十一歳の二人①
赤銅色の髪の少年は走っていた。
毎年、七の月と八の月の間にだけ会える少女。
初めて会った時から、もう六年の月日を経ていた。
オブルミの森は、あいかわらず、オブスキィトとルミエハの緩衝地帯だ。
川はちょうど森の真ん中を走っており、そこが森の中でのオブスキィトとルミエハの境界線になっていた。
幼いころはよくわかっていなかったが、森全体が緩衝地帯であるため、本当は森さえでなければ、ロイがどこにいようが咎められる筋合いはない。
それでも、毎年の二人の待ち合わせ場所、特に、一年おいて、初めて会う日の待ち合わせ場所は、あの日と同じ、川辺だった。
しばらく走ると、森が開けて、川が見える。
オブルミの森の中でこの川の付近にだけ、なんの遮りもなく太陽が差し込んでいた。
「あれ……まだ、かな。はあっ……はしり、すぎた」
息切れしながらつぶやき、あたりを見回す。
川の幅はそれなりにあるものの、小さい自分でも、飛び石のある場所は、簡単に渡れたような穏やかな川は、今の自分なら、どこからでも渡れそうに見える。
一応、ルミエハ側になっているほうにわたっておこうか、思案していると、自分の後ろから、枝の鳴る音がした。
思わず振り返ると、日の光が差し込む方向で、見えにくかったものの、ロイが絶対に見間違えることのないだろう人物がいる。
「いつからいたんだよ」
何故か、ロイの後ろに立っていた黒髪の少女。
まぶしい光の中、がんばって目をこらすも、表情までは分からない。
「ロイが来る前から、よ」
それでも懐かしい声を聴いて、レンティだと実感する。
「背、伸びたわね」
レンティが、ロイの隣に立ち、少しだけ、顔を上げる。
日の指す場所に出てきた彼女の姿が、ロイの目に映る。
腰まであるまっすぐで艶のある黒髪と、深緑の瞳の少女。
去年会った時より、美しくなった少女を見て、おもわず嘆息する。
「レンティは、き……なんでもない」
きれいになった、と言ってしまいそうになって慌ててとめる。
そんな台詞は恥ずかしくて言えない。
「私は、何? まさか、縮んだなんて言わないでしょうね。ロイが大きくなっただけなのよ?」
「わかってる。さすがに俺もそんなにバカじゃないさ」
勝手に勘違いしてくれた彼女に、ほっとしつつ、話題を変える。
「それより、なんで俺の後ろにいたんだ?」
「ロイの注意力テスト、よ。私、ずっと気配を殺して隠れてたの。まあ、結局、枝を踏んじゃって、ロイに気づかれちゃったけど」
会うたびにロイを試そうとする彼女らしい行動だ。
確かに、もう少しロイは周りを見回した方がいいのかもしれない。
「それで、テストの結果、俺はどうなわけ?」
「んー……六十五点。枝を踏む音で振り返ったのは評価に値するけど、走ってあの木を通過したとき、私がロイに危害を加える気なら、ロイは怪我してた。だから大幅に減点」
レンティはいつでも厳しい。だが、彼女の言うことはいつでも正論で、ほとんど反論できたためしがない。
「六十五点か……。シネラリア養成学校を受けるんだけどな、俺」
シネラリア養成学校。
国内に二つしかない、軍へ入るための門のうちの一つ。
文官になるための学校はうんざりするぐらいあるのだが、軍に入るための学校は二つだけなのだ。
「シネラリア? ロイも軍に入る気だったの?」
「そうそう。って……え?」
聞き流しそうになったが、レンティの言葉の意味を考えて、問い直す。
「ロイも、って、え? レンティも? シネラリア?」
「ええ。いいえ」
彼女の意味不明な返答に、眉をよせると、丁寧に言い直してくれた。
「私も、軍人になる気なのかって問いには、ええ。シネラリア養成学校かって問いには、いいえ」
「ってことは、ツンベルギア養成学校?」
国内には二つしかないのだ。シネラリアじゃないのなら、ツンベルギアしかない。
「そう。まあ、それしかないものね」
「でもなんで?ルミエハを継いで繁栄させるために、それなりの実績を出したいのは分かるけど、軍じゃなくても」
この国で、貴族の女性が軍に所属することは珍しくない。
特に、それなりに力のある家の一人娘だったりすると、嫁いだ時に、嫁ぎ先に自分の家をかきまわされないように、自分自身が軍や、政治に携わる立場にいて、家を守ろうとする。そして、子供が二人以上できれば、片方に、自分の出身の家を継承させる。子供が一人しかできなければ、分家から養子をもらって解決することが多い。
ルミエハ家の一人娘であるレンティも、その対象である。
ただし、軍では女性も男性とほとんど同じように扱われるため、体力的に厳しいものがあったりする。
レンティは頭が良いイメージだったので、軍より男女平等な文官の方が、向いているのではないかと思っていたのだ。
「文官なんて絶対いや。あれは実際には自分で動かないじゃない。ただ与えられた、実際の経験が伴わない、文字の情報を処理するなんて仕事、絶対いやよ。私が、そんな頭でっかちな仕事やりたがると、ロイは思ってたの?」
レンティは苦い顔をして首を振ってから、こちらを見据える。
首を振ったことで、さらりとした黒髪が舞い、顔を少しだけ隠す。
彼女は美人だが、美人が不機嫌な顔をするとちょっと怖い。
「やっぱり六十五点の注意力ってことかな」
そういって肩をすくめてみせたら、レンティの頬が少しだけ緩む。
「そうね。六十五点改め五十点かしら」
十五点も引かれた。
慌てるロイをよそに、レンティはどこか楽しそうな表情さえ浮かべていた。




