時が満ちるまで
「殺したから、私が」
寒い冬の日。
しかし、この場は、違う意味で冷えていた。
ジオは、もう、取り繕っていない、グラジオラスとして、ルフレを見ていた。
「嘘だな」
初めて聞く、高圧的な声。
ルフレはジオを見る。
今までは、よそゆきの王子様。丁寧な物腰を変えることはなかった。しかし、今、ここにいるのは、陛下の息子、グラジオラス殿下だ。
それは城での彼の姿なのだろう。
金髪碧眼で、幼いと思っていた顔でさえ、もう、王の顔に見えた。
「殺したはずがない。君は、さっき言った。彼女は、頼れる姉のような存在にして、君の尊敬する行動力と知性を持ち合わせた女性だと」
「嘘だとは思われませんか」
「君は、自分のためには嘘をつけない」
痛いところを付く。そう、ルフレは嘘をつくのが得意ではない。
何かを守るために嘘をつく。その嘘でさえ、苦しいのに。
「では、殺したという発言も本当なのでは?」
王子をしっかりと見つめる。
こんなにしっかり王子の顔を見たのは初めてかもしれない。
碧の瞳が、ルフレをの瞳を捉える。すべてをしゃべらせる、そんな妖しい魅力が、そこにある。
「それは、直接的なものではないんだろう。そして、間接的に君に死因があると、君がそう思い込んでいるだけで」
「違う! 思い込みなんかじゃないわっ! 本当に―――」
―――やばい。
まだ、時は満ちていないのだ。
真実は、まだ、眠っていなければならない。
「レイラ・ストケシアは、病死と聞いた」
王子とは、こんなにもよく世の中のことを知り、覚えていられるものなのか。
どうしてだ。どうして、彼は、知っている。わずか十四歳。
「君が毒薬を盛った、とでもいうなら、話は別だが」
どうすればいいだろうか。
時が満ちるまでは、レイラ・ストケシアの死因は、病気でなければならない。
この王子は、気づこうとしている。
否、もう、気づいている。
ルフレがすべてを知っていること。
レイラ・ストケシアは、殺されたこと。
「クロッカス・ストケシアと話をする必要がありそうだ」
「待ってください!」
それは困る。
クロッカス・ストケシアは知っている。彼女が殺されたことを。
しかし、彼のためにも、彼女と彼の息子のためにも、レイラ・ストケシアは病死したことになっているのだ。
クロッカスは、知らない。ルフレが、犯人も、動機すら知り得ていることを。
彼は、レイラの死について、犯人も、動機も何も知らない。
―――今になって、蒸し返すなんて危険すぎる。
「話す気になったか?」
グラジオラスが、少し表情を緩めた。
「いいえ」
しかしルフレの返答を聞いて、驚きに目を見開く。
「まだ、です。まだ、早いのです。もう少しで、すべてを完成させられるのです。時はまだ、満ちていません」
「しかし」
「そして、時が満ちれば、私が、ルフレ・ルミエハが死んでいても、すべては明らかになるでしょう」
しっかりと、グラジオラスを見つめる。
その目を、今度はルフレが捉えて離さない。
「死さえも恐れない、か。それほどにまで、すべてを暴くには、時間がほしいと?」
「……はい」
グラジオラスは、一度下を向く。
「君は、黒だと思っていたけど、本当は、深い緑の目なんだな」
「? 何度か、言われたことがあります」
そこまでルフレをしっかり見る人は、少ないのだけれど、確かにいる。
しかし、グラジオラスに見抜かれたのは、なにかの宿命なのか。
「ルフレさん。レイラさんに、何か、言うことがあってきたんじゃないんですか?」
グラジオラスは、一瞬にしてジオに戻り、顔を上げた。
それはすなわち、黙っていてくれるということなのだろう。
心の広い王子に感謝しながら、ルフレも、彼の隊長に戻る。
「ええ。もちろん」
そういって、もう一度、墓石の前で手を合わせ、そしてつぶやく。
「あと少しよ。レイラお姉ちゃん。あと、少しだから。待ってて」
ルフレはもう一度誓いなおす。
時は、もうすぐ、満ちる。




