ジャスパーとラピスラズリ
冬も終わりに近づき、すでに三の月まできた。
一の月にあったさまざまな騒動は、ようやく噂も下火になっておさまった。
デュエルが一貫してスミアを遠ざけたこともあり、新たな問題も今のところは怒っていない。
そしてようやく、この時期が来た。
「今回は、レティスとヒラリーにも任務に参加してもらう」
デュエルの前にいる、二人の研修生に向かって告げると、ヒラリーは覚悟を決めたようにしっかりとうなずき、レティスはこぶしを握り締め、歓喜の色をのぞかせていた。
「リリイ、ダグラス、レティス、ヒラリー、そして、俺。この五人で今回の任務にあたる。残りの五人は、城に残って、他の仕事を片付けておいてほしい。俺の代行は、副隊長のリトに任せる」
「はっ!」
デュエル以外の九人の声がそろう。
それを皮切りに、それぞれが自分の仕事にとりかかり始める。
「例の騒動の件で、借りができたルフレ隊からの依頼だ。ヒラリーを預かる交換条件で受けたものだが、研修にちょうど良いと思って、ここまで引き延ばしていた」
参加する四人を自分の机の近くに呼び寄せ、デュエルは告げる。
「引き延ばした……って、あの騒動は一の月のことですよ?そんなに延ばして苦情は来なかったんですか?」
リリイが当然の疑問を述べる。
ここ、諜報科特殊部隊B系統では、どの部隊でも、依頼されてから、その依頼に着手するまでに平均で三日、長くても一週間が通常だ。
二月以上放置されている依頼というのは、普通ではありえない。
ここにやってくる依頼は、他国の人間に関するものだ。
基本的には商人の不正売買が多いのだが、他国の王侯貴族の人身売買の裏ルートをつぶすのもここの部隊の仕事として回ってくる。
要するに、他国の人間が及ぼすトレリ王国への悪影響を解決するのがこの部隊なのだ。
「ルフレ……隊長は研修用に、とずいぶんと楽な依頼を持ってきてくれたみたいだからね。下準備は、オブスキィト家が引き受けた。その準備が整ったから、今こうして詰めをしようと思って」
「下準備をオブスキィト家が、とは?」
状況のつかめないレティスが困惑した表情で問う。
「どこの国のバカ商人かは知らないですけれけど、オブスキィトの名を汚すようなことをしたってことですよ。だから、オブスキィト家はその商人を完全につぶすために外堀を埋めてしまった。私たちは、最後にとどめを刺せばいいだけ、ってことです」
リリイは丁寧な口調と裏腹に、ところどころ言葉にとげがある。
「でも……対象は他国の商人で、その人を、追い詰めるのに……オブスキィトの力は、そこまで、及ぶのですか?」
ヒラリーは、しゃべるのが上手くないが、頭の良さはそれなりにある。ルミエハとオブスキィトの確執についても、ずいぶんと古い歴史のことから知っていて、デュエルが逆に教わってしまったぐらいだ。
しかし、知識豊富とはいえ、彼女の言葉の端々から、ルミエハ派の貴族の出身だというのが感じ取れる。
ルミエハへの評価は甘く、オブスキィトへの評価は辛い。たぶん、手に入れられる情報が偏っているのだろう。
「トレリ二大公爵家のオブスキィト家だぞ? 一商家をつぶすのに、それが他国の商家であろうととれる手段はいろいろあるに決まってるだろ」
レティスがデュエルと話すときの丁寧さをかなぐり捨てて、ヒラリーを詰る。どうやらこの研修生二人は相性が悪いらしい。
「レティス。確かにそれもそうだが、あまりにも言い方が問題だ。ヒラリーに対してどうしてそんなに冷たいんだ」
「すみません、ダグラスさん。言葉づかいを崩してしまって」
ダグラスがフォローするものの、ヒラリーに対しては絶対に謝る気はないらしい。
そんな様子に苦笑しながら、デュエルは、リリイに話を振る。
「まあ、そんなわけで、ケルド領に行くから、遠出申請をしてほしい」
「わかりました」
リリイはうなずくと、部屋を出ていく。
「ケルドといえば、銀細工が有名ですよね! オブスキィトの銀細工とは質の良さが段違いですけど、その分値段が安くて、一般庶民にも愛用されてますし。私もケルドの銀細工は意外と好きなんです」
さすが少女というべきか、やはり装飾品には興味があるのだろう。ヒラリーのテンションが上がり、さきほどまでののろのろとした口調は消え、異常な早口でまくしたてる。
「それに、あのルフレ隊長も、ケルド製の銀細工をいつも身に着けていらっしゃいますし!」
そして、こうやってテンションがあがるとき、いつだってデュエルの不意をつくのが彼女だ。どうやらルフレ信奉者らしい彼女は、ことあるごとに彼女の話題を持ち出す。
―――ジャスパー付の銀細工のこと……か?
そうならば、やはり今でもロイのことを忘れずに持っていてくれていることであり、デュエルにとってはとても喜ばしい事実だ。
しかし、もし、違ったら……。それは誰からもらったものなのだ?
デュエル、いや、ロイがケルド製の銀細工にしたのは、自分の手持ちで買える値段だったからだ。まだ自分は十一歳だった。
「へえ。ルフレ隊長が?あの碧の石のついた銀細工はケルド製だったのか」
「碧石?それも身に着けていらっしゃるんですか?」
「ああ。なんか、大切な人にもらった約束のものだとか」
デュエルの心臓がどくりと跳ねる。大切な人、扱いはされているらしい。
だが、安堵したのもつかの間。
「私が言ったのは、ベルトに巻きつけてある、首飾りにしてはすこし鎖の長すぎるようなもので、等間隔に小さなラピスラズリがあしらわれたものです!」
衝撃が襲うが、話に集中するヒラリー、レティスやダグラスは気づかない。
「ラピスラズリ? それって相手の幸福を願うやつだろ? ルフレ隊長が婚約してないのってもしかしてそういうことなのか?」
「相手の幸福? レティスの地域ではそういう風習が?」
「ああ。ケルドの方にはあるよ。だから、それを誰からもらったかによっては、プロポーズの意味合いもあったりするな」
「プロポーズですって!? そんな! ルフレ隊長がそんなご自分の立場も考えずに異性と交流を深めたりなさるでしょうか!?」
―――してたよな。俺たち。
ルミエハとオブスキィトの後継者が、仲良く遊んでいたわけだ。全く立場を考えていなかったわけではもちろんないが、二人が考えていたのは、あくまでも両親を出し抜くためであって、何も仲良くなるのを自制しようというものじゃない。
両家の関係がらみで一度線を引いたのはデュエルであるし、それがなければルフレは、たぶん、デュエルでなく、ロイとして接していただろう。
「僕も知ってたよ。レティスはケルド出身か。まあ、ルフレ隊長にそれを渡した人が、ケルド出身かどうかは分からないから、何とも言えないけど。でも、ルミエハの一人娘が、十九を目前にしてまだ婚約してないってのは、そういう事情かもしれないって、推測するレティスの気持ちは分かる」
「それは……確かにそうですが」
ヒラリーまで納得したようにうなずき、デュエルは心にある闇に飲まれそうだった。
―――どうして気づかなかったんだろう?
ロイとレンティの共有時間は年に二か月だった。
だが、残り十か月のレンティの交友関係など、ロイが知るはずもない。
レイラの言葉や、ロイのいる二か月間は確実に会いにきてくれていたことから、少なくともレンティには、好きな人はいなかったのだと思っていたが、レンティに好意を寄せる男はたくさんいてもいいはずだ。あんなに美人なのだから。
―――あれ、でもそれを身に着けているってことは……
やはりレンティにとっても大切なのか。
―――いや、そもそも男からもらったかわからないし。自分で買ったかもしれない。
「ケルド製だってことまで聞いておいて、そもそも、それを誰にもらったのかは聞かなかったのかよ?」
納得させるように自分に言い聞かせていたデュエルの横で、レティスがあっさりとその疑問について口にする。
「え?ああ……そういえば、言っていました。大切な人にもらったのだと」




