十一歳の二人③
レンティの言葉に、ロイはぴたりと動きを止めた。
「反対って?」
聞いていいのか悩みながら、気になるので聞いてみる。
「私は、両親がああだから、軍に入りたいの」
両親に言及するとき、レンティはいつだって暗い表情を見せる。幼い時はどうにか慰めようと必死だったが、最近では、それもしょうがないと思い始めていた。
レンティの母親、ルイスはルミエハの当主として絶大な誇りを持っており、超絶プライドの高い女で、その夫、ダンテは、そこそこ良い家の末子だったため、婿養子としてルミエハ家に入った。そのため、初めは遠慮がちだったようだが、今ではルミエハの人間として権力を振りかざしている。
「軍の、どの部隊が希望?」
重苦しい空気を換えようと、話題を振ってみる。
少しは考えるかと思ったら、予想外にも彼女は即座に返答した。
「諜報科の……特殊部隊A系統」
その答えが、おおまかなところまでは自分と同じで驚く。
「レンティも諜報科の特殊部隊?」
「レンティも、って……ロイはどこ?」
「俺は―――」
―――きゃぁーっっ!!
言いかけたロイの言葉は、突然あがった悲鳴にかき消される。
「今のは?」
レンティに聞くが、彼女も、わからないとばかりに首をふる。
この森で悲鳴が聞こえるというのは、異常だ。
ここオブルミの森は、ルミエハとオブスキィトの緩衝地帯だが、それを取り囲むのは両家の邸宅であり、それをさらに囲むようにして、ルミエハの領地だったり、オブスキィト側には、ほかの家の領地が広がっている。森の南側、川の下流は崖になっていて、川の水は滝として流れ落ちており、北側、川の上流には山があり、山を越えると、町があるが、現在ではきれいな街道が山を迂回して整備されているため、普通に暮らしている人間で、山越えする者はいない。
つまり、この森にいる可能性があるのは、ルミエハ、オブスキィト両家にかかわる人間か、山越えする必要があるような“理由あり”の人間だけにしぼられる。
どういう人間であるにせよ、この森にいるなら、南から来た可能性はかなり低い。
「行くわよ」
レンティは、ロイと同じ結論に至ったらしく、北側、川の上流に向かって走りだす。
一瞬スタートが遅れたものの、どうにか彼女に追いつき、並んで走る。
川沿いは不ぞろいの石があって走りにくい。
レンティは、裾の広いひらひらしたスカートと、サンダルというスタイルだというのに、ロイに遅れることなくぴったり横を走る。
やはり彼女は器用だ。
「あれは……レイラお姉ちゃんっ!?」
レンティの視線の先では、茶色の髪の女性が、なにやら柄の悪そうな男二人に絡まれている。川の対岸の少し森に入ったところでもみあっているのが視認できる。
彼女の焦ったような表情をみる限り、茶髪の女性は知りあいなのだろう。
「おいっ、ただ突っ込んでくのは危ないだろ!」
「それなりに考えはあるわっ! それに、放っとけないし!」
ロイの静止をふりきってレンティは、そのまま一直線に男二人に向かって走り出す。
レンティは、割と計算できる人間だと思う。
たぶん、彼女には勝算がある。
ただし、今の彼女には冷静さがない。
レンティの焦りを感じ、ロイは逆に頭が冷えていた。
―――このまま突っ込むだけは、賭けだ。
走りながら、次の手を考える。
「離しなさいよっ!! あんたたち不法侵入よっ!」
茶髪の少女の声がはっきりと聞こえる距離まで近づき、レンティは川を渡って、そのまま川沿いを走っていく。




