幸せをかみしめる少女
金髪碧眼という、シュトレリッツ、通称トレリ王国で、きわめて標準的な顔をした少女は、自らの運のよさに心躍っていた。
「どう?ヒラリーは隊の雰囲気にはなれた?」
ヒラリーの心躍らせる要因の一つ、黒髪に黒い瞳の美女が、やさしく話しかけてくる。
「は、はい……慣れました。隊の人が優しいので」
緊張でうまく話せない。麗しい美女の目を見るなんて恐れ多くて、どうしても視線を外してしまう。
「そっか。でも、ちょっと私の研修は不安?なんか緊張してるわね」
緊張しているのは、目の前の人、ルフレ・ルミエハがあまりにも美しすぎてだったのだが、どうやら勘違いされたらしい。
そもそもルフレの研修に不満などあるはずがない。
ふるふると首を振ると、無理しなくていいわよと、気遣われて、再び舞い上がりそうだった。
ヒラリーが初めてルフレに出会ったのは、ルフレが、一隊長としてではなく、ルミエハ家の第一令嬢として、ルミエハ家主催のパーティ会場だった。
ルミエハの第一令嬢として美しく着飾った彼女に目を奪われ、そのあと、彼女と話をして、冷めた印象を与える見た目とは裏腹に、優しく、聡明な人物であることを知り、一気にルフレを憧れの人として、ひそやかに崇めるようになった。
そして、彼女を追うようにして軍に入り、軍人として働く彼女を見たとき、再び憧憬の思いを強くしたのだ。
薄化粧でも十二分に引き立つ魅力に、最年少にして諜報科特殊部隊A系統の第五隊隊長という肩書にふさわしい行動力、教養に並び頭の回転の速さは、ヒラリーを心酔させるに足るものだった。
そして、自覚はしているのだが、ヒラリーは、とにかく美人美男子好きなのだ。それが男であろうが女であろうが、目の保養になることに違いはない。ただし、内面もそれなりに評価の対象とはしている。
「ヒラリーのところの隊長は、頼りになる?」
「はいっ!とても頼りになります」
今度は緊張からか、無駄に大きな声を出してしまった。
しかし、それは緊張からだけではなく、純粋に、デュエルに対する尊敬と、これまた憧憬の思いからかもしれない。
デュエルも、美形、というよりは、愛嬌のある、どちらかといえばかわいらしい顔立ちである。その容貌も、肩書も、そして、自分の研修中の隊長になったことで知りえた性格も、女性陣の人気を集めるのを素直に納得できるものだった。
そんなデュエルのもとで研修できるだけで、自分は運が良いと思っていたし、周りにも言われていたのに、さらに一日とはいえ、ルフレが直接研修してくれるとなれば、もう自分の幸運さが怖いくらいだった。
「やっぱそうか。まあ、それなりに頼りにならないと、レティスもいきなりあんな面倒なことしないわよね」
「そうですね……。私も、もっとしゃべるのが上手なら、レティスに加担したかもしれません」
ルフレの言葉に、先ほどの騒動を思い出す。
ヒラリーと同じくデュエルの隊に配属された研修生のレティスは、ヒラリーとは違って、恐ろしく口の立つ少年だ。
彼もまた、金髪碧眼で、顔立ちはそれなりに整っているが、ヒラリーはちょっと彼が苦手だった。ヒラリーがのろのろ喋ることに、明らかないらだちを見せるからだ。
その彼も、家のこともあるのだが、オブスキィトだから、という理由だけでなく、デュエルそのものを尊敬していて、その点ではヒラリーと意見が一致する。
ヒラリーもレティスも、デュエルから、スミアにした城内案内は、デュエルが借りを作ったために、セレスというほかの科にある隊の隊長から頼まれたことだったという説明を聞いており、それを信じていた。
それなのに、あの栗色の髪の少女は、デュエルとの城内探索を、なんとも自分の都合の良いように解釈して、吹聴し、デュエルに憧れるほかの研修生に自慢していたのだ。
それをあの気性のレティスが我慢できるはずもなく、ヒラリーでさえも、スミアをなじりたくなった。
「そんなにあの子はでたらめ言ってたの?」
「ええ! それはもう! デュエル隊長は、牽制の意味を込めて、無駄な誤解を招くと困るから、という彼女を傷つけないための優しい理由づけをして、彼女をあしらわれたのに、スミアはそれをなんて解釈して、吹聴して回ったと思われますか!?」
興奮しすぎて早口になり、声も大きくなったヒラリーの様子に少々驚いた様子を見せながら聞いていた、ルフレだったが、その様子に、興奮しているヒラリーは気づかない。
「ええと、なんて言ったのかしら?」
「私がデュエル隊長をお慕いしていると周りのみんなに思われたら、ほかのみんなに私がやっかまれて、困ることになると気遣ってくださったの。しかもね、そんなことになったらデュエル隊長が悲しいから、誤解を招くような態度はやめなさいって。誤解じゃないのに、なんて言えなかったけれど、でもね、自分が慕われているんだとうぬぼれずに、本当に私のことを考えておっしゃてくれるなんて、素晴らしいと思わない? ……と」
ヒラリーは完璧にスミアの台詞を再現してみせた。
ルフレはそれを聞いて、こめかみに手をやって押さえた。
「あー……。病気じゃないの、それ?」
「本当病気ですよね! まあ、きっと噂たてればデュエル隊長の気をひけるとでも思ってるんですよ! 絶対に無理なのに!」
ヒラリーはここまで言い切ってから、少し息をつく。
ヒラリーは話すのが上手くない。しかし、それは単に話すのが遅いという意味ではない。
どちらかといえば、適切な速度と音量で話せない、なのだ。
早すぎるか、どもるか、ちょっと切り返しが遅いか、とにかくほどほどにしゃべることができない。
だから、興奮して早口になると、どうしても体力を消耗してしまう。
「なんだかずいぶんとはっきり言い切るわね?人の好みなんてわからないのに」
いったん落ち着こうとした矢先、ルフレが突拍子もないことを言うのでまた再び興奮が戻ってきてしまう。
「そんなわけありません! レティスはほとんど冗談で、スミアみたいなタイプが好きなんじゃないかと聞いてましたが、その時、スミアはあり得ないと断言しておられましたもの」
「……それで? デュエルの好みって?」
ルフレが、そこまで興味がなさそうな声で尋ねる。
「スミアのように、自分を作ることなく、嘘で固めることもなく、正直でいて、そして、強く優しく、聡明な方が良いそうです! そう、ルフレ隊長のように!」
最後の言葉は勢いだった。
「……っ」
しかし、ルフレの驚いたような、困ったような、なんだか複雑な表情に、はっと我に返る。
―――やはり、ルフレ隊長はルミエハの方なのね。
ルフレもデュエルも家のことをまったく仕事に持ち込まないので、忘れそうになるが、本当は家柄的に、二人は相いれない存在なのだ。
さきほどのデュエルの好みを聞いた、ルフレの言葉にあまり好奇心を感じなかったのも、それがあるからだとヒラリーは思っていた。
ヒラリーの生家は、ルミエハ派の家だったが、ヒラリー自身は、あまり家柄を気にするタイプではなかった。
その人物の見た目と中身さえ気に入ればそれでよかったのだ。
「すみません。ルフレ隊長はルミエハの方ですよね」
とりあえず、そう謝ると、ルフレは、なぜかさらに驚いた表情をみせる。
「えっと……私、あまりオブスキィトに対して悪印象は持ってないわよ?」
それは分かっている。
ルフレとデュエルに心酔している理由の一つがそれだからだ。
二百年にわたる両家の因縁にも関わらず、仕事上で全く二人はお互いの家について気にした様子も見せないし、むしろ、お互いの才能を認め合っている寛容さがある。
ルミエハの当主とその旦那様は、やはり生粋の家信奉者で、オブスキィトへの嫌悪感は並々ならないようだった。オブスキィト家は、家柄的にかかわることのなかったヒラリーだが、さして変わりないに違いないと思っていた。
「はい。それは、知っています。私、あの、お仕事のときにそれを持ち込まないお二人を尊敬しているんです」
「そう、じゃあ……」
「でも、お二人は、勤務中以外では、ほとんどお話しなさらないんでしょう?」
落ち着いてしまったヒラリーは、今度はゆっくりのろのろとしゃべる。
「あの、リトさんから聞きました。だから、公私混同しないのは、素晴らしいと、思うのです」
どうやったらこの尊敬が伝わるのかと、ヒラリーは必死に言葉をならべる。
ただでさえ、ちょっと遅いスピードで話しているのに、ルフレの美しい顔立ちを見たら、また緊張して、しゃべれなくなりそうで、少し視線を外して話した。
「……そう、ね。ありがとう褒めてくれて」
その言葉に顔をあげたら、黒髪の美女の美しい微笑みが目に入って、ヒラリーは本日三度目の幸運に、感動して震えていた。




