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光の奔走  作者: 如月あい
序章 幼き二人の絆
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見守る者の葛藤

 黒髪と深緑の瞳の少女、レンティは、今日は一人で川辺にいた。

 赤銅色の髪と瞳の少年、ロイは毎日ここに来るわけではない。ほぼ毎日ではあるが、来ない日もある。

 しかし、レンティはロイが滞在している期間は、毎日、暇な時間はここに来ていた。それが、貴族の令嬢としては不自然なことであることは自覚している。

 両親は決してそれを咎めることはしない。基本的にレンティが誰と交友関係を持とうが無頓着である。

 両親が求めているのは、公の場でルミエハ家の長女としてふさわしくあることだけである。だからこそ、アンナが多少、しゃべりすぎても、レンティが優秀である以上は何の文句も言わない。

 レンティは、あまり両親に気に入られていない気がしていた。

 特に、両親ともに、目を合わせて喋ろうとしない。

 ロイは、以前、レンティの目はきれいな深緑色だ、と評したが、そしてそれはとてもレンティの心を軽くしたのだが、両親はどうも、その色が気に入らないのではないかと思うのだ。

 水に映る自分の顔は、色までははっきりと映らず、目は黒に見える。

他人には、よほど注意深く目を見つめなければ、黒色の瞳に見えるらしい。だから、黒い髪と黒い目を持つ父に似ていると、よく言われる。

「何をしているの?」

「えっ」

 人の気配には、それなりに敏感なレンティだったが、考え込みすぎて、声をかけられるまで、気づかず、思わず声をあげてしまう。

 慌てて振り返ると、若い女性がたっていた。ゆるやかなウェーブのかかった赤銅色の髪瞳の女性。

「いろいろ考えてました」

 女性の質問に答えながら、次にされるであろう質問の答えを慎重に考える。

 髪の色や癖、また全体の雰囲気を見たうえで、この場所にいるこの女性は、おそらく、ロイの母親しかいない。

次の質問は、きっと名前を聞かれるだろう。この場所にいる段階で、ほとんど答えは明白ではあるが、きっと聞かれる。

ロイが遊びに来る場所に、自分がよく遊びに来ていることがばれるのは良くない。

 レンティが考えを巡らせていると、女性はしゃがんでレンティの瞳をじっと見据える。大人にそういう風に目を見つめられるのには慣れておらず、緊張からか、鼓動が高鳴る。

「黒、じゃない。―――り、深緑か」

「え?」

「似てるわ」

 そう言って、女性はぽんとレンティの頭に手を乗せ、そのまま髪を梳く。

「この黒髪も」

 女性は何度かレンティの髪を梳いた後、不意に立ち上がる。

 そういうことをされ慣れていないレンティは、全く身動きがとれなかった。

「あなた、名前は?」

「ルフレ。ルフレ・レンティシア・ルミエハです」

 予想通りの質問には、冷静に答える。

 嘘をついてもばれるのだから、できるだけ素直に答えて心象をよくしたい。

「ミドルネームは大事なの」

「え?」

「ミドルネームは大切にしなさい。無闇に名乗るものじゃない」

「それは、ロ……そうですか」

 うっかり口が滑りそうになって、慌てて言葉をすり替える。

 ロイから聞いた、と完全にロイとのつながりを認めてしまっては、この場で縁を切れと言われそうな気がする。

 両親のオブスキィト家に対する悪口を聞く限り、両家の溝はかなり深い。きっと、オブスキィトの人間もルミエハ家の人間を同じように嫌っているはずだった。

 だから、驚いた。

「そう。じゃあ、今度から気をつけて」

 彼女はそう言いながら、レンティに笑いかけたから。

 その微笑みは、偽物ではないと感じられるほど、温かいものだったから。

「私はね、マリエ。マリエ・オブスキィトよ。オブスキィトの人間に会うのは初めてかしら?」

「いいえ。……あ」

 微笑みながら言う彼女に、どうしても嘘をつけなくて、あっさりと本当のことをばらしてしまってから、慌てる。

「あの……」

「知ってたわよ。私は、息子を本当に一人で外に出したりしないもの」

 マリエは、わざとらしいほど“私は”と“本当に”の単語を強調した。

「私は、そこまで家争いに興味はないの」

 ここでもまた、“私”を強調して彼女は言う。それはつまり忠告なのだろうか。

「川に落ちないようにね」

 そう言って再び微笑み、女性はその場を立ち去った。

 レンティはそれを見送りながら、今しがた言われたことの意味を咀嚼する。

 つまり、二人きりは二人きりではなかったということ。

 そして、どうやらオブスキィトの人間全員が、ルミエハ家を敬遠しているわけではないということ。




「どうしてですか?」

 ロイの護衛は、主人であるマリエに思わず聞く。

「何のことかしら」

 わかっているくせにとぼける主人にもう一度はっきり問い直す。

「毎年ただ遊ぶだけならともかく、昨日のようにミドルネームの話を持ち出すほど親密になったというなら、もう引き離してしまう方が息子のためだと、引き離しに反対されていた公爵家当主を説き伏せられたのはあなたではありませんでしたか。どうせ結ばれないのなら、引き返せないところまでいくより前にと」

「そうね。結ばれないなら、そうかもしれないわ。夫にもそのつもりで言った」

「それなら、なぜ、許可を与えるような発言をなさったのですか?」

「そうね……。予想外に……いい子だったから、とか?」

 その答えには納得できない。論理が破たんしている。良い子悪い子ではなく、ルミエハの人間だったから、引き離したはずなのだ。

「ま、夫の理想が実現すれば、どうにかなるかも、って思い直したのよ」

 護衛が全く納得していない顔をしていたので、あっさりとそう付け足した。

 それなら昨日の、家全体を凍りつかせるような夫婦喧嘩は何のためにあったのだろうか。

 護衛はため息をつきながらも、心のどこかで、安心していた。


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