隊長の奇行の謎①
赤銅色の髪の青年は、黒髪の女性に与えられた資料に目を通していた。もう、暗証できそうなぐらい目を通した。
読めば読むほど、これが、ヒラリーを引き取るための口実だったのだと実感するからだ。
急ぎの案件でも、重要性の高い案件でもない。
こんなものを口実にするなど、よほど彼女に気を遣わせてしまったらしい。それに、一番聞かれたくない話まで聞かれてしまった。
トントン。
控えめなノックの音が響く。
誰だろうと思い、待ってみるが、扉をたたいた者は、名乗らない。
軍のものならば、ノックの後は、名乗るのが慣例となっている。完全に規則化しているわけではないのだが、それに逆らう者はいない。
―――軍のやつじゃないのか?
この部隊の性質上、自分の醜態を揉み消そうと、どうにかこの部隊に取り入ろうとしたり、買収しようとしたりするものはいる。
だが、そういう貴族連中は、わざわざ格下だと思っている軍の詰所にノックをしたりしない。商家のものは、そもそもここまで入ってくるのが難しい。
そして、オブスキィトより有力貴族はないに等しいが、オブスキィトの時期後継者が、この部隊の隊長を務めている、という認識をしているようなまともな貴族は、そもそもデュエルの部隊にお世話になるようなバカなことはしない。
「誰もいませんか?」
扉の向こうから聞こえてくる声に、なんとなく聞き覚えがあった。
あわててデュエルが扉を開けると、予想通りの人物がそこにいた。
「名前は?」
予想通り、金髪碧眼の童顔少年がそこに立っていた。
「ジオ、です」
「……入れ」
どちらの立場で来たのか、確認をしてから、ジオを部屋に入れる。
「ジオは研修じゃないのか?」
「もう今日の分は終わりましたよ。ルフレ隊長はだらだら仕事をなさることはないんです。ヒラリーは、なぜか彼女を崇拝しているようで、もう少し話を聞きたいといって残りましたが、僕は失礼させてもらいました」
一応、研修生扱いをするものの、さすがに一国の王子を立たせて自分だけ座ることはできず、自分が座ってから、ジオにも椅子をすすめる。
「要件は?」
ジオが座ったのを見届けてから、口を開く。
「ルフレ隊長の、数年前の奇行について、です」
数年前の奇行、といえば、やはり、毎年必ず選出される、新人隊長五人枠にほぼ確定していた矢先での失踪事件の話だろうか。
だが、それはルフレのためにも語れない。
「……この前も言ったが―――」
「―――レイラ・ストケシアの死とどう関係が?」
「!」
ごまかそうと口を開いたら、幼いふりを捨てた少年の冷めた言葉が、しかも、話の核心をついた言葉が、デュエルを貫く。
その予想外の言葉に、デュエルは動揺を隠せなかった。
「やはり、あなたは知ってるんですね」
「やはりって……。それは、個人的な興味か?」
「いや、違う。王子として、優秀な人材の未来のために知りたい」
王子グラジオラスとして話す少年は、デュエルが目を見張るほど、大人びて見え、王子としての風格をも漂わせている。
―――全部演技か。
やはり、彼は国王の息子なのだと実感する。
「では、まず、なぜレイラさんの名前が出てくるのか、聞いてもよろしいですか?」
姿勢を正し、座ったままではあったが口調を丁寧にして、話しかける。
「今朝の騒動の発端となったあの日、私と彼女は城下町を散策した」
デュエルは、それは知ってる、と言いたくなるのを我慢し、先を促す。
騒動の発端は目の前の金髪王子なのだから、当然、その前後のことの記憶だってはっきりしている。ルフレがらみなら尚更だ。
「その時、彼女は目立たないために、違う名で呼べと言った。私は困り、何がいいか聞いたら、レイラと呼んでほしいと言ったのだ」
「あいつが?」
言ってしまってから、はっとして口を押える。
どうやらこの王子は無駄なことを人にしゃべらせる天才らしい。
「あいつ、か。やはり君たちは周囲が思っている以上の関係があるらしい」
そして、その漏らした真実を聞き逃すような甘い人間でもない。
「家柄上は、ないことになってますね」
「しかし実際は違う。研修生の間、そんなに親密になったら噂が立つ……すると……もっと前か。……ルミエハの本邸と、オブスキィトの別荘は森を挟んで隣接しているとか?」
この王子はいったいどこまで情報通だというのか。
二人だけの秘密であったはずのことが、こんなにもあっさりばれていいのか。
だが、デュエルに拒否権はない。
彼は、この国の王子だ。
―――信頼は、できるかな。
この際いっそ事情を話してしまった方が良いかもしれない。そのうえで、口止めをすれば、あるいは。
「そうですね。親の監視が森の中まで行き届いているかは疑問です」
「いつからの?」
「五歳です」
「なるほど。両家の確執を無視するには良い年齢だな。今日聞いたことは黙っておく。だから全て聞かせてほしい」
本当にこの王子は情報を引き出すのが上手い。
欲しい言葉をあっさりとくれた。ここまで言われたら、知っていることはあらいざらい話さなければならないだろう。
「レイラと呼んでほしいと言われただけではありませんよね?」
どうせ話すなら、この少年がどうやってその理論を組み立てたのか知りたかった。
そして、その答えはデュエルの想像を凌駕するものだった。
「彼女は、レイラ・ストケシアを殺したのは自分だと言った」
「なっ……」
そんなわけがない。人を傷つけただけであんなにも心に傷を負う人が、自分の慕っていた姉のような存在を殺すわけがない。
「私も彼女が殺人者だとは微塵も思っていない。糾弾したところ、彼女に責任がある、もしくは彼女が自分の責任だと思い込んでいる、のどちらかではありそうだが」
だから、デュエルはグラジオラスの言葉からうかがい知れる、ルフレへの信頼に安堵する。
「彼女が告白に至るまでの経緯は?」
そう促して、デュエルは大体の情報を得る。
アンナとの会話。そこから墓地の前での会話。この二つがグラジオラスの推理の主な材料となったということは理解した。
「君は、彼女とアンナという女性との関係は知っているのか?」
一通り話し終えたところで、グラジオラスは聞いた。
「ええ。アンナは彼女の乳母であり、彼女を優秀な人材に育てあげた一番の功労者です。ちなみに、彼女は夫と子供が一人いましたが、今は二人とも他界しています」
「あの時の反応はそういうことか」
デュエルの言葉を聞き、納得したようにグラジオラスはうなずく。
「さて、聞かせてもらおうか。君が知りうる、彼女の奇行の裏側について」
その言葉にデュエルは覚悟を決めた。




