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光の奔走  作者: 如月あい
一章 光の失速
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嘘を見抜く才能

「僕の名前ですか? グラジオラス・シュトレリッツです」

 あっさりと答えた少年に、ルフレとセレスは絶句した。

 この国は、通称トレリ王国。正式名称、シュトレリッツ王国。

 この国において、シュトレリッツの名を背負う人物とは、つまり、この国の王子に他ならない。

 ―――ちょっと不敬がすぎたかしら。

 そんなことをちらりと考えたルフレより、近衛隊にいるセレスの方が先に動いた。

 即座に臣下の礼をとろうとするセレスに、ルフレも続こうとして、それは目の前の少年によって止められた。

「だめですよ。僕はここではただの一新兵ですから。そこは守っていただかないと困るんです。ただの新兵が、期待の若手隊長二人に膝をつかせたら目立ちますし。一応、秘密ですからね。敬語も使わないでください」

 全く珍しくない、金髪碧眼を持った少年。しかし、その幼い顔立ちは整っていて、言われてみれば、セレスの隊が護衛を務める、ユーフェミア王女の面影があるような気もする。

 何より、今、二人を止めた彼は、まぎれもなく王子の風格を漂わせている。

「いや、ですが……」

 それでも食い下がるセレスを、ルフレは手で制した。

「さて……。お名前、なんだったかしら? どうにも耳が遠くなってね。ツンベルギア養成学校ではなんと呼ばれていたか、もう一度言ってくれる?」

 彼、グラジオラスは、秘密だ、と言った。

 要するに、それは、何故かルフレとセレスだけに教えた、と解釈するべきだろう。

 ここで二人が畏まってしまえば、彼の意図に反することになる。

「すみません。ちょっと、声が小さくて。僕の名前はジオ・メディウムと言います」

 ルフレの意図を察した少年は、これまたきわどい名前を仰せった。

 しかも、さっきの王子オーラを一瞬にして消し去って。

「へえー。メディウムの人か。王妃殿下の旧家よね? 王妃殿下とは、お会いしたことがあったりとか?」

 ルフレとジオのやりとりに、セレスはしっかりと合わせる。彼女はやはり、近衛の隊長を務めるだけの適応力を持ち合わせているようだ。

「一応、は。まあ、王妃殿下は、私の父の又従姉にあたられる方なので、お会いした回数は、そんなに多くはないのですが」

 これが、ツンベルギアでのジオという少年の素性なのだろう。

 周りにそう思われている以上、ルフレとセレスは、あくまでも、グラジオラスをジオとして扱わなければならない。

 シュトレリッツ王家の人間は、十八まで公に姿をさらさない。彼らは男女問わず、常にベールをかぶり、顔を隠す。

 だから、その姿を知る者は、近衛兵でも、隊長クラスの者だけだ。

 トレリの第三王位継承権を持つユーフェミア王女は、すでに十八になり、公に姿を現しているが、それより年下の王子、王女は、名前だけしか、一般に知られていない。

 ルフレの目の前にいる、グラジオラス王子は第三王子。王位継承権は第四位。

 彼が王になることはきっとない。

 だが、だからといって、貴族も平民も混ざっている軍に所属する必要は、本当はないはずなのだ。

 ―――何考えてるのかしら。

 考えがあってのことだろうが、王子ならば、軍より、政務に携わった方がいいような気がする。

「それにしても……お二方、よく、あっさりと僕を信用しましたね。嘘をついているとは思いませんでしたか?」

 ジオの言葉に、ルフレは現実に引き戻される。

「そりゃ、ルフレが嘘だと言わなかったからね。知ってるんでしょ、物知りジオ君は。彼女が嘘を見抜くことに関しては天賦の才能があるってこと」

 またもやセレスが勝手に話を誇張する。

 たしかにルフレは嘘を見抜ける。ただ、それは天賦の才能ではなく、育ちの問題ではあるのだが。

「ねえ、どうせルフレは勘付いてたんでしょ?どうして、教えてくれなかったのよ?」

「まあ。違和感はあったけどね。でも、嘘かどうかはわかっても、真実を見いだせるわけじゃないのよ」 

 ルフレは彼の言葉の中にある嘘に反応して、違和感を感じていたが、だからといって、目の前の金髪碧眼の童顔少年を、グラジオラス殿下だと見抜けるわけではない。

「本当に、噂通りなんですね。正直、感心しました」

 先ほどとは違い、その言葉に違和感は感じない。

「そして、セレスさんも、本当に彼女を信頼しているのですね」

「う……」

 少し気恥ずかしいのか、セレスはそっぽを向く。

「そうそう。それで、僕は新兵なので、研修や、研修した後の軍の配属についてよくわかっていないので、お二人に教えていただきたいんです」

 ジオの言葉に、セレスが驚きで顔を戻した。

そして、ルフレの顔を見る。セレスは半分呆れ、半分感心しているような表情を浮かべている。

 セレスの言いたいことは、きっと、こうだ。

 ―――私たちの説明能力試してるわけ?

 ただの新兵ならともかく、グラジオラス王子が、本当に何も知らないわけはない。

 それでも、あえて話させようというのだから、話してやるしかないのだろう。

 たとえ、それが試されているのだとしても、彼が王子だと知ってしまっている二人に逆らうすべはない。


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