光は黒をまとい
きらびやかでありながら、どこか上品な会。男性も女性もすでにかなり多くが集まっており、普段ならば、主役の登場を待ちわびている時間である。
しかし今年は、国王以上に注目を集める人物がいた。
鮮やかなドレスを難なく着こなす、絶世の美女。その金色の髪は結い上げられ、青い瞳は前を向いている。
隣にいるのは、トレリでは珍しい、黒髪に黒い瞳の男性。
「初めまして、ですわね」
絶世の美女、ルイス・ルミエハが艶やかに微笑んで、挨拶をする。その仕草は彼女の歳を忘れさせるほど美しい。
「初めまして。ルイス殿。そして……久しぶりだな」
周囲のささやきが大きくなる。
赤みがかった茶色の髪の男性が、ダンテに親しげに話しかけたからだ。
「久しぶりだね。アベルもマリエも」
それに合わせるように、ダンテが笑顔で返す。
「ええ。久しぶり。そして、初めまして、私はマリエと申します」
「あなたのことは聞き及んでいますわ。ええもちろん」
ルイスとマリエが微笑むが、二人の視線は鋭く絡んでいた。
金髪碧眼の童顔少年は、無愛想な金髪碧眼の男とともに、その様子を見ていた。
「どうしてジオとして参加なさったのですか?」
クロッカスが声をひそめて聞く。
「敬語はなしです。何故って……動きやすいですから」
にっこりと笑う少年は、幼く笑った。
男はそれ以上追及をあきらめて、ため息をつく。
「思いのほか……どうにかなるものだな」
シュトレリッツ二大公爵家の当主夫妻が、四人で会話をしているのを見ながら、クロッカスは一人ごちる。
「それにしても、驚いた。あなたの知り得る真相を聞いて」
「それは、そうでしょうね。ルミエハの話も、炎の一夜の話も……」
ジオがいいかけたのに首を振り、クロッカスはジオを見る。
「私はレオとシェリア・ヴェントスに会っています」
「いつ?」
ジオの声が幼さを捨て、敬語もかなぐり捨てていた。
「新婚旅行にレイラと行った時です」
反対にクロッカスは敬語を使う。
「……なるほど」
ジオは何かを考え込んでいたが、クロッカスは構わずにつづけた。
「シェリア・ヴェントスは、ティナと名乗っていました。ただ、彼女の動きが、あまりにも無駄のない動きだったのが気にかかったんです」
「それで?」
「彼女がシェリアだったのなら、話は分かる。今のルフレ隊長のような優秀な成績を収めた生徒だったようでしたから。そして、今、あれが母娘だと知ってみれば、あの二人はとても似ていました。一見すれば黒と間違えるほど深い緑色の瞳が、特に」
「シェリア・ヴェントスは、ルフレと同じく頭の切れる人だったか?」
「ええ。それは、間違いなく」
クロッカスは彼女と会った時のことを思い出す。
その言動は、とても、ただの宿屋の主人ではなかった。
「あ」
会場が、一気に静かになった。
「え?」
ジオが驚きの声を上げる。
クロッカスがそちらを見やれば、ルイスの手から、はらりと扇が落ちていくところだった。
ルイスの碧い瞳は、これでもかというほどに大きく見開かれ、そして、そのあと、一瞬にして怒りに染まる。
その様子を見ていたダンテやオブスキィト夫妻も、そちらを見やる。
会場が音を取り戻すが、今度はその反動でざわめきが大きくなる。
「やはり、何かする気だったか」
「……美しいことは認めますけどね」
会場に入ってきて、悠然と歩く女性。彼女は、長く艶やかな美しい黒髪を、左サイドに流し、その深い緑色の瞳は、ルミエハ夫妻を見ていた。
そのドレスの色は、黒。
黒のマーメイドドレスに、黒の薄いショールをはおり、首には碧色の石のついた首飾り、腰には、深い青色の石がついた銀飾りをまきつけたベルトをしており、そこに剣が一本つるされている。
帯剣自体は、珍しいことではない。
彼女はこの生誕祭の来賓でもあるが、同時に軍人であるがゆえに、護衛の役も務める。
ただし、王の生誕祭というめでたい場で、黒という色を選ぶのは、異例だった。
別に色に指定があるわけでも、意味があるわけでもない。
ただ、黒という、華やかさにかける色を、あろうことがルミエハ公爵家の長姫が着てくることへの疑問だ。
「遅くなりました」
ルフレが悠然と微笑む。
その笑い方は、とても自然に見せかけていたが、人工の笑みと分かるほど冷たかった。
クロッカスは、初めて、ルフレ・ルミエハという人物を見た気がしていた。
「あなた……何故」
「黒は今宵にふさわしい色です。そのうち、お分かりになると思いますわ。それと、オブスキィト公爵様とその奥方様、私の唐突な提案をお引き受けくださり感謝申し上げます」
ルイスの落とした扇を優雅に拾い上げ、ルイスの手に乗せる。
そして、アベルとマリエの方に向き直って、微笑んだ。
人目をひくルフレの登場から少し遅れて、赤銅色の髪の青年は、会場入りをしていた。
その隣には、短いさらりとした金髪と碧眼の女性もいる。
「デュエルさんに、セレスさん」
デュエルの格好は、公爵家としてのものだったが、セレスは普通に軍服を着ていた。
「……私、いくらユフィの近衛だからって、場違いすぎます」
アンバー家は、伯爵家なので、本来ならば、ここの客とはなりえない。
ただ、今回はジオのわがままにより、ユーフェミア王女の護衛と言うことで、セレスは会場入りを許されていた。
「ただの仕事だと思えばいい」
クロッカスがはげますようにセレスに声をかける。
「仕事してきます」
「はい、姉をよろしく頼みます」
セレスがそそくさとその場を離れ、ジオはデュエルの方を向いた。
「彼女のまとうドレスの色……何を表すと思いますか?」
今日のルフレのドレスの色は黒。
生誕祭には向かない色に、デュエルも不安を感じていた。
しかし、そのドレス姿は美しい。完璧な美しさを持って、彼女はこの場に立っていた。
そのドレス姿は、そういえば初めて見たことにようやく気付く。
デュエル・オブスキィトとして、ルフレ・ルミエハに出会ったことは、一度もなかったのだった。
「国王陛下のおなりです」
はっきりと告げられた声に、デュエルは言葉をのんだ。
場は静まりかえり、視線は一気に扉の方を向く。
扉は両方を兵に抑えられ、その真ん中を、ゆっくりと、ゆったりと歩いてくる人物がいた。
一目でそれがこの国で一番高貴な人物だと分かるほど、趣味の良い、上質な服をまとい、その歩く姿だけで、人を圧倒するような威圧感を持っていた。
「……親子だよな」
「ありがとうございます」
聞こえないようにつぶやいたつもりだったのが、どうやら聞こえたらしい。お礼を言われてしまった。
「今年は、歴史的な生誕祭となった。ルミエハ家長姫のルフレ・ルミエハの申請により、ルミエハ公爵家とオブスキィト公爵家が、ともに参加している。この国の王として、両家がともに協調する路線を歩み始めたことは、嬉しく思う」
王の言葉が、会場に響き渡る。
会場は大きくない。この生誕祭の夜会に参加できるのは、侯爵家以上の家のため、数がそう多くはないからだ。
「そして、今日、そのルフレ・ルミエハが、話をしたいとのことだ。私は、その発言を許そうと思う」
会場にざわめきが広がる。
王の生誕祭という場で、誰かが皆の前で話をする機会を与えられるということは、ほとんどない。
王が話し、あとは各々が王に祝辞を述べる形がほとんどだからだ。
「本日は、このような機会を頂けたこと、嬉しく思います」
黒いドレスをまとった美女は、一歩進み出て、そして、すっと表情を消した。
「生誕祭に関する規定で、生誕祭という祝福の場にて、その場を乱す発言は、通常よりも重く罰せられます。通常ならば、王に対する軽度の不敬罪で済みますが、生誕祭に関しては、一律で、国外追放と罰が定められています」
「そうなのか?」
突如言い出したルフレの言葉に、会場が揺らぐ。
デュエルは隣のジオを見てそう聞けば、ジオは首を縦に振った。
「それを踏まえたうえで、私はこの場で、話します。ルミエハ家の二つの大きな罪について!」
生誕祭編スタート!




