第30話:役割
公式ガイドはともかく、アフレコ台本にも無かったサキの堕天と魔王化。
このゲームの攻略対象たちは、それを演じる声優たちの思考パターンをベースにした疑似人格を与えられている。
「ねえルウ、コアAIが単独で人格……感情をもつなんてあるの?」
「普通は無いね、このゲームのキャラクターたちは、声優が演技した思考パターンを組み込まれていて、それに沿って動くよう創られているから」
「ルウの場合は俺の精神を取り込んでしまったから、組み込んだパターンと違う行動が増えているけどな」
ルウの部屋で、用意された部屋着を纏った私は、ケイの膝の上に乗せられて会話している。
ケイは背中から私をがっちりホールドして、しばらく離してくれなかった。
一方、ルウは私に顔を近付けたかと思うと口付けして、光の力を注いでくれた。
「あの、ルウ? 私は健康よ? そんなに癒そうとしなくても大丈夫よ?」
「溺れて心肺停止状態になった人が何言ってるの。心臓マッサージと人工呼吸だけじゃ、身体にダメージが残ってるかもしれない」
ルウは私に対しては心配性で過保護。
これは多分ケイの影響だね。
私はルウの気が済むまで光の力を注いでもらった。
「サキはコージさんが組み込んだ思考パターン消えてしまったと言ってたけど、消えたら普通はどうなるの?」
「普通は抜け殻みたいに動かなくなるね」
「人格プログラムが消えて、コアAIが代わりにキャラクターを動かすことは?」
「本能的な動き、例えば食べ物を口の中に入れてやると咀嚼して飲み込むくらいはするよ」
「喋ることは?」
「ないね」
ルウの気が済んだ後、相変わらずケイの膝に乗せられながら私は聞いた。
コアAIは本能的な動作ならキャラクターを動かせるらしい。
普通に喋っていたあのサキは、一体何なのかな?
オネエ言葉じゃなくなって、普通の少年みたいに喋るサキは何者なの?
攻略対象キャラの態度は、シナリオの進行具合や主人公とのやりとりで変化する。
サキは主人公が女性だった場合は、好感度がほとんど上がらないし、態度もほぼ変わらない。
サキの好感度は、ボスイベントが始まるシナリオ後半に3になれば上出来だ、と公式ガイドブックには書いてあった。
「それと、サキの背中から6対の黒い翼が出てきたのは何故?」
「どうやら、私に組み込まれていた魔王化プログラムが、サキに移行してしまったらしいんだ」
魔王化プログラム。
ルウを魔王に変化させるものだと私は把握している。
他の誰かに聞かれたりしないように、ルウは結界を張り、音声が漏れるのを防いで話す。
「他のキャラの好感度がルウよりも高くなった場合に、実行されるプログラムだよね?」
「そう、別名【闇落ちプログラム】だ」
「不幸しか見えないネーミングね」
「君のおかげで私は実行されずに済んだけどね」
ルウはもともとラスボスとして作られたキャラ。
シナリオ前半は天使長として天界にいる。
後半、四大天使の誰かの好感度が4を超えたとき、ルウがそれよりも低い場合は天界から姿を消してしまう。
その後、敵対する魔王として登場、というのがメインストーリーの流れだった。
「堕天使になったサキを見たとき、もしやと思ったが、私の中からプログラムが消えていたよ」
「サキのシナリオに魔王化なんて無かったのに」
開発段階では、ルウと結ばれるシナリオに現れるラスボスの名は【インビディア】。
インビディアとは、ラテン語で「嫉妬」を意味する。
四大天使にそれぞれ相対する魔界の四天王がいるように、ルウに相対するのが魔王インビディアだ。
「俺はインビディアのCV担当者だから知っているが、確かルウの好感度が4になると魔界に出現するんだったな」
「好感度4……私が5まで一気に上げてしまったから、インビディア出現タイミングが失われてしまったのかもしれない」
「メインシナリオを前半かなりショートカットしたものね」
私はチュートリアルが終わって間もなく、ケイによって天界へ招かれ、ルウは端折ったエピソード分の好感度を上げてくれた。
本来なら経験するシナリオをスッ飛ばしたから、通常とは違った展開が多いのはもう分かっている。
でもまさか、魔王を倒すバトルで一緒にいる筈の四大天使が魔王化なんて想定外だよ……。
「インビディア、どっかにいないかな?」
「通常なら魔王城の召喚の間に出現するんだが」
「さすがにそんなところへ確認に行けないなぁ」
インビディアがこの世界に出現しているか否かは分からない。
ルウの代わりにサキが魔王になっているのなら、側近として現れているのかな?
「どちらにしろ、このシナリオをクリアするためには、魔王と戦うしかないだろうね」
「魔王戦は四大天使と主人公が必要だよね? 1人欠けてもクリアできるの?」
「足りないところは俺が埋めよう」
「ケイが?!」
そして、なんか更に想定外な展開がやってきた。
ケイがサキの穴埋めするの?!
「このシナリオに限り、召喚獣となったケイに光の大天使の位を与えよう」
「ルミエル……」
「ケイ・ルミエル。今よりエンディングまで、ケイのフルネームだ」
ルウも本気でケイに大天使の位と光の力を授けている。
まさか、ケイがラスボス戦に加わるとは。
それは頼もしいけれど、私の心は晴れない。
インビディア、今からでもいいから魔王になって。
サキ、天使に還って。




