幼い少年と二人の隊長
一の月、七日。
軍の入隊式も終わり、その流れで、新人兵の歓迎会が行われる。
立食パーティで、軽食もでる。
どこを見ても、期待で胸を膨らませた新人の顔がある。
「なんか、懐かしいんだけど。私たちもあんな時があったんだなって」
隣に立っていた、同じ養成学校出身の子が、話しかけてくる。
金髪に碧眼の、しゃべりに似合わず、かわいらしい顔の少女。
「そうね。懐かしい。……忘れられない日だわ」
黒髪の女性の表情は、わずかに陰ったが、隣にいる女性は気づかない。
「ルフレは、一年研修の時、どこの隊にいたの?」
「私は、護衛科、治安維持隊の、第十六小隊。セレスは?」
「んーっと、諜報科、諜報隊のどこか、よ」
セレスは意味ありげにウインクした。
ルフレは彼女の言わんとすることを理解する。
「あくまでも、秘密主義なのね。諜報科は」
「そう。まあ、ルフレは今、諜報科の特殊部隊だっけ? じゃあ、事情も分かるよね」
ルフレはうなずく。
「あの……」
話をする二人の後ろから、ためらいがちに声がかかる。
そこにいたのは、すこし幼すぎる気がする少年。二年で卒業して、誕生日はたぶんまだだから、十三歳なのだろうか。声も少し高めである。
―――それにしても、こんなに幼かったかな。
記憶の中の赤銅色の少年は、ずいぶんと大人びていた印象がある。
「どうしたの?」
続きを言わない少年に、セレスが助け船をだす。
「ツンベルギア養成学校出身なんですが……、もしかして、ルフレ・ルミエハさん、ではありませんか?」
また、だ。
去年も似たようなやり取りをしたのを思い出す。
黒髪は、確かに数は少ないけれど、いないわけではないのに、どうしてこんなにみんなルフレだと認識できるのか。
―――にしても、不思議な子。
幼いみためとそぶりが、どこか、つぎはぎめいて見える少年。
「ああ。なるほどね。そうよ。彼女が、ツンベルギア養成学校を歴代最優秀で卒業して、歴代最年少で諜報科特殊部隊A系統第五小隊の隊長を務める、ルフレことルフレ・ルミエハよ」
ルフレが考えに気をとられ、自分で肯定する前に、だいぶ大げさにセレスが他己紹介してくれた。
「歴代最年少っていってもね、他なら、十六で小隊の隊長になる子が五人はいるのよ? それがたまたま諜報科特別部隊A系統では十七だった、ってだけで。そんなたいそうなことじゃないわ」
「でも、任命された時は十六歳ですよね?」
「それは……まあ」
十七になる年に、任命されたが、任命式は基本的に入隊式の前々日にあるので、ほとんどの人が誕生日を迎えていない。
十六で任命された五人だって、任命された時は十五だったはずなのだ。
「でもあなたも二年で卒業したんでしょう? 五人の中に入れるようにがんばりなさいよ。これからじゃない」
セレスが励ますようにぽんと背中をたたく。
「え? いや、僕は普通に三年かけてます」
ルフレは思わず声をあげそうになって、どうにかこらえる。
しかし、ルフレの努力もむなしく、隣のセレスが声を上げた。
「ええっ? あなた、十四歳? 今年、十五になるの?」
「そうですよ。見た目は幼いですけど、あなた方と四つしか違いませんよ」
しょげる少年。その様子も、どこか違和感を感じる。
「いや、その……ごめん。なんかかわいかったし」
何も感じていないセレスが、全くフォローにならない言い訳をする。
だが、セレスの言葉はもっともだ。正直、彼が今年十五になるようには見えなかった。
「そういえば、セレスも二年で卒業して、しかも十六で隊長になった五人のうちの一人よ」
話題を変えるため、多少地雷な気もするが、セレスの話を振る。
「えっ? あの、セレス・アンバーさんですか?」
少年が驚いたように目を丸くする。
それがどこか芝居めいていて、ルフレは少々の違和感を覚える。
だが、問題はそうじゃない。
―――この流れは、きっと、
「そう。いかにも。私がセレス・アンバーよ。隣にいるルフレの陰でひっそりと、ツンベルギア養成学校を二位で卒業したのよ」
―――やっぱり。そうなるわよね。
セレスは、ルフレが出会った人の中で、二番目に負けず嫌いだ。
一番は、赤銅色の髪の青年なのだが、彼は、隠れ負けず嫌いであったのに対し、彼女は悔しがり方が異常だ。
養成学校の、最初の筆記テストで、セレスと総点で二十点差で一位をとったら、その時まで面識がなかったのに、ルフレにつきまとうようになった。
ルフレの勉強の仕方の調査だとか、本人を目の前にして堂々と言い放つあたりが、すがすがしくて、ルフレはわりと好感を抱いていたのだが、セレスはつきまとうわりに、ルフレに心を開いてくれなかった。
それどころか、ほぼ敵扱いだった。
「でも、隊長になったのはルフレさんより早いじゃないですか」
―――また地雷。
少年は、何やら嵐を呼ぶ素質をお持ちらしい。
「どうせ私が隊長に選ばれたのは、ユフィの乳兄弟だからよ。実力じゃルフレの方が数百倍上。どっかの誰かさんが任命式の三か月前に問題を起こさなきゃ、近衛の隊長なんて無理だったわ」
嫌味たっぷりにセレスがルフレをにらみながら言う。
一年間、研修で諜報隊にいたとは思えない口の軽さだ。
まあ、今だから許される、ということもあるのだが。
「問題って?」
「雨の日に何故だか失踪したの。軍中の期待を裏切って、ね」
本当は唯一、事情を知っているセレスだが、ルフレをからかうように言う。
「ああ。失踪したってことだったんですか? その問題って」
少年の声のトーンが少し低くなる。
「ああ……って、あなた、知ってたの? 私が問題起こしたこと?」
軍の中でも一部しか知らない情報だ。
それはルフレのために揉み消された。
そのせいで、五人にルフレが入らなかったことについて、そうとう非難が集中したらしいが。
それをなぜ、今、入隊してきたこの少年が知っているのだ。
「知ってましたよ。ちなみに、セレスさんだってこともわかってました。でも、その問題については誰も口を割らないので、ちょっと、何も知らないふりして油断させようかと」
先ほどまでの声のトーンは作り物か。
急に大人びた声で話だした少年に、セレスは目を丸くする。
先ほどの違和感の正体は、これだったのだと、ルフレは納得した。
―――作ってたのか、全部。
ルフレは嘘に敏感だ。
普段はあまり意識しないようにしているが、嘘を見抜くのは、特技と言ってもいい。
「ちょっとまって。ルフレはちょっと珍しい黒髪で、かなりの美人だし、ルフレだと認識したのもわかるけどさ、私なんてどこにでもいる金髪碧眼で、顔だって、中の上ぐらいなもんよ?どうして初対面のあなたにわかるわけ? あんた何者?」
セレスは一気にまくしたてて、少年に問う。
あっさりと少年が答えた名前に、セレスとルフレは絶句した。




