炎の一夜の真実①
シリアス&残酷な描写ありです。
苦手な方はご遠慮ください。
晴れ渡った空には、まぶしいほどに輝く太陽が浮かぶ。
すべてを照らすその太陽は、自分の抱えるすべて闇を見透かすようだ。
「ユンナ! 休憩していいらしいわ。ちょっと休みましょう?」
自分より二つ年上とは思えないほど、子供らしい明るさをもつ女性が、笑ってこちらに話しかけてくる。
「わかりました」
アンナはそうやって笑って答えるものの、自分の抱える闇と相対するような彼女の明るさに、参ってもいた。
「ディーナさんは、ヴェントス家に来てからどのくらいなんでしたっけ?」
それでも会話をして、自然に見せるために、こんなことを聞く。
「私? 私はね、もう七年かな。両親を亡くして、途方に暮れた私を雇ってくださったヴェントス家のお二方には感謝してもしきれないわ」
「……十五歳の時から、なんですね」
「ええ、そうよ」
明るく笑う彼女の笑顔に、アンナは再び恐ろしい罪悪感にさいなまれる。
ディーナは、金髪碧眼というトレリでの標準的ないでたちではあったが、顔のつくりは整っていて、かわいらしいと形容するに値する人だ。
「ユンナはまだ三か月だから、慣れないこともあるだろうけど、一緒にがんばりましょうね」
彼女はどんな顔をするのだろうか。
もう、計画は始まっていると言うのに。
アンナが実はユンナではないと知ったら、彼女は何を言うだろうか。
アンナは、昨日から、一滴たりとも水を口にしていない。
すべては今夜、なのだ。
「失礼します」
扉を開けて室内に入れば、そこにいたのは、二人の女性。
一人は、長く艶やかな黒髪をそのまま背中に流し、腕に小さな寝ている赤ん坊を抱いている、とても美しい女性。そのおなかは、それなりに大きくなっており、身ごもっているのが分かるぐらいの姿ではあった。
もう一人は、銀髪を、きれいに後ろで結い上げているこれまたきれいな女性。
二人とも見目麗しいが、アンナには分かる。
この二人の動きは驚くほど洗練されていた。
それは貴族女性だからではない。
彼女たちは、おそらく相当の実力者だろうと、アンナは踏んでいた。
「お茶、ありがとう。ユンナはここには慣れた?」
三か月前に入ったばかりの侍女の名を、当然のように呼ぶ女性。
「はい。シェリア様やレン様のみならず、ここの人たちには良くしていただいておりますから」
それは嘘ではない。
嘘ではないからこそ、アンナの心は、こんなにも暗いのだ。
ふと、シェリアの腕の中にいる、安らかに眠っている赤ん坊が目に入る。
その赤ん坊も、両親と同じ、黒髪を持っていた。
シェリアとレンの娘なのだから、きっと彼女も美人になるはずだと、どこか現実逃避のように考えていた。
「ミオを抱いてみる?」
「え……?」
「この子、小さいけれど、もう十一か月だから、大丈夫よ。もう、歩けるしね」
シェリアの言葉にアンナは、ようやくその事実を思い出す。
ミオはとても小さい。
どうやら予定より早く生まれてきてしまったらしく、かなり小さめで生まれてきたこの子は、とても生後十一か月の子供には見えない。
「いいのですか?」
「ええ」
シェリアは笑ってミオを差し出す。
そっとミオを受け取って、抱きしめた。
ほのかに香るミルクの香りが、ふと、金髪碧眼の赤ん坊の姿を連想させた。
もう三か月も自分の子供に会っていない。
誰がミルクをあげているのか。
「かわいいですね」
遠くに飛びかけた意識を戻しながら、正直に感想を述べる。
「ありがとう」
ミオをシェリアは受け取って、そして愛おしそうに微笑んだ。
アンナの心がずきりと痛む。
優しすぎるのだ、ここの家の者は。
「失礼します」
お茶を運ぶのが仕事だったのだから、これ以上ここにいる理由はなかった。
部屋を出て、アンナは一息つく。
優しさが痛い。
―――揺らぐわけには、いかないの。
母は強いのだ。
我が子のためなら、なんだってできるのだ。
日も落ち始めているとき、食事の用意に携わらないアンナは、暇だからといって、庭師の手伝いをしていた。
広い屋敷の植物に水をやる作業。
この三か月で、アンナがこれを手伝うのは、日常のこととなっていた。
庭師もアンナが手順を心ていることを分かっているため、口を挟むことはない。
アンナは撒いていた。
いつもは水を。
今日は、違うものを。
屋敷の周りの植え込みに、丹念に撒いていく。
風があり、そして、何より、三日間雨が降っていないため、とてもよく乾燥した空気だ。
だからこそ、アンナは今日を選んだ。
「うわっ……」
何かが倒れる音とともに、庭師の叫び声が聞こえる。
そちらの方へ駆け寄ってみれば、地面に倒れた庭師と、彼が乗っていた脚立がともに倒れていた。
「あ、ユンナ……ちょっと」
庭師の動きは鈍かった。
というよりは、わずかに首が動くだけで、指もほとんど動いてはいない。
計画の始まりを告げる悲鳴は、彼の声。
「おやすみなさい」
アンナはすっと布を彼にかぶせた。そして、ひけば、庭師のまぶたは固く閉ざされている。
眠り薬をかがせたのだった。
アンナが平然と屋敷へ入るまでの間、数名が倒れていた。
そのすべてに、アンナは眠り薬を嗅がせておいた。
そして、見るものがいなくなった庭に、盛大に撒いた。
油を。
すこしずつ、盗んでためておいた揚げ物に使われる食料用の油。
屋敷の中に入っても、同じことを繰り返した。
かがせて、全員の意識をかりとってから、油を屋敷の中にも撒く。
自分の鼓動の音がうるさい。
こんなに緊張するとは思ってもみなかった。
そして、この屋敷の主が、妻と共に食事をとっているはずの部屋に、ゆっくりと入る。
「え……」
そこにいたのは、三人の使用人と、この屋敷の主のみ。レン・ヴェントスはいるものの、シェリア・ヴェントスはいなかった。
ともあれ、全員が、床を這うようにしているところを見ると、計画はうまくいっているらしい。
しかし、さすがは、ヴェントス侯爵家当主のレン・ヴェントスと言うべきか。
彼は、体を起こして、そして、こちらを見た。
「動いて帯剣してる……ってことは、それが答えか」
「流石ね。シネラリア養成学校を学術総合二位で卒業しただけのことはある」
アンナは不敵に笑った。
笑っていなければ、悪役を演じきらなければ、心が負けそうだった。
「ユンナ、どう、して……」
さきほど笑いかけてくれていたディーナも、苦しそうに床から体を起こして、膝をつく。
それは流石に意外だった。
「どうして? どうしてか教えてほしい? 教えてあげるわ。私ね、子供と夫の命がかかってるの。私が、無事、ミオ・ヴェントスを誘拐して、そして、レンおよびシェリア・ヴェントスを殺すことができたなら、彼らは助かるのよ」
ぎゅっと目をとじれば浮かんでくる我が子の顔、それに、最愛の人の笑顔。
「私は私のために行動する。それを止めるすべは、もう、ない」
剣をさやから抜き取る。
普通に勝負すれば、間違いなくシェリアにも勝てない。
しかし、今の彼らになら、問題はない。
体内に摂取してから丸一日後に効き目が表れる、しびれ薬。
それはここに来る前に、自らの身で効力を証明した。
昨日の夕食の準備の直前に井戸に放り込んでおいたのだ。
たとえご飯を食べなくとも、絶対に水は飲む。
多少、人によって個体差はあるはずだったが、この時間になれば、全員に効き目が表れるということは分かっていた。
「レン様を、殺させ、たり、しない」
ディーナの強い瞳がこちらを向き、彼女は通常なら動かせないはずの体であるはずなのに、あろうことか、彼女は立ち上がった。
扉に向かってディーナとレンは縦に並んでいた。
ほか二人の使用人は、壁際でうずくまっており、アンナとディーナを隔てるものは、何もない。
一歩、アンナは近づく。
「無駄よ。あなたは死ぬ」
―――だって、私が殺すから。
明るく笑ってくれたディーナを見る。
「レン・ヴェントスも死ぬ。私は、息子のために、夫のために、何人だって殺してやる!」
力の限りにさけんだ。
決心は揺るがない。
それでも演じてなければ、負けてしまう気がした。
いまここで刃を降ろせば、きっと彼らがアンナを許すだろうことも予想ができた。
迫りくる炎から逃れられない恐怖よりも、アンナを恨んで今、死んだ方が彼女も楽だろう。
もう、思考なんて狂っている。
正義がなんだ、倫理がなんだ。
自分の大切なもののために、この手を朱に染めることをいとわない、そう決めたのだ。
「ユンナ!」
叫ばれた自分の偽りの名を聞きながら、アンナは目をつぶって、自分の構えた剣を、思いっきり、ディーナに向かって突き出す。
手に、鈍い振動と、なんともいえぬ感覚。
耳から聞こえる悲鳴と、そして、肉を引き裂くその音が、アンナに終わりを悟らせた。
そして、その剣がしっかりと体を貫いていることを確認するために、アンナは、恐る恐るながら、ゆっくりと、目を開いた。
シリアスです……
それでも、ここは書かなければいけないシーン。
必要なシーンなのです。




