ミドルネーム
夏の日差しは、涼しい場所であるといいながらも、それなりに強いものだが、川につけた足から熱が奪われ、ほどよい気持ちよさを保っている。
毎年、夏にはここ、オブルミの森、あるいは緩衝地帯にやってきている。
「久しぶりね」
懐かしい声が後ろから、かかり、急いで振り返る。
黒髪に、深い緑の目の少女。前回会ったときよりも、髪が長くなっており、もともと整って大人びた顔立ちを、よりいっそう大人びて見せていた。
「久しぶり。ルフレ」
初めて会ったときから、三年経った。
八歳はまだ子供だけれど、彼女と初めて会った時よりは、ずいぶんと知識が増えた。
一年に二か月間だけ、会える友達、ルフレにいろいろと教わったというのは大きいが。
「デュエル、それ、気持ちいいの? 砂や石は痛くないの?」
ルフレの視線をたどれば、自分の足がある。たしかに、砂は足の裏につく感覚はあるものの、その痛いというものの程でもないし、この暑さをしのげることを思うと、こちらのがずっと良い。
それを伝えると、ルフレはしばし考えてから、丁寧に靴を脱いで揃え、デュエルの隣に座る。
「冷たい。でも……気持ちいいわ」
「だろ?」
「デュエルに教えてもらうことがあるなんてね」
「バカにするなよ。これでもずいぶんといろいろ分かるようになったんだ」
その言葉は真実である。
この三年間でデュエルが知りえたことは、数知れない。
そのなかでも特に重要なのは、二つ。
一つ、ルミエハ家とオブスキィト家は、二百年もの間、対立関係にあり、それはただ政治的にライバルであるなどというものではなく、恨みと憎しみを基盤とするものであるということ。
二つ、ここオブルミの森は、オブスキィト家の別荘がある地と、ルミエハ家の本邸がある領地の緩衝地帯であり、川が緩衝地帯の真ん中を流れているということ。
両方ともルフレから得た知識であり、彼女自身は乳母から聞いたらしい。
「へえ、じゃあ、何か私の知らなそうなこと教えてよ」
「う……」
ただ、デュエルがいろいろ分かるようになったとはいえど、もとの知識量の差が違いすぎて、ルフレが知らないような知識、というのはほぼない。
特に、勉学的な面ではまず叶わない。
ならばと、思いついたことを口に出す。
「そういえば、どこかの地域では、ミドルネームが大切にされる地域があるらしい。その地域では、ミドルネームは両親と自分の兄弟姉妹にしか明かさないで、大切にしまっとくらしい」
「知らなかったわ。それで?」
ルフレが知らなかった、と言ってくれたことに気をよくして、先を続ける。
「そして、そのミドルネームは、とてもとても信頼できて、大切な人にだけ、教えるらしい。その名を呼ぶのを許すのは、信頼の証、らしい」
ここまで一気に言い切って、ひとまず息をつく。
本当に話したいことは、この先なのだ。彼女の興味が尽きる前に言いたい。
「だから」
「じゃあ」
二人が同時に違う言葉を話す。
「先にどうぞ」
そうやってルフレにその言葉を先に譲った。
「じゃあ……レンティシアでいいわ」
後悔した。ひどく、ひどく。
「それ、俺のせりふだったのに」
思わずその想いを言葉にしてしまう。
ルフレは、レンティシアはその様子に、友達になってほしいと言った時以上に笑った。バカにしているのかとおもうぐらいだ。
でも、彼女がそうやって声をあげで笑うのは珍しいので、じっと見つめる。
ひとしきり笑いおえて、深緑の瞳がこちらを見たとき、とりあえず、自分もいうことにした。
「ロイって呼んで。レンティシア」
まっすぐにレンティシアを見つめる。
「ええ。でも、レンティシアはちょっと長いわね」
「じゃあ、レンティとか?」
「レンティ、か。そうね。そう呼んで、ロイ」
たった二音の響きが、なんだかむず痒いけれど心地よくて、口元が緩む。
レンティが少し気味が悪そうに目を細めていても、気にならないぐらい、ロイは上機嫌だった。