、ルフレの次期当主としての振る舞いを見られている。それでも、ヒラリー自体はルミエハに媚を売る気はなさそうだったので、ほとんど隊長として、というより、素に近いルフレで接していたため、ルミエハ次期当主として飾ったルフレについては、あまり実感としてはないだろう。
「どうぞおかけになってください」
部屋に通され、椅子に座ると、目の前の大きなテーブルの上にカップが四つおかれる。
「茶葉自体は、ここのものではないですが、我が家が指導して作らせたものです」
なんとも無駄に高級感のあるカップに紅茶を注がれ、そこから香りが広がる。
「ブレンドティーなのかしら?」
貴族の教養、というより、個人的に紅茶が好きで、それなりに飲むのだが、この香りはいくつかの葉のにおいが混ざっているような気がする。
「さすがは姫。その通りでございます。リーシェン家が総力を挙げて開発したブレンドティーで、もうすぐ商品として市場に出す予定のものです。姫が来ると聞いて、一足早く取り寄せました」
「そう、ありがとう」
礼を言って飲もうとすれば、伯爵に慌てて止められた。
「何を! 毒見もさせずに飲ませてはなりません! あなたはルミエハ唯一のご令嬢なのですよ!」
久しくルミエハとして公にでていないので忘れていたが、そんな規則があった。
しかし、自分が出したものを毒見させよというのも、なんともおかしな話だ。
「リーシェン伯爵は、われらが姫に毒を飲ませる気だったのですか? あなたが用意したものであるならば、毒など入ってはいないでしょう?」
ジオがどちらかというと王子の風格を漂わせて静かに言う。
―――我らが姫って……。
相変わらず適応能力の高い少年である。
リーシェン伯爵は、初めて口を開いたジオに驚いた様子を見せたが、気を取り直したように、質問に質問を返した。
「あなた様は、我が家よりも格式が高いお家柄なのでしょうか。その年にしては、ずいぶんと風格をお持ちになっている」
「……我が姫の言葉をお忘れになられたか?」
ジオは、質問には答えないものの、あえて高圧的な言い方をしたように見える。
「詮索はよせと言ったはずよ。そして、彼の質問に答えなさい」
「失礼いたしました。先ほどの質問ですが、確かにこの茶は私が用意させたものですが、私が自ら用意したものではございません。万が一、使用人の誰かが毒を盛っていたとしたら、私は潔白でありながら疑われることになります。ですからそのように申し上げたのです」
「そうですか。よくわかりました。では、誰が毒見を?」
ジオの言葉に、控えていた女が、毒見をする。
それを見てから、ルフレは紅茶に口をつけた。
ブレンドティーとしては、かなりうまく調合したようで、それなりに気に入った。
それをそのまま口にすれば、リーシェン伯爵は嬉しそうな表情を浮かべる。
ジオもシリヤも飲む。
「どうでしょうか。お二人は?」
「市場で回るようになれば、我家でもいただきたいですね」
シリヤが先に答える。
―――うまいわ。
紅茶といっても、値段は様々だが、上位貴族になればなるほど、平民が紅茶を飲むという感覚はないらしい。
だから、たいていの場合、紅茶をたしなむような話をすれば、貴族は勝手にその人物を貴族だと判定しがちだ。
だからこそ、シリヤがそれを知っていたかどうかは分からないが、とても無難な解答だった。
「よろしければお送りいたしますが?」
どうにか素性を聞き出そうとする伯爵を、
「姫のお言葉を思い返していただきたいですね」
と言ってシリヤははねのける。
本当に優秀な存在だ。
今日、彼女を選んだ理由の一つはこの適応能力の高さなのだ。大きな理由は、他に存在するのだが。
「失礼いたしました。年をとると忘れやすくなりまして……。さて、あなたさまはいかがでしたか?」
伯爵はジオに話を振る。
「そうですね……シナモンは私の好みではないので、少し苦手ですが、一般的な評価をすれば美味しいと思います」
策略家の彼は、わずかにしか入っていなかったフレーバーを言い当てて、ジオは貴族だと確信させるように仕向けた。
実際は貴族ではなく、王族だが。
「なるほど……参考になります。さすがは姫の見込んだ方ですね」
ジオは全く問題がないが、これ以上話が深くなると、シリヤの素性がばれてしまう危険性がある。
「さて、本題に入りましょう」
だから、そういって話を切り上げた。
ここからが、やっと、本日の任務である。




