オブスキィト家の夕食
美味しそうなにおいが部屋を満たす。
「さて、食べましょうか」
ロイの母親、マリエはそういって手をあわせる。
「うん。いただきます」
ロイは、スープをスプーンですくう。その時、勢い余って食器が鳴る。
「落ち着けよ。できるだけ音は立てないようにしろ」
ロイの父が呆れたように言う。
「はあい。でも、お腹すいたしさ」
「おいしものね」
マリエがロイの頭をなでながら笑うと、ロイの父親はむっとした表情を見せる。
「あんまり甘やかすなよ」
「アベルが厳しすぎるのよ。この子あなたみたいになりたいって、私が呆れるぐらい勉強してるのに」
「勉強と作法は別だろ。あんまり適当だと軽くみられて面倒だぞ」
「はいはい。わかってるって。デュエルが軽んじられない程度には礼儀は教えてるわよ」
アベルとマリエは、なんだかんだ言いながらも、仲が良い。
それはロイにも感じられて、三人がそろう食事の時間は少ないけれど、ロイにとっては大切な時間だ。
「そういえば、デュエル。かなり頑張って剣のけいこに励んでるらしいな」
「うん。そうそう。筋がいいって褒められたよ。いつか父さんと勝負したいな」
「それはお前がもうちょっと大きくならないと無理だな」
「うんうん。あと十年ぐらいしたら、アベルが年老いて、いい勝負になるんじゃない?」
「なっ……年老いてって、俺、今まだ二十七だぞ」
「だから十年後は、三十七でしょ。この子は十八で強さ絶頂期。やっぱ間違ってないじゃない」
絶句するアベルをよそに、マリエは豊かな赤銅色の髪を揺らしてカラカラと笑う。
二人のその様子は、外にいるときとは大違いだ。
アベルもマリエも、外ではオブスキィトの人間として完璧な振る舞いをする。
家のなかではロイの良い父と母だが、外では、別人のようで、少し距離を感じることもしばしばある。
「でも、うーん。アベルがデュエルに負けるのはあんまり見たくないなあ」
マリエはロイとアベルの顔を見比べながら言う。
「どうして?」
「そりゃ、格好いいアベルに惚れたのに、格好よくなくなっちゃうじゃない」
マリエはウインクしながらロイにあっさりと言う。
何故かアベルが隣で顔を真っ赤にしているのを見て見ぬふりだ。
「母さんは、やっぱり父さんが格好良くないといや?」
「ええ。嫌」
試すようにアベルの方を向きながらマリエは言い放つ。
ロイはなんだかショックを受けたようなアベルの反応を見て、もしかしたら、聞いてはいけないことだったのかと、考える。
「じゃあ、勝負するの止める?」
ロイと勝負しなければ、アベルがロイに負けることもない。
そう思ったのだが、何故かアベルはむきになって言い返す。
「なんでそうなる?勝てばいいんだろ、俺が」
「あっさり負けちゃうかもよ?」
「いいや、勝つ」
子供のように言い張るアベルに、呆れながら、マリエは、ふと考え込む姿勢を見せる。
ロイはそんな母親を見ながら、あまり父を刺激するのはよくないことを学んだ。
「じゃあ、デュエルが勝ったら、父さんに一個ワガママ言っていいってことにしなさいよ」
「それはっ……」
マリエの思わぬ提案に、アベルは反論しかけるが、
「負けないんでしょ?」
その一言に、勝てなかった。
「いいだろう。デュエルが十八になったら勝負だ」
ロイが勝負したいといいだしたのに、あっという間に二人の戯れ合いのネタになってしまった。
それでも、ロイが勝てば、一つワガママを言える、というのは魅力的だった。
―――レンティのこと認めてくれないかな。
ロイは十年後を、ゆっくり思い描く。
―――強くなって、そして、レンティに追いつくんだ。
レンティに追いつく以外の目標を見つけ、ロイはまた明日からがんばろうと再び心に誓いなおすのだった。




