ケルドでの任務②
流血シーンあり。
苦手な方はご遠慮ください。
町の東にある街道は、馬車が通れるというだけあって広く、よく整備された道だったが、残念ながら、森の中を突っ切っているため、あまり安全とは言えなそうだ。
どうしてこんな森の中に、立派な道があるのかは謎だが、今はそれを考えている場合ではない。
しばらく歩いていくと、壊された馬車が横倒しになって放置されていた。
「なんか、思ってたのよりひどいな」
商人は助かったということだったから、馬車は割ときれいに残っているのかと思ったのだが、そうではなかった。
何故商人が生きていたのかと思うほど、馬車は徹底的に壊されていた。
何か違和感を感じ、デュエルは馬車に近づいた。
馬車の中をのぞきこもうとして、背後から気配を感じ、振り返りざまに剣を抜く。
「誰だ!?」
女性陣の噂話通り、顔を布で覆った男二人が、武器を手に木の陰から姿を現した。
「さすがオブスキィト家の長男というべきか。気配を読むのには長けているらしいな」
右側にいた男が、敵意を隠すことなく話し出す。
「なんとも行動が読みやすい男で助かったよ。こうもあっさり罠にかかってくれるとは、な」
「罠にかかる?」
「一人でこの場所に来た時点で、おまえの未来はなかったのさ」
剣が高い音を立てて交わる。
しゃべっていた男は、何故か攻撃には加わらず、話し続ける。
「襲われたっていう商人はお前らとグルか」
「ああそうだ。なにせ金が手に入るならあの商人はなんだってする。まあ、ケルド伯爵がもう少し下衆な人間であってくれれば、完璧だったんだが」
適当に間合いを取り、剣をふるいながらも、デュエルは男との会話に注意力をさいた。
「要するに、その協力した商人は、もういないんだな?」
「伯爵が手配した馬車に乗っていたのは、こちら側の人間でね」
その返事を聞いて、デュエルは心の中で舌打ちをした。
その商人が生きていれば、証言させることも可能だったが、いないとなると、この男たちの罪を問うことは難しい。
強いて言うならば、オブスキィトの人間を害した罪か、デュエルの隊長としての職務を妨害した罪かぐらいだろう。
前者は、あまりにも権力におごっているようで、できればしたくない。だからといって後者は、この男たちがしたことの罪に釣り合わないぐらい、軽い罰で済んでしまう。
―――商人殺しの線は……立証が厳しいかな。
今思えば、壊れた馬車は、何かの証拠を消すために、商人が馬車から降りた後に壊したのかもしれない。
「さて、そろそろ疲れただろう。楽にしてやるぞ。いっきにな」
男の言葉とともに、デュエルの背後から、気配を感じる。
ばらついた足音から考えて、後ろにいるのは三人。前には二人。
しゃべっている男も戦えると考えて、一対五。
いくらデュエルが剣の腕に覚えがあると言っても、少々不利だ。
男を油断させ、しゃべらせるために手加減をしていたが、そういうわけにはいかないようだ。
そうわかった瞬間、デュエルは今の今まで剣を交えていた人間を、一撃で気絶させる。
「やはり本気じゃなかったか」
前にいた男が武器を構える前に片をつけようと思っていたのだが、それを察知したのか、男は素早く後ろに下がり、武器を構える。
そうしている間にも、後ろから襲いかかってきた男のうち、一人の足を払い、その男が運よくもう一人の方向へ倒れ、もう一人の男のもっていた武器がささって、鮮血が散る。
「くそっ! ふざけるな」
無事だった残りの一人が、悪態をつきながら棒を振りまわす。
剣よりもリーチが長く、デュエルはとっさに後ろに飛びずさった。
「忘れていたんじゃないのか」
その声に、デュエルは凍りついた。
深く考えずに後ずさったため、最初にしゃべっていた男の武器の射程範囲内にはいってしまった。
前からは棒の男、後ろは、二つの短剣を両手に握った男。
片方の短剣を自分の剣で受け、もう片方の短剣が迫るのを感じる。
―――やばいっ。
身をひねらせてみるも、間に合わない。
服の上から感じる、堅い金属の重み。
だが、それは、デュエルの肌を傷つけることはなかった。
「誰だお前は?」
短剣を握った男が驚愕の表情で問う。
男の短剣は、デュエルの腹部直前で止まっていた。
デュエルの腹部を這うように差し出された、一本の剣によって。
「お前なんかに名乗る必要は感じないな」
デュエルを守るようにして剣を差し出したのは、癖のないさらりとした黒髪の青年だった。
「助かった、悪いけど、頼む」
突如現れた黒髪の青年に戸惑いながらも、本能が彼は信頼できると告げていた。
だから、男の短剣を止めていた剣を、デュエルの頭めがけて横に棒を振られたのを、しゃがんでよけながら、棒の男に向かって思いっきり突き出す。
急所は外したが、デュエルの剣が体を貫き、男はそのまま崩れ落ちる。
デュエルはその刺さった剣をおもいっきり引き抜いた。
無理矢理に剣が引き抜かれた傷口からは、血がとめどなくあふれている。
「くそっ」
先ほど転んだ男にのしかかれた方の男は、自らの武器で傷つけた仲間を放置して走り出す。
―――追うのは無理だな。
とっさに判断し、後ろを振り向くと、すでに、短剣を握っていた男は、地面に崩れ落ちていた。
どうやら黒髪の青年が気絶させたらしい。
「……ありがとう。助かった」
無事に片付いたことに安堵して、黒髪の青年に笑みを向ける。
この時初めて、真正面から青年の顔を見て、この青年がおそろしいほどに整った顔立ちをした美青年だということに気づく。
どこか憂いを帯びたような黒い瞳も、黒い髪と同じく、青年の雰囲気を冷めたものにしつつ、完璧な美しさへとつなげている。
―――あれ……どこかで。
こんなに整った顔の人間はそうそういないはずなのに、どこか親しみがあって、見たことがある気がするのは、気のせいだろうか。
「あんたが、オブスキィトの人か?」
「え?ああ。そうそう。俺はデュエル・オブスキィト。でも、そうやって聞くってことは、俺がオブスキィトの人間だから助けてくれたってことでいいのかな?」
いつもならこんなに簡単に名乗らないのだが、この黒髪の青年は信頼できる、とデュエルはなぜか感じていた。
「ああ。オブスキィト家には身内が世話になってるからな」
「身内が?」
「俺は、レオ。ヴェントス領に住んでる」
レオの言葉に、デュエルは納得した。
ヴェントス領は、「炎の一夜」以来、オブスキィト家が統治している。仕事に私情を挟むのはどうかと思うが、デュエルの両親は、ヴェントス家の当主とその妻とは親友であり、その親友無き後、直営地でないわりには相当、力をいれて面倒をみている。
だからこそ、領民も、ヴェントス家を忘れてはいないが、オブスキィトを受け入れている。
「そっか。たまにはオブスキィトの名も役に立つな」
「……まあ、助けたのはそれだけが理由じゃないけど」
黒髪の青年が何やらつぶやくが、それはデュエルの耳には届かなかった。
そして、デュエルが聞き返す前に、青年がもう一度言葉を紡ぐ。
「聞きたいことがあるんだけど、時間ある?」
一瞬、四人の顔がちらりと浮かんだけれど、この青年に対する好奇心のが勝った。
デュエルはしっかりとうなずいた。




