第28話:絶望の向こう側
四天王最後の1人、暴風のフェイオ。
彼はファーと同じく風系統の魔法や弓術のほか、奇襲なども得意とする。
倒すにはファーとの絆スキル【風舞連撃】が必要なの。
だけど、使えないのよね。
ファーの好感度を示すハートは、学んだ戦技でレビヤタを倒したことで少し上がったものの、まだ2つしかなかった。
ゲームの設定には従わず、ファーの好感度が3になる前に出現したフェイオは、私たちが【風の千矢】を使えるようになるまで待つ気はないと思う。
絆スキルが使えないなら、他のスキルを使えばいい。
これまでずっと、そうしてきたんだもの。
私はファーを護るため、フェイオとの間に入って盾を構えた。
「なるほど。自分は攻撃せず、守りに徹するのか」
黒い翼を羽ばたかせて空中に浮かびながら、フェイオが呟く。
私は無詠唱で次々に盾スキルを発動している。
盾スキル:全力反射
盾スキル:風の防壁
盾スキル:自動反射
盾スキル:身代わりの反撃
盾スキル:吸収の盾
「これはなかなか手強そうだ。……でも、これならどうかな?」
フェイオが、片手の指先をスッと向ける。
向いた相手は私だ。
「やれるもんなら、やってみなさいよ」
私は強気で言い返す。
ディアモほど極端ではないけれど、フェイオも攻撃力に対して防御力が低い。
反射に光ダメージを上乗せすれば、致命傷を負わせることもできる筈。
「言ったね? なら、食らうがいい!」
ニヤリと笑うフェイオの手から、放たれたもの。
それは彼が得意とする竜巻やカマイタチ等の風魔法ではなく、1本の水の矢だった。
「?!」
ギョッとする私は、それが何かよく知っている。
装備破壊スキル【水滴石穿】。
回避する時間は無かった。
「ヒロ!」
私が構えていた盾が粉々に砕け散り、ファーが驚いて声を上げる。
それだけじゃなく、私が着ている革製チュニックや布製の衣類や靴まで全て、分解されて消滅した。
「きゃあ!」
私は慌てて身体を丸めて、手や腕で大事なところを隠す。
同時に、この【水滴石穿】は私のような習いたての初期状態ではなく、完成された本家と同じだと気付いた。
(もうっ、何がどうなってるの?! 風の四天王なのに、戦闘で高度な水魔法とかないわ!)
困惑と羞恥と怒りで冷静さを失った私は、フェイオの次の魔法を避けられない。
突然、私は水の球体の中に閉じ込められた。
脱出しようともがいても、水は私の動きに合わせて移動するので、顔を出すこともできない。
「フェイオ! 何故お前が水魔法を!」
慌てるファーの声が、やけに遠く感じる。
口を開けても入ってくるのは水ばかり、肺を水が満たしていく。
「フフッ、教えてあげない。こいつは貰っていくよ」
フェイオの声が聞こえた直後、球体の外側の風景が変わった。
球体ごとどこかに転移させられたらしい。
もがいても抜け出せない水の中、苦しさと酸素不足で頭がボウッとしてくる。
「君の弱点はサキ様から聞いたよ。直接ダメージを与えなければ反撃系は発動しないらしいね」
聞こえる声が、更に遠くなる。
意識が朦朧とする中で、私は疑問を抱いていた。
(……サキが私の弱点を敵に教えた……? ……何故……?)
サキが何を考えているのか分からない。
ゴボッと吐いた泡が最後、私の呼吸は完全に停止した。
肺の中はもう水でいっぱいで、身体の力が抜けて水の中を浮遊しながら、私の意識は遠のいていった。
◇◆◇◆◇
公式ガイドにもアフレコ台本にも、フェイオは風魔法の使い手で、水を操るとは書いてない。
なのに、私を捕らえたフェイオは、高度な水魔法を使った。
水といえば、サキが司るもの。
【水滴石穿】はサキのオリジナルスキルで、魔族は持っていない筈だった。
ボンヤリと意識が戻ったとき、私は誰かに唇を重ねられ、息を吹き込まれているところだった。
この唇は、ケイでもルウでもない。
ミカでもない。
でも、この唇の感触を、私は知っている。
この世界で私とキスをしたことがあるのは、あと2人。
エミルはチュートリアルフィールドから出られないから、もう1人の方。
私が必死で探していた相手だ。
「もう意識が戻ったのか。治癒の力を使ってないのに回復が早いな」
「?!」
この声は、サキ?!
驚いて目を開けると、黒髪黒い瞳のサキがいた。
肺を満たしていた水は無くなっていて、呼吸ができる。
「……痛っ!」
起き上がろうとしたら、胸に痛みを感じる。
身体の下に敷いてあるのは、毛布とバスタオル?
身体の上にもバスタオルが被せられている。
仰向けに寝かされた私は、服を着ていなかった。
「まだ横になっていて。さっき心臓マッサージしたばかりだから」
サキは私を抱き上げて、すぐ横のベッドに寝かせて言う。
被せてくれた毛布はフワッとした肌触りの良いもので、冷えていた身体を温めてくれる。
部屋の入口からバスタオルを敷いたところまで、点々と水が零れているのが見えた。
「なんで……心臓マッサージ……?」
「君の心臓が止まってたから」
「キスで治せる……よね……?」
「もうできないよ。天使じゃないから」
まだ息が整わず、途切れがちに聞く私に、サキは優しく頬を撫でながら答える。
でも、天使じゃないと答えたときには、悲し気に私から目を逸らした。
「レビヤタを倒してくれてありがとう。あいつがこの世から消え去ったと聞いてスッキリしたよ」
「サキ……?」
声も顔も少年姿のサキだけど、違和感がある。
髪と瞳の色以外に。
その違和感の正体は、すぐに分かった。
サキ、オネエ言葉どこいったの?!
今は少年でも少女でもオネエでもない、中性的な印象になっている。
「ん? 何か聞きたそうな顔だね。聞いてごらん、答えてあげるから」
「あなたは、誰?」
「名前を呼んだくせに何聞いてるの」
聞いてごらんと言うから疑問を投げかけると、クスクスと笑われてしまった。
それから、サキはあっそっかという感じで何か気づいた後、微笑んで言う。
「喋り方が違うから、かな? こっちが本来の喋り方なんだよ。オネエ言葉は飾りだと思ってくれればいいかな」
「飾りだったの?」
「うん」
サキの素だと思っていたオネエ言葉が、実は飾りだったなんて。
私はサキルートの台本も読んだけれど、こんなシーンは無かったよ。
「ところでヒロ、お願いがあるんだけど」
「なぁに?」
サキのお願いに興味をもった私は、ベッドの中で寝返りを打って黒髪の子供を見た。
心臓マッサージで圧迫された胸の痛みは消えている。
起き上がりたいけれど服を着ていないので、私は毛布を被ったまま横になっていた。
サキはベッドに腰かけて、私の頭を優しく撫でながら言う。
「私にキスして光の力を注いでくれる?」
その言葉の意味を、私は数秒ほど考えた。
キスは天使にとっては挨拶のようなもの。
光の力を注ぐのは、病気や怪我を治したり、活力を与えたりする効果がある。
……但し、堕天使を除く。
「……サキ、あなた死ぬつもりなの?」
私の問いかけに、サキは驚いたように目を見開いた。
今のサキは堕天使、つまり闇に属する存在。
光の力は、堕天使には致命的なダメージになる。
「残念。騙されてはくれないか」
「天使に戻ってくれたら、いくらでもキスして光の力を注いであげる」
「もう天使として生きる気は無いよ」
サキは私から目を逸らし、目を伏せて寂しそうに笑う。
天使に戻って生きたくないの?
どうして?




