光と闇の因縁
昼下がりの城下町は、いつもと同じく多くの人が行きかう。
観光目的の旅人か、観光客目当ての商人か。
今はまだ三の月の第一週だが、第四週には建国祭がある。
トレリで一番の祭りのために、町は三の月に入ると同時に、少しずつ祭りモードに染まっていく。
「あー建国祭の日に仕事なんて……ひどすぎませんか?」
隣を歩く、栗色の髪の少女がぼやく。
今は一応、ユーフェミア王女に頼まれたものを引き取りにいく途中で、仕事中だが、栗色の少女にそんなことを考える頭はない。
「ユーフェミア王女も祭りに参加なさるんだから、近衛隊が休めるわけないでしょ。そもそも、軍に入って都合よく休みを望むなんて無理なの。あんたいい加減にわかりなさいよ」
隣にいた短い金髪が良く似合うかわいらしい女性は、大きくため息をついてから、その見た目に合わない口調で栗色の少女をたしなめる。
「わかってますー。わかってますけどね……デュエル隊長は昨日からケルドに派遣されちゃってるし……なんか、潤いがないんですよ! セレス隊長はあんまりそういうの興味ないかもしれないですけど! 私は、デュエル隊長と建国祭を回るの楽しみにしてたんです!!」
目上の上司に向かってあっさりと失礼なことを言ってのける少女に、もはや感心しながら、少女の最後の言葉だけは聞き流せずにつっこむ。
「それじゃ、まるでスミアはすでに、デュエル隊長に許可をもらったみたいな言い方ね。どうせ勝手に言ってるだけなんだから、いい加減に黙ってくれる? 二か月前の騒動を忘れたわけじゃないでしょ? どんだけ私が迷惑したか」
「でも、まだ断られてもないです!」
「まだ申し込んでもないんでしょ?」
セレスの突っ込みに、スミアはうなだれる。
確かにスミアはかわいい。男の前では完璧に男に好かれる女を演じてみせる。
だが、この恋愛一筋の恋愛バカは、軍には邪魔だ。
確かに、ユーフェミアの話相手には向いているが、護衛には向いていない。
基本的に自分の仕事は絶対に他人に投げたりしないのが、セレスのポリシーであり、プライドでもあるのだが、このスミアはあまりにも考え方がぶっとんでいて、一度だけ他人に押し付けたのだ。
この栗色の少女が恋する赤銅色の青年に。
結果は惨敗。赤銅色の青年はかなり頑張ったようだが、スミアはうまくかわし、騒動を起こして、自分の望むような噂を見事に立てた。
それで相当数のあぶりだしに成功したということは、そばにいるセレスには分かる。
「望みないわ。あなたじゃ」
思わずこぼれた本心に、スミアが目を向いてこちらをにらむ。
「どうしてですか! 何がいけないんですか! というより、隊長はまさか、デュエル隊長の好きな女性とか知ってるんですか!?」
デュエルの好きな女性、と言われて、思い浮かぶのは黒髪の女性。
セレスの親友のルフレに、デュエルは気があるように見える。
軍のほかの人は誰もその可能性に思い当たらないようだが、ツンベルギア養成学校の時からルフレを知っているセレスから見れば、二人の間に何かあると思えて仕方がなかったのだ。
セレスの知る、養成学校時代のルフレは、言い寄る男をルミエハ家長女らしく、相手を立てながらもよけていく、そんな少女だった。
研修生時代の一年間、デュエルとルフレは供に同じ隊で研修をしていた。だから、二人でいるのを割とよく見かけたのだが、会話こそよそよそしいものの、ルフレがデュエルに対する態度は、他の男に対するものと全く違った。
周りから見れば同じに見えただろうが、セレスはルフレに勝つために、相当つきまとっていたため、その一挙一動を異常なほど観察していたから、違いがわかった。ルフレがデュエルに対して、恋愛感情を持っているかどうかは正直わからないが、少なくとも、とても信頼しているというのは、その態度から分かったのだ。
何より、あの失踪事件の時、事情をすべて話してくれたルフレが、こういったのだ。
『私にもしものことがあれば、デュエルがどうにかするから、セレスは何も知らないふりをしていて。危ないから』
その言葉を聞いたとき、正直悔しかったのだ。セレスよりも、デュエルの方が、ルフレにとって信頼できるものだと実感して。
セレスにすべてを話してくれたことから、セレスも信頼の対象であることは分かっていたが、それでも、自分と同じ舞台に巻き込めるのは、そういうことを頼めるのは、セレスではなくてデュエルなのだと、分かってしまったのだ。
そして、デュエルがルフレに思いを寄せていると確信したのは、もっと早い時期…建国祭の日。たまたま休憩時間が重なったルフレとセレスは、二人で公園を歩きながらしゃべっていたのだが、生け垣を挟んだ向こう側で、同期の研修生に告白され、それを断っていたデュエルを目撃したのだ。
振られた少女が立ち去ったあと、ルフレとセレスはデュエルに見つかってしまい、おとなしく姿を現した。
その時のルフレと目のあったデュエルの、血の気の引いた顔と、『見てたの?』という少し震えた声を聴いて、セレスは確信したのだ。
ただ、ルフレは恐ろしいほど鈍く、デュエルが真っ青になったのは“告白を断ってる現場を見られて、噂になると面倒だと思ったから”だと真剣に信じていたが。
デュエルと個人的なことに関しては話したことのないセレスは、デュエルにそのことについて突っ込んで聞いたことはないのだが、先日の帽子の件を取ってみても、デュエルにはやはりルフレを想っているよう素振りが多々見える。
「隊長! 黙ってたら本当に知ってるみたいですよ!」
スミアの大きな声が聞こえて、やっと現実に意識が戻る。
「……あ。いや、知らないけどね。でも、デュエル隊長は、完璧な女の方が好きなんじゃないの? なんとなくだけど」
要するにお前では役不足だ、という意味だ。その意味でセレスは言った。
「完璧な人? ……それじゃ、まだ大丈夫じゃないですか! 軍で完璧な人は、ルフレ・ルミエハさんしかいないし」
先ほどまで頭にあった名が話題に上り、心の中は激しく動揺しながらも、表層だけは持ち前のプライドで平静さをもって尋ねる。
「どうして大丈夫なの? ルフレは完璧なんでしょ?」
「ルフレ隊長は完璧ですね。頭脳も身体能力も見た目も、ついでに性格も、人望も、本人の功績、肩書も……すべてが最高ランクで、ほんと嫌になっちゃう。何も欠点なんてない完全無欠人間なんですもん」
このスミアがここまで女をほめるなんて、流石セレスが認めた親友だと、心の中で嘆息する。
しかし、この話だけ聞くと、全く勝ち目がないと言っているようなものなのだが、それがどうしたら大丈夫となるのだろう。
「どうして? って顔してますね。セレス隊長は、ルフレ隊長と仲が良くて、ルフレ隊長そのものとしてしか見てないでしょうけどー……彼女が一人で背負うのはあの、ルミエハですよ?」
そこまで言われて、ようやく、さきほどの思考の中で、完全に抜けていた概念を思い出した。
軍のものが誰もデュエルとルフレの仲を疑わないのは、あの表面上の儀礼的な態度が、それでも譲歩に見えるからだ。
二百年にわたるルミエハとオブスキィトの因縁こそ、二人がどれだけ一緒にいても、仲良く見えない、皆の潜在意識の中に刷り込まれた共通認識なのだ。
「ルミエハの長女がオブスキィトの長男と結ばれることはあり得ません。ルミエハを背負う完璧人間と比較するならなら、まだ、私のような孤児のほうが、望みがあるんですよ。セレス隊長だってそう思いませんか?」
セレスはそう思うとは言いたくなくて、言葉に詰まる。
「確かに、ルフレ隊長は、今代ルミエハの娘とは思えないほどの人格者ですけどね。彼女が当主になれば、もしかすると今代オブスキィトが目指していらっしゃる、悲願のルミエハとオブスキィトの仲直りも成しえるのかもしれません。でも、デュエル隊長と結婚するには、家問題が片付いてからです! そして、家問題が解決するということはすなわち……」
「ルフレもデュエルも結婚適齢期を過ぎ、すでに結婚してしまっている後だろうと。家問題が、二人の結婚前に解決することはない。だから、二人はどうあっても結婚することはない。これがあなたの理論なわけね? それだからこそ、ルフレは敵ではないと?」
「そうです!」
セレスはもはや何も言い返せなかった。
今代ルミエハが、どうにも評判が芳しくないのはトレリ国民なら誰でも知っている。その血筋のせいか、ルミエハは急進的なとりまきは、今代でも、いつもとかわりなくいるが、全体としてのルミエハ派貴族の数は、歴代で一番少ないと言っても過言ではない。
対照的に、今代オブスキィトが本当によくできた人格者で、頭も良し、軍でも最高位にいる人間だからこそ、なおさらオブスキィト家につく貴族が多くなっており、こちらは歴代最高数を集めている。
しかも、今代オブスキィトはルミエハと協調路線だ。
古くからルミエハ寄りの貴族でも、表面上はルミエハでとおっているが、オブスキィト当主の呼びかけもあり、オブスキィトと協調路線をとろうとする貴族が、かなり増えてきており、見た目だけなら、オブスキィトが六、ルミエハが四ぐらいの勢力だが、実際は、オブスキィトが八、ルミエハが二、ぐらいなものだろう。
もしかすると、オブスキィトとルミエハの和解があり得る、というのは、最近よく聞く話だった。
しかし、完全和解するには、ルミエハ側の協力が必要になる。
今代ルミエハにそれは望めない。
ならば、ルフレがその一番の適格者であり、彼女ならばそれを成しえるだろう。
―――でも、それじゃ遅すぎるわ。
ルフレ自身も、オブスキィトとの完全和解を望むようなことを漏らしていた。
だが、婚姻で和解できるようなものではない以上、どうしても、ルフレが当主になって、ルミエハ側を矯正してから、になる。
すると、当主になるには、やはり、結婚してしまっていたほうが絶対に良い。
その際は、きっと、両家の中間地点ぐらいにいる貴族の方が、どちらの勢力からも認めてもらいやすく、反発も少ない。
「それにですね、現状だったら、和解より、いっそ、オブスキィトが全吸収のほうが、より早くことが済むんじゃないですか?」
これにもまた、セレスは言葉を返せない。
ルミエハをつぶす。あるいは、オブスキィトがルミエハを吸収する。
これもまた、両家の因縁を終わらせる方法の一つであり、いくらオブスキィト家当主がそれを望んでいなくとも、オブスキィト家にかなり近い貴族の間では、そちらの考えを押す者の方が多い。
そしてルミエハをつぶすなら、ルフレをルミエハとして嫁がせ、ルミエハ一族の力を残してしまうようなことは、できない。
つぶすなら完全に、ルフレごとでなければならない。
つまり、できるだけ政治的に力を持たない家に、ルフレを追いやってしまうのが一番良い。
「……ルフレはつぶされないわ」
無意識のうちに握りしめていた手に、くっきりと爪の跡が残っている。
「そうかもしれないですねー。まあでも、ルフレさんは、ルミエハじゃなくなったら、一瞬で貰い手が決まりそうですよね。美人ですし。しかも、本人の人望があるから、ルミエハじゃなくっても、軍の中では活躍し続けるでしょう。別にルフレさんはつぶせはしないと思いますよ。デュエル隊長のお相手には、やっぱりなれませんけど……って……あれ? ルフレさん?」
勝ち誇ったようにしゃべり続けていたスミアが、驚いた様子でたちどまり、ある一点を見つめる。
その視線の先にいるのは、ガラス張りの喫茶店の中で、男と向かいあって座るルフレの姿。
ルフレは、男と話していた。
男はルフレになにやら書類を渡し、ルフレはお金を渡す。
男の顔に見覚えがあった。
急進ルミエハ派の貴族の一人に、いつもべったり張り付いている護衛の男だ。
「……残念。恋人かと思ったけど……諜報の仕事かぁ……」
スミアはうまく勘違いしてくれたらしい。
確かに、諜報科をよく知らない人間にとっては、諜報の仕事といえば、ああいう光景がイメージとしてあるのだろう。
しかしセレスは研修時代に諜報科だった。そして、その内情を知っている。
心臓の鼓動の音がうるさい。
「行くわよ。仕事の邪魔するのは良くないわ。あとここで彼女を見たことも他言禁止」
「あ、そうですよね。諜報は特に、秘密主義ですもんね。流石に私もそんなにバカじゃないですよー」
勝手に勘違いしてくれているスミアに、もっともらしい理由で釘を刺しながら、急かす。
いくら彼女でもこれで、しゃべることはなさそうだ。
再び歩き出しながら、セレスはまだ、動揺している。心臓が、高鳴り、周りの音が、よく聞こえない。
あり得ないのだ。
諜報科特殊部隊は、確かに民間の依頼を直接受ける。一般市民のも、貴族のも。
だが、報酬は、必ず城内で払われなければならない規則がある。金銭が動くときは、かならず城内で、立会人の第三者のもとでなければならない。
しかも基本的に特殊部隊は、金銭を払って情報を得るような仕事はしない。それは諜報部の仕事だ。そして、万が一、情報の対価を払うような事態が発生しても、一度科長を通し、科長の前でそのやりとりは行われなければならない。
だから、あれは仕事じゃない。
ルフレが急進ルミエハ貴族と何か取引をしたということだ。
ルミエハ当主やその夫なら、なにも思わない。
だが、ルフレが直接取引をするのは、何かがおかしい。彼女らしからぬ行動だ。
―――なんなの。これ。
スミアに悟られないように平静を装いながら、セレスの心臓の動悸は収まらない。
セレスの頭の中に、警告音が、鳴り響く。




