第7話 響き渡る変奏曲ーー嘆きの剣と彼女の主題歌
狭間の中の霧はすっかり晴れていた。マジェミノの力が弱体化した影響もあるのだろうが、それ以上に姉の淫靡な舞が撒き散らす黄金の光が、この異空間を支配していた。甘い蜜のような匂いを纏った黄金の粒子が、星屑のように煌めき、私の肺を重く圧迫する。時間差の異空間で、姉の姿はますます異様に映った。あの黄金の光が彼女の体を包み込み、ヴァルクザインスをも取り込んで空間を歪めている。姉の目が虚ろに輝き、狭間の静寂を切り裂く鋭い光線のように、すべてを飲み込もうとしていた。
マジェミノは解放されたまま、狭間の端で膝をつき、貧血気味に息を切らしていた。狐面の下から覗く首元は、月光に照らされた白磁のように青ざめ、狭間の維持コストで血液を消耗し続けている。アルフィスは武器を失った焦燥から、赤毛のツンツンヘアを掻き乱し、厳しい表情を浮かべていた。彼の隻腕が、義手の金属を軋ませる音が、狭間の静けさをわずかに乱す。
突然、姉の動きが加速した。黄金光がヴァルクザインス――あのグレイヴを服従させた。姉の手に握られたそれは、母衣炉やステルヴィアに対して猛威を振るう凶器と化した。刃の部分が黄金に輝き、柄が姉の力に呼応するように脈打つ。姉はアルフィスに狙いを定めて、ヴァルクザインスを振り回す。空気を切り裂く音が狭間に響き、余りある強大な力で空間そのものを歪める一撃が、アルフィスを襲った。それは嵐の渦巻く波のように、すべてを飲み込もうとする圧力だった。
アルフィスは歯を食いしばり、義腕で応戦する。義手が金属音を立ててヴァルクザインスの刃を受け止め、火花が散る。姉の重祓状態による超融合神格の力が、ヴァルクザインスを通じて増幅されていた。義腕の関節が軋み、次第に追い詰められていく。黄金の光が彼の影を長く引き伸ばし、まるで運命の糸を絡め取る蜘蛛の巣のように。
私はポケット内のぽに子を抱え、狭間の端で身を縮めていた。姉とアルフィスの戦いが縦横無尽に繰り広げられる中、ときおり衝撃波が吹き荒れ、私に遅れて届くが、マジェミノが瞬間移動で最大限影響を受けない場所へと移動させてくれた。彼女の息遣いが、霧散する花弁のように儚く感じられた。
そんな中、ヴァルクザインスから声が聞こえてくるような気がした。最初は幻聴かと思ったが、それは念話だった。私の心に直接響く、悲痛な声。
『……この声を聞く者、心機愛擁をその身に秘めし者よ。我は神格剣ヴァルクザインス。こたえよ、人の心を正しくたもつ者よ』
『ヴァルク…ザインス?…あなたは神格なの?姉のように私を洗脳するつもり?私は屈しない』
『…我は人間の味方だ。そこにいるアルフィス・サウスや、その師匠、更にはその先達と共に戦ってきた』
『そんなこと言われても…そう簡単には信じられない。私はお姉ちゃんを神格に乗っ取られたんだよ』
『確かにそうだろう。現に我は嫋やかなる黄金光を浴びたことで人間に与する為に生まれたという存在理由を歪められ、仇なす存在となってしまった……。嘆かわしい。願わくばアルフィスや、正しき心を持つ者にこの柄を握って欲しい。そのために、汝の力が必要だ。心機愛擁の力で、私を解放してくれ……』
母衣炉はヴァルクザインスの本当の姿を知った。姉によって黄金光で神格として最適化され、神格の武器として、過剰な演技を強いられているのだ。私はぽに子を通してアルフィスとマジェミノに念話を試みる。
『私がヴァルクザインスに触れることができれば、ヴァルクザインスは真の力でアルフィスに応えると言っている! その隙を作るために、力を貸して欲しい!』
アルフィスは義腕で姉の一撃を弾き返した後にマジェミノと顔を見合わせる。2人は同時に頷いた。
アルフィスがまず動いた。義腕を最大限に活かし、位相錯誤の残滓を纏った一撃を放つ。Mr.ファーレンハイトの伝説に恥じぬ、炎のような熱量で姉の動きを封じ込めようとする。義手の関節が火を噴くように輝き、姉の黄金光を一瞬押し返す。それは焦土を焼き尽くす野火のような必殺の反撃だった。
マジェミノも負けじと、貧血の体を鞭打って瞬間移動を連発。狐面の下から鋭い視線を放ち、紅蓮獅子の力で姉の周囲に狭間の裂け目を生み出す。血液のコストを払いながらの必殺技は、影を縫う幽鬼のように姉を翻弄し、黄金光の流れを乱す。彼女の動きは、霧の中を舞う狐火のようだった。
2人の気迫。2人の連携が姉の狂気をわずかに抑え込む。ポケット内のぽに子が激しく震え始めた。
「ぽに子、どうしたの」
「おかしいと思われるかもしれねーけど」
「うん?」
「オレはよ、上位世界にいたときにはいぺりおるぽに子を見たんだ、TVアニメだぞ。お前見たことないんだっけ?今度見てみろ、最終話。メチャクチャだけど、アツかった。メチャクチャだけ、震えた。…オレの心を熱くさせた。オレがぽに子に…チッ、やっぱ何でもねえ。…ただ、今目の前で起きてる光景を見て何も感じないほど、オレの心は冷たくねえ……アツいぜ、アルフィス…アツいぜマジェミノ!」
「べ、別にアンタのために戦うわけじゃないんだからね」
ベタベタで萌え萌えでキュンキュンなツンツンでデレデレな台詞とともにポケットからぽに子が飛び出し、空中で静止する。
「感情の主題、受け止めたわ……
この胸の響きを、変奏の奔流に変えて――
好響変奏曲、覚醒!
はいぺりおるぽに子、フルヴァリエーション発動!!」
謎の掛け声とともに光に包まれたぽに子の体が、一瞬のうちに手のひらサイズのフィギュアから、人間と同じ大きさまで巨大化する。
赤い瞳が閉じられ、静寂が訪れる。
突如、どこからか音楽が聞こえてくる!
TVアニメ好響変奏曲はいぺりおるぽに子第1期主題歌「Resonance∞Variation」
[Intro]
(静かなピアノとストリングスの調べ)
静寂の中で 微かな鼓動が
響き始める……この感情の主題を……
[Verse 1]
歪む世界に 飲み込まれそうな
弱い音色でも 私は歌うよ
失われた旋律 取り戻すために
水色の風を 巻き起こして
[Pre-Chorus]
赤く燃える瞳に 映る未来
誰も止められない この共鳴を
[Chorus(1番サビ)]
Resonance∞Variation!
感情の波を 変奏に変えて
限界を超えろ 好響の奔流よ
心の叫びが 世界を変える
好響変奏曲 解き放て!!
狭間の中をぽに子と同じ歌声が満たしていく。この間ぽに子の口元は動いていなかった。
「感情の主題を宿し……世界の響きを、私の変奏に変えて――」
静かに、しかし決意を込めた表情だった。
背景が暗転し、変身バンクがスタート。水色ハイポニーテールが風なき風に靡き、赤い神光が粒子となって集まる。ぽに子のミニサイズボディが光のシルエットになり、グラマラスな人間サイズに拡大。赤と水色の音波状オーラが体を包み、戦闘スーツが形成される。最後に両手を広げ、赤瞳をカッと開く。
ぽに子(熱血ヒロイン口調で叫ぶ)
「好響変奏曲、覚醒――!!
好響変奏曲はいぺりおるぽに子、フルヴァリエーションモード!!」
主題歌のサビが最高潮に達し、バンク終了。ぽに子が着地し、ポニーテールが決まる。
「黄金の虚音ども、この響きで消し去ってあげるわ! 覚悟しなさい!!」
ぽに子は灯莉をビシッと指差す。
「虚音?何それ、美味しいの?よく分からないわ。…でもあなたは美味しそうね。その人間離れした美貌、肢体。私好きよ、あなたみたいな子」
灯莉は黄金光でできた無数の触手をぽに子に向かって伸ばす。
「好響変奏曲・第一変奏:レゾナンス・ノヴァ!!」
赤い神光が渦を巻き、周囲を薙ぎ払う。姉の体がビクンと跳ね、黄金の勢いがわずかに後退する。それは星の爆発のような輝きだった。
さらに変奏を重ねる。
「第三変奏:クリムゾン・エアリアル!!」
水色ポニーテールが音波のように揺れ、赤いエネルギー波が姉を襲う。重祓の強大な力に対し、ぽに子の変奏は一瞬だが爆発的な出力を以って姉の動きを乱した。黄金光が散らばり、まるで壊れた鏡のように空間を映し出す。
「今だ、母衣炉!」
人間サイズでいられる制限時間ギリギリだったのだろう。ぽに子の体が微かに縮み始める中、私はマジェミノの瞬間移動にも助けられ、遂にヴァルクザインスに触れる。私の手が柄に触れた瞬間、心機愛擁の力が無自覚に兆候を示した。
「うっ?!」
剣を覆っていた黄金光が浄化されるように消えていった。姉は火傷でもしたかようにヴァルクザインスを手放し、大きく後退する。本来の存在理由を取り戻したヴァルクザインスが灯莉を拒否したかのようだった。グレイヴはアルフィスのすぐ近くの地面へと突き刺さった。本来の位相錯誤の輝きを取り戻すと、アルフィスはそれを引き抜いた。
ぽに子は制限を迎え、フィギュアサイズに戻る。光が収まり、ポケットに滑り込む直前。
「……はぁ? 何ボーッとしてんのよバカ! さっきの私、カッコよかったでしょ? 礼くらい言いやがれ!」
元の口調が即座に復活する。
姉の狂気が一時的に収まり、狭間の緊張が解け始める。だが、これは決着の始まりに過ぎなかった。




