ミドルネームsideB
「ロイって呼んで。レンティシア」
そう言って、赤銅色の髪と目をした少年はこちらをまっすぐに見据えた。
自分が彼のいちばん言いたかったであろう言葉を奪った後に、そんなに真剣に言い直されるとは思っておらず、わずかに動揺する。
川につけた足を、動揺で、落ち着かずに動かしてしまう。
「ええ。でも、レンティシアはちょっと長いわね」
そういってロイに考えさせて、自分から彼の思考を一瞬切り離す。
その間にレンティシアは完璧に自分の動揺を隠しきった。
「じゃあ、レンティとか?」
そうやって正直に答えてくれるロイが好きだった。
だから、それでよいと言ったら、何故か口元が緩んだロイを、いぶかしく思いつつも、そうやって彼の喜ぶ顔を見るのは嬉しかった。
「なあ、前から思ってたんだけどさ。なんでレンティはそんなにいろいろ教えてもらえるんだ?」
今度は逆に足を止めた。
ロイがレンティの与える情報に喜んでくれるのは嬉しいが、この質問は、少し答えにくい。
答えてしまったら、傷つくのはロイではないのだろうか。
「なあなあ」
そういって、ロイはレンティの瞳を覗き込んでくる。
彼の好奇心いっぱいの顔は、レンティの閉じかけた口を開かせる。
「両親が、両親が私に興味がないからよ」
至極まっとうな本音をぶちまけた瞬間、ロイの顔が険しくなって、レンティは慌てて付け足した。
「アンナが、いっぱい話して聞かせてくれるんだけど、あなたの両親ほど、私が何かを知ることに対して執着がないのよ」
「アンナって、乳母の?」
「そうよ」
さすがのロイも、何かを察したのか、今度は慎重に言葉を選んでくる。
「じゃあ、アンナさんはどうしてそんなに話をしてくれるんだ?」
「それは、私も不思議なの。どうしてなのかしら」
ロイの両親のように、肝心なことは適当にごまかしているほうが、多い。大人はすぐに嘘をつく。子供は何も考えていないかのようにふるまう。
それでもアンナは、レンティに知ってほしいように見える。
「たとえば、レンティの両親が知ってほしいと思って頼んでるとか?」
それはない、とレンティは思った。両親が頼んでアンナにやらせることの場合、アンナはそう言及するからだ。
ただ、ロイがそうやってプラスに考えてくれたことを不意にするのは惜しい気がする。
「そういう考え方もあるわね」
だから、ごまかした。その可能性がないと思っても、完全に否定はしなかった。
「だから、興味を持たれてないなんて、思わなくてもいいんだ」
ロイの目が、赤銅色の瞳が、訴えている。
本当に心配してくれているのだというのがよく伝わる。
「ありがとう」
だから、そういって、微笑む。
ロイの安堵したような顔に、レンティは、安堵した。
「よし、そろそろ行くか」
そういってロイは川から足を上げ、隣にあった靴を拾い上げて立ち上がる。
レンティがその様子を見ていたら、ロイに腕をつかまれる。
「レンティも行くんだよ」
「どこに?」
「向こうに実がなっててさ」
そう言って、緩衝地帯のこちら側、ルミエハ側を指さす。
「レンティがいれば大丈夫だろ?」
そうやって笑うロイに、ひっぱりあげられるようにして立ち上がり、スカートについた土を払って、靴を持つ。
「ほら、行くぞ」
二人は手をつないだまま歩き出す。
「ルミエハのご令嬢と木の実を採取、か」
二人を見る影に、幼いロイとレンティは気づく由もない。
ロイの親の命を受けた、護衛の男は、二人の様子を静かに見守る。
まだ、出されていない。
ルミエハの令嬢を引きはなせという命令は。
だが、それはきっと確実なものだろうと、護衛の男は思っていた。
そして、ロイの反応が、ありありと予測できて、大きくため息をつく。
願わくば、このまま見守るだけに徹していたい。
そう思うくらいに、ロイとレンティは気が合っているように見えた。