十一歳の二人⑤
流血表現があります。
苦手な方はご遠慮ください。
嫌な音がした。
何かが肉を貫く音。
剣は、丸腰の二人に振り下ろされる前に、ぽとりと男の手から落ちる。
レンティが状況を理解する間もなく、男の目が見開かれ、そのまま二人の方へ倒れてくる。
レイラがとっさにレンティを突き飛ばし、男の体が描く軌道から二人は外れる。
倒れた男の腰に深々とにささる短剣。
そこから男の血がとめどなくあふれていく。
そして、男の後ろから現れたのは、レンティの見知った少年。
「危ないっ」
ロイは男を飛び越え、理解の追いついていないレンティの体を抱きしめるようにして、横にずらす。
太ももを刺された男の放った短剣が、レンティのいた場所を通過し、わずかに避けそこねたロイの左腕をかすりながら通過していく。
「行くぞっ!」
ロイはレンティを引っ張るようにして、森の奥、ルミエハ邸の方へ、向かって走り出す。
状況把握のできていたレイラもそれに倣い、一緒に走る。
ロイの手は、ロイ自身の血と男の返り血で真っ赤になっている。
しばらく走って、レンティはようやく思考を取戻し、叫ぶ。
「このまま走ったら、ルミエハよっ! 私の両親はあなたを助けないっ!」
突然、叫んで立ち止まったレンティに、ロイは走るのを止める。
「そんなのわかってる。俺はいい。とりあえず、二人は助かるだろ?」
ロイの冷静で、その中に静かな怒りをふくんだ声が、少しずつレンティに冷静さを取り戻させる。
走っている間、なにも気づかなかったが、ロイは怒っている。
それも、かなり。
「怪我してるのはロイじゃない! 手当てしなきゃ」
「そんなの後だ!」
「でも―――」
反論しようといて、それまで黙っていたレイラが手を挙げて二人を静止する。
「落ち着きなさい。ルフレ。そして、ロ……いえ、デュエル君」
ロイはレイラに名を呼ばれたことで、驚き、少し怒りをおさめたらしい。
深くため息をついた。
「私がこの森に入るときに使った道がある。それは、ルミエハ邸を通らないで、直接町につながってるわ。町まででれば、私の邸がある。そこで手当しましょう」
「そんな道が?」
レンティの問いかけにレイラはしっかりとうなずく。
「ええ。使用意図は分からないけれど、わりとしっかり作られてるの」
「それなら、それで。案内してもらえますか?」
ロイが即答する。
「もちろん。こっちよ」
レイラに連れられ、三人は歩く。
ルミエハ邸の門が見えるぎりぎりの位置にある、木の板でふさがれた大きな古井戸の前で、彼女は止まった。
「これが入口」
井戸にしてあった木の板を、外して、レイラはこともなげに言う。
「井戸……?」
「なるほど、確かに、足がかかるようになってるし、降りれるな」
「ただ、ちょっと暗すぎるから、手探りでも道は二つだからいけるけど、明かりがあった方がたぶんいい」
レイラのその言葉に、ロイが近くにあった、乾いていそうな太めの枝を拾い始めた。
その行動に、レンティもとりあえず従う。
まだ、頭の中はうまく回らない。
自分の手と彼の手の赤が、レンティの思考を妨げる。
「私から降りるわ。何本か枝を貸して」
レイラはそういうと、レンティから奪うようにして、枝を受け取り、井戸をするすると降りていく。
井戸の中を覗き込むと、レイラの背の三倍ぐらいの深さで、思っていたほど深くなかったことを知る。
マッチをする音が聞こえ、井戸の底が炎で照らされる。
「降りてきていいわよ」
レイラの声が聞こえ、レンティが、ロイの方を見ると、先に行けとばかりに手を払っていた。
「枝、私が……」
「いい。俺は大丈夫だから。気を付けておりろよ」
レンティの提案も却下され、しかたなく、枝を数本だけ持ったまま、井戸の下に降りていく。
完全に降りたところで、レイラに枝を渡す。
すでにレイラは二本目を燃やしていた。
「デュエル君! できれば木の板をしてきてほしいの! 枝は、私たちがいるから落としてくれても構わないわ」
井戸の中で、レイラの声が反響する。
返事がない。
レンティの心臓が、異常なほど脈打つ。




