後悔と決意 sideC
「彼の怪我は大丈夫そう?」
レイラは、赤銅色の髪の少年を診させていた医師が、部屋から出てきたところを捕まえて問いかける。
「ええ。傷は浅く、安静にしていれば、すぐに治ります。……ですが」
「何?やっぱり違うところに怪我してるとか?」
口ごもった医師に、身を乗り出すようにして問いかけると、首を振られた。
そして、医師は、扉の方を一度振り返る。
「外傷は、本人もおっしゃっていたようにないのですが、お嬢様はひどく、心が傷ついておられるようで」
「入っても大丈夫?」
「はい。その方がよろしいかと。悲しいのに、泣けないのは、体に良くないのです」
レイラはすぐに扉を開けて、中に入る。
赤銅色の髪の少年は、ソファに腰かけ、ある一点を見つめている。
その視線の先にいる、黒髪の少女は、どこも見ていなかった。
「ルフレ……」
自分のために、二人は、人を傷つけた。
「ありがとう。私、嬉しかったわ」
ゆっくりと、少女の隣にこしかける。ソファがその重みで沈む。
「助けてくれて、ありがとう」
謝ってはいけないのだ。きっと。
ただ、彼女のしたことに、意味を持たせてあげなければならない。
レイラには、それしかできない。
「あの三人は、オブスキィト家に捕まったらしいわ。そして、私たち三人の関与は、少なくとも私の家の者は黙ってるわ。結婚前の私には良くないし、ね。私も、二人のことを考えると、黙っておいた方がよいと思うし」
黒髪の少女は、三人が捕まった、というところに反応した。
生きているということが、どれだけ今の彼女の救いになるか、自分で分かっているつもりだった。
「ありがとうございます。うち以上に、ルミエハの家にばれると、もう会えなくなりそうなので」
赤銅色の髪の少年が、とても礼儀正しく言う。
「そういえば、俺、こちら側の家に来るの初めてなんです。屋敷の中、案内してもらってもいいですか?」
「え?」
唐突な彼の提案に、レイラは戸惑う。
それでも赤銅色の髪の少年は、動じることなく、言った。
「レイラさんがいなくても、レンティがここを使っていても大丈夫ですよね? 彼女は疲れていると思いますし、別にこの屋敷も初めて来たわけじゃないでしょうから」
そこまで言って、初めて目の前の少年の意図をくみ取る。
「いいわ。じゃあ、あなたはここで待ってて。デュエル君を案内したら、また戻ってくるから」
黒髪の少女は、少しだけ顔を上げてから、一度、うなずく。
「行きましょう」
レイラと、赤銅色の髪の少年は、部屋の外に出る。
レイラは扉を閉めてから、近くにいた侍女を手招きし、耳打ちする。
侍女は、うなずいて、扉の前に立った。
その様子を見て、レイラは声に出さずに、廊下を指さし、先導する。
完全に、少女のいる部屋から離れたところで、ロイが口を開いた。
「彼女に、何を頼んだんですか?」
「部屋に誰も入れるなって言っといたわ」
「なるほど」
「ごめん。私、考えが足りてなくてさ。五歳も上なのにね。彼女を一人にするなんて、考え付かなかった」
「いえ……。それより、レイラさんは、十六歳なんですか?」
少年の思わぬ問いに、レイラは首をかしげる。
「あの、俺……遠目で見たとき、レイラさんは、二十歳前後だと思ったんです。だから、さっきや今、五歳上、って聞いたとき、驚いて」
今の状況を考えると、舞い上がっている場合ではないのだが、そういわれるとすごくうれしい。
顔が緩んでしまっている気がする。
「ありがとう。でも、十六歳よ。婚約者がね、五歳上で、初対面のとき、私を子ども扱いしたの。だから、早く大人になりたいって思って、見た目だけでも彼と同じぐらいに見えるように努力してるのよ」
「なるほど。そうなんですか……」
「うん。ところで、本当に屋敷に興味があるわけでもないでしょ? そこ、食事をとる部屋で、今の時間なら誰もいないし、座る?」
「あ……じゃあ、はい」
ロイを座らせ、自分は紅茶ぐらい淹れようと、準備をする。
レイラが紅茶を淹れて、目の前に出すまで、ロイは一言もしゃべらなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そういって、ロイはすぐに口をつける。
熱くないのだろうか。
レイラは、熱いものが苦手で、少し冷まさないと飲めないのだ。
「あの」
少年は、ためらいがちにレイラに話しかけてくる。
「なあに?」
「俺が、こんなこと、頼むのは変なんですけど……」
少年は、ゆっくりと、考えながら、言葉を発する。
「レンティのこと、見守っててくれませんか。俺じゃ、足りないんです。レンティを守るには、力が、まだ。この夏が終わったら、シネラリアの養成学校に入ります。彼女はもう一つの方に。最短でも、二年は会えません。シネラリアにも休暇はありますが、俺は、二年は、ここに来るのを止めようと思います。だから、二年は会いません。彼女にも、それは告げる気です。俺、今回、自分の至らなさを痛感して……。やっぱりいつでもレンティに甘えてる自分を見た気がして、二年、会わないで、自力で、がんばろうと思うんです。自分ばっかりレンティに寄りかかるのはよそうって」
赤銅色の瞳が、まっすぐ、レイラの瞳を捉える。
十一歳の少年の覚悟を目の当たりにして、レイラは、なんだか自分が情けなくなった。彼らはこんなにも大人なのに、自分が成長したのは、見た目だけではないだろうか。
「ルフレはね、あなたのこと、いつも、楽しそうに話してた。ルフレから、デュエル君の話を聞いて、あなたに会ってみたくなったの。彼女にとってね、あなたは、きっと……唯一無二なのよ。だからね、あなたの覚悟は、通せばいいけど、忘れないでほしい。あなたが彼女を頼りにしたように、彼女もあなたを必要としているのだと」
結局のところ、レイラにできることはこれぐらいしかないのだ。
ルミエハとオブスキィトの名を背負う二人が、結ばれるのは難しい。
両家は、互いに禍根が多すぎる。
それでも、とレイラは思う。
―――応援するのよ。私は。
決めたのだ。
たとえ、王国二大公爵家を敵に回しても、レイラは、黒髪の少女と、赤銅色の髪の少年の味方であり続ける、と。




