第42話:新しい生命
九条の取り調べは警察に任せて、普段の生活に戻った後。
私は再び、【天使と珈琲を】にログインした。
ケイが現実世界へ帰る扉となってくれた子を、ちゃんと産んであげたいからね。
ゲーム世界・ルウの部屋。
清潔なシーツが敷かれたベッドの上で、私はこの世界に新たな生命を生み出そうとしていた。
私とルウの間にできた子。
先日はその胎児にケイの精神を憑依させて、一緒にログアウトした。
そうして無事にケイを救出することができた【恩人】が今、胎内から解き放たれようとしている。
「ケイが立ち会えないのは残念だね」
「うん。『出張で我が子の出産に立ち会えないお父さんみたいな気分だ』って言ってた」
ベッドの傍らに椅子を置いて座り、ルウが愛おしそうに私のお腹を撫でている。
ケイは現実世界で私に添い寝してくれている。
ゲーム世界での出産にはケイも立ち会いたがっていたけれど、天界はプレイヤーごとにチャンネルが違い、もうNPCではなくなったケイとは共有できない。
ケイはまだメインクエストどころかチュートリアルもクリアしていないので、新規でキャラクターを作成してゲームを進めている。
このゲームはメインクエストをクリアすれば、プレイヤー同士の交流ができるオンラインゲームとして楽しめる。
ケイとゲーム内で会えるのは、もう少し先になりそうね。
「あ……痛っ! 本格的に始まったみたい……」
下腹部を内側から強く押されるような痛みを感じて、私は顔をしかめて言う。
生理痛を20倍くらい強くしたみたいな痛みって言えばいいかなぁ……。
痛みは一定ではなく、寄せては返す波のように強くなったり弱くなったりする。
「出産は凄く痛いからスキップできるけど、どうする?」
「スキップはしない。ちゃんと痛みを感じて産むよ」
心配するルウに微笑んで、私は人生初の出産に挑む。
現実世界では妊娠も出産も未経験なので、戸惑いはあるけれど。
痛みは生きている証、その向こう側に待つ新たな命のために頑張るよ。
私のステータスは根性値MAXなので、普通の人に比べたら痛みを感じてなかったかも。
それでも結構な痛みだけどね。
天馬から落馬して全身打撲と複雑骨折したときよりは痛くなかったよ。
痛みの波が更に大きくなる。
その波に合わせて呼吸しつつ、強い痛みの波がきたらそれを後押しするように踏ん張る。
7回くらい踏ん張ったかなぁ?
ひときわ強い波がきて踏ん張ったら、自分のお腹から大きな塊がスルッと出た感じがした。
その後に聞こえた、猫が絶叫してるみたいなこの声は、もしかして産声?!
「ヒロ、お疲れ様」
ルウが微笑んで、私の頬を撫でる。
助産婦を務めた侍女の腕に抱かれて元気に泣いているのは、ルウと同じ銀髪の嬰児。
顔は私に似てる……かも?
性別は……あ、タマタマが付いてる。男の子ね。
「抱っこしてあげて下さい。こうやって首の後ろを腕で支えるのですよ」
侍女にアドバイスされつつ、私は差し出された赤ん坊を抱いてみた。
現実世界で児童養護施設にいた頃、施設のスタッフが赤ちゃんを抱いていたのを思い出しながら。
大声で泣き続けていた子は、私が抱っこしたら落ち着いたみたいに泣き止んた。
「初乳を飲ませてあげて下さいね。出産後2~3日間の母乳には、赤ちゃんが健康でいるために大切な成分が入っているのです」
「母乳……飲んでくれるかな……?」
侍女に言われて、服の紐をほどいて胸をはだける。
……なんか、出産前よりもバストサイズが一回り大きくなってるよ!
赤ちゃんの口元に乳首を近付けてみると、迷わず吸い付いてきた。
吸い付かれたら乳房が張ってきた感じがする。
コクコク飲んでるから、母乳はちゃんと出てるんだね。
「ヒロ、良い顔してる。絵画の聖母みたいだね」
「え? そ、そう?」
隣で見守るルウが微笑んで言う。
私が照れていると、ルウは微笑みながらもうひとつ命の誕生を教えてくれた。
「あと、良いお知らせだよ。水の大天使が誕生した」
……水の大天使……。
天使たちは生まれながらに力と役割をもっている。
水の大天使の役割をもつ子といえば、もう誰かは明らかだね。
「サキが転生したの?!」
「うん。この子と同じ時、生命の木から生まれてくる水の力を感じた」
ルウは天使長の能力で新たに生まれた天使を感知できる。
生命の木から生まれたということは、サキの転生者には親がいないんだね。
天界では天使たちが結ばれて子を成すことは稀で、ほとんどは生命の木から湧き出るように誕生する。
「サキの転生者に、親はいないの?」
「いないね」
「じゃあ、誰が育てるの?」
「多分、神殿の侍女たちだね」
生前のサキも親はいなくて、神殿で育ったと言っていた。
それが天使たちには普通のことなんだけど、私は何故かサキと過去の自分が重なる。
愛してくれる親は無く、独りぼっちで泣いていた、子供の頃の私。
ケイに拾われなければ、生きられなかったかもしれない。
育児放棄された子供が私だった。
「ねえルウ、その子、私が育ててあげてもいい?」
「君なら、そう言うと思ったよ」
私の言葉に、ルウが微笑んで答える。
ルウがそっと横へ移動すると、水色の髪の赤ん坊を抱いたファーが立っているのが見えた。
「抱っこしてあげて」
微笑みながら、ファーが赤ん坊を差し出す。
私は初乳を飲み終えて眠ってしまった自分の子を隣に寝かせて、生まれたばかりの水の大天使を受け取った。
「『おかえり』って、言っていいのかな?」
腕の中の赤ん坊に問いかけても返事は無い。
キョトンとした顔の赤ん坊の口元に乳首を触れさせると、すぐに吸い付いた。
コクコク飲んでいる顔には、サキの面影がある。
「神様が、前世の記憶は全て消したと言っていたから、言うなら『はじめまして』だね」
「そっか……。じゃあ、はじめまして。私があなたのお母さんになるよ」
神様に記憶を消された転生者が、前世を思い出すことはない。
サキにとっては、その方がいいね。
辛い過去の記憶なんて無い方がいい。
この子はこれから幸せになるのだから。
私はサキを恋人として愛することは出来なかったけれど、我が子として愛することなら出来るよ。
うちの子として、楽しく元気に育ってほしいな。




