隊長の奇行の謎②
あれは、任命式の三か月前。
雨の日だった。
デュエルはルフレが突如失踪した、という話をセレスから聞いた。正確には、セレスとクロッカスが話しているのを、たまたま立ち聞きしてしまった。
セレスはルフレは無断で出ていくようなバカじゃない、と彼女を庇い、クロッカスもそれを信じて、ルフレ失踪は表面上は、休暇ということになっていた。
デュエルは何もできなかったが、ルフレが無事戻ってきて、数日してから、二人で話したいことがあると言われた。
「私は、彼女に線を引いたんです。軍で再会した時、はじめましてと言って……。それ以来、彼女は私のわがままにつきあってくれました。その彼女が、同じ隊にいた研修生同士以上に踏み込んできたのは、軍に入ってからは最初で最後でした」
「そして、会って話を?」
「ええ。完全に昔と同じではなく、それでも、幼馴染として、お願いを聞いてほしいと頼まれました」
彼女はデュエルと呼ぶ姿勢を崩さなかった。ロイとは呼ばす、それでも、ロイにすがった。
「彼女は、レイラ・ストケシアの死を、しかもそれが対外的に病死になる前に、クロッカス隊長と二人で、ストケシア家の使者から、レイラさんが殺されたことを聞いたそうです」
「殺された? その事実をクロッカスも知っているのか?」
「はい。知らせを受けた直後は、復讐を誓ってる様子でしたが、家の圧力に負けたのか、結局、対外的には病死になりましたが」
「レイラ・ストケシアの生家には、病死ということで通したかったということか」
「そうです。実際は、彼女は暗殺者によって殺されました」
「暗殺者?」
「はい。金で雇われたその道のプロ。だからこそ、クロッカス副科長も、あきらめたのでしょう。雇い主の情報を割り出すのは難しい」
彼らは組織で動き、その組織では信頼でなりたつ。守秘義務を誰かが怠れば、その組織は壊滅する。だからこそ、彼らは雇い主を自白することはない。
「それがどうして彼女の失踪につながる?」
「それは、ルフレがレイラの死の真相を、一人で突き止めようとしたからです」
「そして……それを彼女は成し遂げたのか」
疑問なのか独り言なのか。どちらにしても、やはり頭の回転が速い。
「私が聞かされたのは、犯人も動機もわかったことと、証拠がまだつかみきれず、糾弾はできないこと。また、下手に調べればクロッカス副科長の身が危ないことです。そして、頼まれたのは……」
「ルフレ・ルミエハが死んだとき、話を公にし、調べてほしいと?」
「はい」
今でもわからない。
彼女がどうやって犯人を割り出し、動機をも調べ上げられたのか。
そして、どうしてデュエルに、自分が死んだら、などという条件でそんなことを託したのか。
「どこに行っていたか、については何も?」
グラジオラスの疑問に、デュエルはあの日の記憶を呼び起こす。
「……ああ。そういえば、旧ヴェントス領には行ったと言っていました。そこでは答えのカギを見つけたと」
「ヴェントス……といえば、あの炎の一夜の?」
「彼女はアンナから、炎の一夜について相当聞かされていたようです。そのこともあって、調査のついでに立ち寄ってみたら、そこに思いがけないカギがあったのだと話していました」
ヴェントス邸を焼き尽くした一夜。
失われた数多くの命について、アンナは事細かに語っていたようだった。ルフレはその話に関して異常に詳細なことを知っていた。
デュエルにとっては一番知られたくなかったことも。
「ヴェントス家のあの事件がなければ、君の隣に立っていた女性は……」
そして、当然のように王子も知っているらしい。
「君の父上が、我が父上に話していたらしい。それなりの交友があるようで」
デュエルの心を読んだかのような返答に、思わずため息をつく。
「ええ。あの事件で亡くなった、私と同い年だったミオ・ヴェントスは、確かに婚約者でした」
ルフレに、いや、レンティにその話について突っ込まれた時は、その話を吹き込んだ人を恨んだものだ。
その時、彼女の炎の一夜について詳細すぎる知識が、アンナからのものだとデュエルは知ったのだ。
「君にとって炎の一夜は……」
さすがにその先を言うのはためらったのか、グラジオラスは言葉を切った。
そしてデュエルはしっかりと意図をくみ取り、あえて答えた。
「……否定はしません。炎の一夜は確かに残念な事件です。起きない方が良かった。しかし、その代わりに手に入れたものの大きさは、私にとっては何にも代えられません」
デュエルには、ロイにはレンティしかいないのだ。
それは、会うことのなかったミオ・ヴェントスではだめなのだ。
ロイはレンティを選んだ。それが、たとえ、両家の宿命に逆らうことでも。
「君がオブスキィトの一人息子なのに、婚約者もいないのはそういうことなのか? オブスキィトの現当主が、何やらルミエハと協調路線なのも?」
「前半ははい。後半はいいえ、です。両親はルフレとの関係を知らないはずですから」
デュエルが答えると、碧の目がじっとこちらを見ていた。
「?」
「……まあいい。ただ、両親が知らないのにその年まで婚約者がいないというのは、どうもしっくりこない」
「それは、約束ですから」
デュエルは、幼少期に、父とある約束をした。母がその証人だった。その約束から十年後、デュエルが十八になった時、父と剣で勝負し、もし、デュエルが勝てば、デュエルのわがままを一つ聞く、という約束を。
その話をすると、グラジオラスは少しだけ納得したような表情を見せた。
「アベルに勝ったんだな?」
「勝ちました。そして、婚約は二十歳が終わる時まで待ってくれと頼みました」
母が勝敗判定をし、デュエルのわがままは無事に通った。
だが、そのわがままも、もうすぐ期限が切れる。
「二十歳が終わるまでには、あと一年ともう少し。どうにかなる算段はあるんですか?」
突如ジオに戻って問いかける様子に、それは答えなくてもよい問いなのだとデュエルは悟る。
「それなりには。あとは……俺がルフレを落とせるか、だな」
しかし、デュエルは答えた。
研修生の純粋な好奇心に、一隊長として。
「先が思いやられますね」
何故だか呆れたような顔で言うジオに、デュエルはうなだれるしかなかった。




