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入学式



見知らぬ風景が後ろに流されていく。次で降りると母に言われ、あわてて定期をだした。

受験で一回、合格発表で一回。この学校を訪れただけ。


あたしは受験に失敗した。

嫌いな理科が足をひっぱり、最悪の結果になった。泣きじゃくるあたしを塾の先生達は慰めてくれたが 結果は不合格だった。第一志望だった。喪失感が強いまま、第二志望のこの学校を受験した。

結果は合格だった。隣の女の子が受験番号と合格掲示板を照らし合わせ 泣いていた。

その表情を見た友達らしき女の子も一緒に泣いていた。受験番号を握りしめて泣きじゃくっていた。不合格した時のあたしも同じ表情をしていたのかもしれない。


特に思い入れのないこの学校の空をあたしはぼんやりと仰いだ。


「新入生?」

そう聞かれて振り向く。女の子だった。短い髪はさらさらとしていて艶がある。

ぱっちりとした目。スカート丈はあたしと同じくらい。後ろには保護者もいた。

この子と同じ年だと悟ったあたしは慌てて笑顔をつくり、うん とうなずく。

ふいに風が吹いた。この子の艶やかな髪は揺れ、春の景色に映えた。

入学する生徒はこっちから行くみたい。一緒に行かない? 女の子はそういってあたしに微笑んだ。さばさばしてる子。きっと中学でたくさんの友達がいたんだろうな。

親に手を振り あたしはこの子と体育館へ向かった。

「名前・・・まだだったよね。ウチはれいな。よろしくね。」


「よろしく!あたしは楓・・・あ、楓でいいよ。」

じゃあ楓って呼ぶね れいなは笑った。

体育館に付くと鞄を開け 新品のうわばきに足を入れる。

つま先は深い青色。気に入っている。左側では在校生が生徒に封筒を配っていた。

封筒をもらい、中身を開ける。内容はクラス表と入学式の流れ、校歌の紙。

他のプリントには見向きもせずあたしは最初にクラス表を見た。

クラスはD組。出席番号21番。

中学はC組しかなかったので高校がF組まである事がなんだか不思議に思えた。


あたりを見渡すとれいなちゃんが居ない。封筒を手渡されたときに逸れてしまった。

周囲を慌てて見渡すが見つからない。 一年生は立ち止まらずに奥へすすんで。 

後ろから教師の声が聞こえる。人の波。

れいなちゃんのクラス知りたかったな 小さくため息を付き、あたしはクラスの席を探した。D組。パイプ椅子に張り付けられた紙を見つけた。席にはすでに数人の生徒が座っている。隣生徒に話しかけている人は居ない。皆、ケータイをいじったり、書類を読んだりしている。

あたしも出席番号が書いてある席に座る。まわりの子がしているようにケータイをいじった。

「楓!いた!」

ケータイから目を離すとれいなちゃんがいた。あたしの真後ろの席に座る。クラス表をあたしに見せて 同じD組だったんだね。 と笑った。

右手に持っていたケータイの存在を思い出した。


「ねぇ、アドレス交換しない?」


「いいよ。」

鞄からケータイを出す。キャラクターストラップついている。赤外線交換をし。なんとなく嬉しかった。教員がマイクで話す。

生徒はクラスが書いてある席に座って。プリントを確認して。

これから式を始めます。一同 礼。一斉にお辞儀をする。

淡々とした式。校長がちょっと噛んだけど隣席はまだ知らない人なので笑うのはやめた。

マーチのような校歌を在校生が歌う。中学とはやっぱり違う。

式が終わると大量の人が各教室に帰る。あたしはれいなと教室を目指した。

式が長かった。担任の先生が怖そう。たわいもない会話が続く。

階段を二階分上がり長い廊下を進む。D組はずいぶん奥の方だ。

教室のドアを開けた。木製の教卓。古びたすのこ。綺麗な黒板。使われていないTV。ここが教室なんだ。ここで毎日授業をするんだ。

出席番号が貼り付けてある机に向かう。椅子に腰かける。教室風景を見渡す。後から同じクラスの人が入ってくる。座る。会話がない静かな教室。




「全員そろったか?」

ドアを力強く開ける男性。確か担任の先生だった。

外見を見たところ年代はあたしの父親と同じくらい。

シワが目立つ。髪は白髪染めをしたのだろう。不自然な黒髪だった。


「さっきも紹介したが、このクラス担任を務める熊田だ。」

手慣れたように白チョークを取る。ゴンゴンと音を立てて黒板に自分の名前を書いた。

パンと手に付いたチョークをはたく。首を一回回す。 こんどは君たちの番だ。右側から順に自己紹介。名前と好きな物。事でも人でもいいぞ。 熊田先生は窓側の生徒を指さした。

右側から三列目だったあたしは慌てて自己紹介文を考え始めた。・・・好きな物







小さい頃から歌が好きだった。



歌って、まわりの人からうまいと褒められるのが嬉しかった。将来は絶対歌手になろうと決めていた。

綺麗な服を着て。ステージで立つ。たくさんの拍手の中歌う事に憧れていた。



夢が崩れた明確な日付はない



中学に上がると部活に入った。テニス部だった。友達に入ろうと誘われて入った。

まわりの人達とも上手くいっていて楽しかった。充実していた。

そして忙しかった。朝五時に起きて支度をした。

日が暮れるまでボールを追いかけた。そうしたら知らない間に歌手の夢が消えていた。

生活していく日々の中でなれっこない夢というものを知った。

普通の人が送る日々を学んだ。あたしはそっちを取った。


「あたしは氷川楓。趣味は音楽鑑賞。ロックが好きです。」





何も変哲のないつまらない人間になっていた。






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