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第6話 黄金刃舞曲ーー狭間の狂宴

ニーレンベルギア=オーガスタ#6 / 黄金刃舞


 狐面の謎の女マジェミノと、赤毛の男——アルフィス・サウスが部屋の入り口に立っていた。


 アルフィスは黒い外套を身に纏っており、そして、右の袖からは手袋を嵌めた拳が見えた。義手や義腕なのだろうか。アルフィスに右腕がないことを知れば、姉はきっとそこを突いてくるはずだ。母衣炉はアルフィスが隻腕であることを悟られないように黙っていることにした。


「うお、報告書にあった通り、母衣炉の姉ちゃん、すげー美人だな」


 マジェミノがため息をつく。


「鼻の下伸ばして油断してると足元掬われるよ、アルフィス」


 姉の黄金の瞳が、アルフィスを捉える。アルフィスというよりも、その左手に提げられた中華鍋の方に興味を示しているようだった。


「出前というのは、その素晴らしい剣のことかな?」


 アルフィスが意味ありげに笑った。


「剣? お前にはこれが剣に見えるのか?」


 姉は、唇を舐めた。


「私の目はごまかせないよ——WvArKZaiNnZ…」


 姉の口から、呪文のような響きが零れる。


 中華鍋が、その調律音に共鳴したかのようにキーンと鳴り出した。やがて、黄金の光を浴びて振動し始める。分厚い金属だったはずだが、縁のほうから熱で溶け落ちたように、長く変形していく。円から三角へ、三角から四角へ。幾何学的な閃光を放ちながら。光が収まると、柄が全体の長さを占める両刃の武器がその姿をあらわした。


 柄の長さも刃の長さも、共に1メートルを超え、全長だと部屋の天井までも到達しそうな勢い——完全対称のグレイヴ、ヴァルクザインス / WvArKZaiNnZ。


 アルフィスの表情が、引き締まる。


「おいおい、……起動できんのかよ」


 姉の瞳が、恍惚に輝く。


「ほらやっぱり! かの名剣、ヴァルクザインスだわ。かつて人間の世界を滅ぼすために神格とともにこちらに転送されしもの。人間にそれが扱えるとは思えないけど…噂には聞いたことがあるわ。神を薙ぐ長柄——Mr.ファーレンハイトという男の話を。…あなたが人間界の英雄アルフィス・サウスなのかしら?」


 アルフィスは、肩をすくめた。


「絶世の美女の覚えにあずかり至極光栄です」


「デートのプレゼントにその宝剣を持ってきてくれたの?嬉しい」


「え、デートしてくれんのか?!」


 食い気味に反応するアルフィス。


「あー、灯莉さん、で合ってるよね?その男、妹さんに手を出そうとしてましたけど?」


「どういうこと?狐面、説明」


「あははっ、一言でいうなら、催眠おじさんだね」


「なるほど、だいたい理解したわ。私の母衣炉を…。あなたごときが?!許さないわ」


 灯莉は激しく怒りを滲ませる。


「ヴァルクザインスを持ってきた褒美に少しくらいいい思いをさせてやろうかと思ったのだけれど。まず去勢をしないといけないようね」


 右手でハサミのようなジェスチャーをすると、アルフィスの腰が引けた。


 部屋の空気が、重く張りつめ始める。


 姉の黄金光条が、無数に放たれる。


 アルフィスはヴァルクザインスを振り、鏡面の刃で光を弾く。


 マジェミノも紅蓮獅子を展開することで難なく防いでいた。


 しかし、部屋は狭すぎる。

グレイヴの刃が壁に当たり、火花を散らす。

黄金光が障子を焼き、家具を溶かす。


 マジェミノが、静かに呟く。


「ここじゃ、手狭だね。場所を移そっか」


 彼女の瞳が、仮面の奥で紅く光る。


 ーー空間が、歪む。


 部屋全体が、霧のような虚空に飲み込まれる。


「面白い空間ね。人間世界と上位世界のちょうど中間にある別の次元といったところかしら」


「ご名答。——狭間と呼んでね」


 体が軽く浮かび、重力が不安定になるのを感じた。この感覚は以前マジェミノと共に脱出した時にも覚えた感覚だった。


『この狭間の中では時間の流れ方が違うんだ。こちらで600秒経過しても人間世界では1秒しか経たない。マジェミノの瞬間移動はそういうトリックさ』


 ポケットの中から、ぽに子の念話が響いた。ツンとした毒舌が、母衣炉の頭に直接届く。姉に気付かれないよう、ぽに子はケースの中から戦況を冷静に解説してくれる。少し苛立った声色が、母衣炉の緊張をわずかに和らげた。


「ほろろの痕跡を追えなかったのは、この狭間を経由したからなのね…。人間には分不相応な程に強力な力。ヴァルクザインスに紅蓮獅子、それに狭間。ステルヴィアというのは存外、厄介な相手なのかしら。……いいわ。ここでなら、思う存分遊べる」


 アルフィスはヴァルクザインスをダイナミックに振るう。霧を切り裂く刃が、姉の黄金光条を次々と斬り払う。姉はそれを避けながら、光の鞭を放つ。鞭は霧を切り裂き、アルフィスを狙うが、彼は隻腕とは思えない敏捷さで跳躍し、虚空を駆けるように反撃する。ヴァルクザインスの刃が、姉の肩をかすめ、黄金光の盾を削る。霧が裂け、空間の亀裂のように黄金の粒子が舞い散る。刃の軌跡は銀の閃光を残し、虚空を縫う彗星の尾のように輝く。


 マジェミノは紅蓮獅子を広げ、姉の周囲に炎の壁を構築する。獅子の七本の骨が輝き、そこから炎が揺れると黄金光の威力を弱める。姉はそれを嘲笑うように、光の鎖を放ち、マジェミノを絡め取ろうとする。マジェミノは瞬間移動で鎖を避け、反撃に鉄扇を振るう。扇の風圧が姉を押し戻す。風は霧を渦巻かせ、黄金の光を一時的に乱す嵐のように吹き荒れる。炎の残光が虚空を赤く染め、姉の黄金を食らう獰猛な獣の咆哮のように響く。


 狭間ではマジェミノの身体能力が明らかに上がっていた。瞬間移動の頻度が上がり、紅蓮獅子の炎がより激しく燃え上がる。時間の流れが遅い分、彼女の反応速度が人間世界の何倍にも感じられる。


「ふふっ、いい動きね。でも、まだ本気じゃないわよね?」


 姉の黄金光が爆発し、霧を払い、狭間全体を照らす。光条が雨のように降り注ぎ、アルフィスとマジェミノを追う。光条は虚空を穿ち、霧を蒸発させる彗星の尾のように輝く。アルフィスはヴァルクザインスを回転させ、光条を弾き返し、マジェミノは紅蓮獅子で防御を固める。二人の連携は完璧で、姉の攻撃をしのぎながら、反撃の隙を探る。アルフィスの刃が光条を斬り裂くたび、黄金の破片が星屑のように散らばる。刃と光の衝突は、虚空に雷鳴のような轟音を響かせ、狭間を震わせる。


アルフィスが笑う。


「姉ちゃん、なかなかやるじゃん!」


 マジェミノが、静かに返す。


「油断しないで。重祓の力は、こんなものじゃない」


 姉が、甘く微笑む。


「楽しいわね。でも、もう絡め取ったわ」


「危ない、母衣炉ちゃん!」


 黄金光が、母衣炉の後ろから接近していた。マジェミノが母衣炉の場所に入れ替わるようにした。光は蛇のように伸び——マジェミノに絡みついた。そして、先端が二本の牙のように先鋭化すると、マジェミノの首を甘噛みする。マジェミノは抵抗していたが、動きがどんどん鈍っていく。黄金の牙は、彼女の肌を優しく撫でるように侵食し始め、微かな甘い香りを放ちながら、首筋を這う。この空間に入ってからずっと紅く光り続けている瞳がわずかに揺らぎ、息が浅くなる。姉の光が、彼女の体をゆっくりと弄ぶように包み込み、暗示の波が心の隙間に忍び寄る気配がする。洗脳の甘い囁きが、耳元で響いているかのように——マジェミノの表情が、ほんの一瞬、陶酔に染まるかと思われた。


「マジェミノさん!」


「くうう、これ結構効くわあ……でも、こんなチャラ男のナンパにも劣るような囁きで、私の心を折れると……思わないで」


 マジェミノの声は、痛みを堪えながらも、揺るぎない強さを帯びていた。黄金の牙が首を締め上げ、暗示の波が体を震わせるが、彼女の紅い瞳は決して曇らない。心の壁が、光の侵入を拒絶し、姉の催眠を跳ね返す。マジェミノの意志は、鋼のように堅牢で、姉の欲望を嘲笑うように輝く。姉の表情が、わずかに歪む——心の強さが、姉の予想を超えていた。


「動きにキレが無かったわ。あなた、血が足りないんでしょ。…でもすごいわ。さっきから光を通して上位世界の意思を送り込んでいるのに、暗示も催眠も効かない。弱っているから拘束はできているけど、心の壁のようなもののせいで魂も吸えない。このまま捕まえておいて神格棺に放り込むしかないわね。それか今ここで殺す」


『……狭間は強力な力だが、その燃料としてマジェミノの血液を消費する。発動するだけで400ml。狭間にいる間にも少しずつ血が燃やされ続けていく。アイツはこの数日間、ずっと出突っ張りだった。お前の件も含めてな。とてもじゃないが狭間を使用できるような状態じゃなかった……なのに、あいつは使った』


 ぽに子の念話が、苛立った調子で響く。確かにマジェミノの肌の色が青ざめているの。解説通り、彼女の動きに微かな疲労が混じっているように見える。だが、ぽに子の言葉が示すように、彼女の瞳は決して弱々しくない。むしろ、血液を燃やし尽くす覚悟さえ感じさせる強靭さだ。弱いどころか、こんな状態でも戦い続けるなんて、マジェミノは本当に強い……母衣炉の胸が、熱くなった。


「おい、お前の狙いはこれだろ?」


 アルフィスはヴァルクザインスを、軽く放り投げる。


 グレイヴは回転し、姉の目の前にほぼ垂直に刺さった。


 姉の瞳が、興奮で濡れる。


「おわっ」


 姉は興味を失ったかのようにマジェミノの体を光の縄から解放する。マジェミノは体制を崩し、地面に倒れ込む。


 彼女はヴァルクザインスに近づき、柄に手を伸ばす。


「ああ、素晴らしいわ」


 マジェミノから離れた黄金の光が、刃にリボンのように何重にも巻き付く。


 刃は飾り立てられ、半透明の黄金リボンに包まれる。


 奥に銀色の刃が、チラチラと覗く。


 姉は、ヴァルクザインスを垂直に立て直した。


 そして、刃側に——

 

 片足を絡めた。


 白い太ももが、リボンに包まれた刃に押しつけられる。内ももが、擦りつけられる。

 

 体が、ビクン、と反る。


「あはっ……ああっ……」


 悦びに満ちた喘ぎを漏らしながら姉は、剣を軸に回転を始める。

 

 ポールダンス。

 

 黄金のリボンが脈打つたび、 刃の冷たさが透けて見える。

 

 いつリボンが緩み、肌を裂くか——


 そのスリルが、姉の欲望を極端に増幅する。


 乳房が揺れ、腰がくねる。


 黄金光が口から少し漏れ、柄に舌を這わせ、先端をいやらしく咥える。唾液と混じった妖しく糸を引く。


「ヴァルクザインス……私の……私のもの……」


 口の中で柄を締め付け、ねっとりと 舌で絡め、唇で優しく包み込み、黄金の光をさらに濃く、熱く、自分の色に染め上げ、塗り替える。


 それを見ていたアルフィスが静かに慄く。


「こ、こんなものを見せられたら二重の意味で腰が引けちまうぜ」


 母衣炉は何の役にも立てない自分の弱さに腹が立っていた。胸の奥が熱くなっているのはそのせいだろうか。


 黄金のリボンが、より強く巻き付く。


 姉の体が、恍惚に震える。


「母衣炉……見てて。この剣も、あなたも……全部、私の舞台に……」

 

 狭間の霧が、重くなるのを感じるのとともに、姉のポールダンスが、加速する。


 黄金の刃舞が、狭間を支配する。


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