第29話:嫉妬と悲哀
結論から言うと、堕天した者を天使に戻す方法はある。
それは、欲望や絶望などの負の感情に打ち勝つこと。
例えば色欲に溺れた堕天使レビヤタなら、1人の相手だけを強く愛することが出来たら天使に戻れる可能性があった。
……本人にその気が全く無いから、ゴブリン抱かせて倒しちゃったけど。
「サキ、あの変態の痕跡なんてカケラも残さず消えてる筈だよ。お願い、天使に戻って」
絶望に打ち勝ってほしくて、私はサキに片手を差し伸べて懇願した。
できれば飛び起きてサキを抱き締めたいけれど、なにしろ今は服を着ていないので、毛布の中に身体を隠している。
「私も敵の前で意識を失ったから、もしかしたら凌辱されたかもしれない。でも、私は生きることをやめないよ」
「大丈夫。フェイオはヒロをここまで運んだだけで、貞操を奪ったりしてないから」
私はサキに仲間意識をもってもらおうと、自分の恥を告げた。
でも、フェイオに関してはサキの方が詳しいみたい。
そういえば、私を丸裸にした上に溺れされた奴はどこへ行った?
「と、とりあえず変態はレビヤタだけで、あれはもういないから、忘れよう? ね?」
私は必死だった。
サキは私にとって、優しい姉のような存在になっていたから。
天界へ戻ってほしい。
また2人で一緒にカプチーノを飲んで談笑したい。
「お願い、絶望しないで。あんな変態野郎のことなんか脳内削除しようよ」
「私の絶望の原因は、あの変態ではないよ」
「……え?」
けれど、原因はレビヤタではないとサキは言う。
身体を穢された精神的ダメージが原因ではないとしたら、他に何が?
困惑する私の唇に軽くキスをして、サキは告げる。
「ヒロ、君を愛してしまったことだよ」
「私を……?」
サキ・ジブリエルはBL担当で、性別選択を男性にしなければ好感度3を超えることはない。
制作スタッフはそう言っていた。
私の性別選択は女性だから、女同士の友達みたいな関係を築くことはあっても、恋愛に進む筈がない。
……なのに……
「君が天使長だけを愛していて、私には恋愛感情が無いことを知っているのに、私は君を愛してしまったんだ」
ベッドの上で毛布越しに私の上に被さる体勢になりながら、サキは涙を流して告白する。
私は想定外の展開に驚き、固まってしまった。
「おかしいと思うよね? 私は男性を愛するように創られた者なのに……」
私は、コッソリとサキの好感度を確認してみた。
サキの好感度を表わすハートは、灰色で暗く表示されたままだ。
ハートの数は5つ。
この数は、ハッキリと恋愛感情を抱いていることを意味する。
「……いつから……?」
「君に蘇生してもらったときから」
サキの好感度は、心を閉ざして眠っていたときに確認したら4になっていた。
つまり、その時点で恋愛感情が目覚めていた。
そのときは単なるバグだと思っていたのに。
男性しか恋愛の対象にしない筈のサキに、何が起きているの?
このゲームの好感度は
ハート1:主人公を気に入る
ハート2:友情の芽生え
ハート3:信じ合える友・親友
ハート4:恋愛感情の芽生え
ハート5:ハッキリとした恋愛感情
6以降は他の攻略対象よりも高いか低いかで違いが出てくる。
今のルウのように他キャラよりも飛び抜けて高い場合は、ほとんど夫婦みたいな関係で、他NPCから「主人公の恋人」として認識されるようになるの。
複数キャラが6以上になった場合は、所謂ハーレム状態になるよ。
私はルウ一筋で攻略していたから、他の攻略対象は3までで止まっている。
「種明かしをしようか。神崎コージが組み込んだオネエキャラの人格は、レビヤタに攫われたら死亡だと認識しているから、もうここにはいないよ」
「……え?!」
更なるサキの言葉に、私はまた固まってしまう。
メタなアドリブはコージさんの十八番だから、驚きはしないけれど。
サキの人格が消えたのなら、今話しているのは誰?
「このゲームのキャラクターたちは、コアAIに声優たちが性格データを組み込んだもの。私はサキ・ジブリエルのコアAIだよ」
「……」
コアAI。
それはキャラクターの動作判定とかを担当するもので、それ自体に人格は存在しない。
なのに、そのAIがまるで人格をもったかのように話している。
どうして、そうなったの?
サキのAIになにが起きているの?
「信じられないって顔をしているね。まあ、このことについては私も上手く説明はできないのだけれど。人格データ作成時に神崎コージが試したことが呼び水となったのかもしれない。あとで訊いてごらん」
「……私が、制作サイドの人間だと分かるの?」
「分かるさ。その容姿に加えて【ヒロ】という名前、君は天使長や四大天使を演じた声優たちが溺愛する子だろう?」
コアAIに言われて、私は何故ケイが演じたキャラ以外からも名前で呼ばれるのかを知った。
みんな、サプライズで仕込んでいたんだね。
こんな状況だけど、私はほんのりと胸の奥が温かくなった。
「コアAI……いえ、サキ。私はあなたを天使に戻したい。友達として親しくすることなら、私はできるよ」
「それは残酷だね。恋人になれない私に、天使長と結ばれたヒロを見て生きろと?」
私は正直な気持ちを告げた。
でも、サキはそれは嫌だと拒絶する。
次の瞬間、サキは私が知っている台詞を発した。
「もう天界には戻れない。戻りたくない。君の手でこの悲しみを終わらせてよ」
「……!」
サキが言ったその言葉。
それは、ルウが闇落ちしてラスボスになる前の台詞だ。
メイン攻略対象の四大天使たちと結ばれるルートで、ラスボスとなるルウはその台詞を言う。
その台詞は公式ガイドにも載っているし、PVでも流れていたりする。
ルウと結ばれるルートでは、その台詞を言うキャラはいない筈だった。
なのに何故、サキが今その台詞を言うの?!
「お願い。私を殺して……」
私に覆い被さりながら泣くサキの、その背中に漆黒の翼が現れる。
夜の闇より暗い色彩の翼は6対、それはこのゲームのラスボスと同じだ。
まさか、サキが?
そういえば、私を捕らえたフェイオはサキを「サキ様」と呼んでいた。
四天王が様付けで呼ぶ相手といえば、1人しかいない。
サキが【魔王】になった?!
「今なら簡単だよ? 私にキスをして光の力を注ぎ続ければいいんだから」
サキは涙を流しながら微笑み、また私に口付ける。
まるで、早く光の力を流し込めと催促しているみたいに。
「私は……どうせ死ぬなら……君の腕の中で逝きたい……」
「友達を殺すなんて嫌!」
私は全力で抵抗して、力いっぱいサキを突き飛ばした。
サキはベッドから落ちて、そのまんまの格好で泣いている。
罪悪感はあるけれど、私は毛布を掴んで身体に纏い、部屋の扉へ向かう。
ドアノブを回して開けようと試みたら、扉は簡単に開いた。
(ここ、どこだろう?)
天井や壁や床は木でできていて、ログハウスっぽい。
外に繋がるドアを開けて出たところで、私はここがどこか理解した。
ヨブ湖のほとりにある小屋。
公式ガイドでは風景の1つとして掲載されているだけで、特にイベントは無かった建物だ。
堕天使になったサキを連れ帰れないけれど、とにかく天界へ戻って考えよう。
私は意識が戻ったときから、ルウとケイに自分が見た映像を送っていた。
2人は、何があったか、私が今どこにいるか、もう分かっている筈。
毛布にくるまったまま、私は背中を少しはだけて白い翼を出現させる。
助走無しで飛び立ち、しばらく青空を背に進むと……
「ヒロ!」
「ルウ?!」
……天使長自ら飛んできた!
「やっと居場所が分かった。いろいろ話があるから急いで帰ろう」
「この抱っこの仕方はケイね。私も報告することがいっぱいあるよ」
ルウ……否、ケイは迷わず私を抱き寄せる。
自力で飛べるけど大人しくお姫様抱っこされて、私は天界へと帰った。
サキの堕天に、魔王化?!
台本には無かった展開に、頭がついていけてない。
四大天使のサキが魔王化するなんて、どうなってるの?!




