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第5話 はいぺりおるぽに子(ver.神格ka)ーー1/12スケール塗装済完成品

 滝山公園倉庫の和室は、意外と落ち着く場所だった。


 畳の匂いが優しく鼻をくすぐり、障子から差し込む月光が淡い影を落としている。私は布団に横になりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。姉の黄金の瞳が、脳裏に焼きついて離れない。あの足の骨を折ろうとする粘つく視線。アルフィスやマジェミノの存在がなければ、今頃私は──。


 ふと、空気が揺れた。


「母衣炉ちゃん、寝てる?」


 座卓に、狐面の彼女が座っていた。いつもの黒い着物、黒髪が月光に輝き、赤い長襦袢が少し覗いている。どうやって入ってきたのか、気配すらなかった。


「…びっくりさせるの、やめてくださいよ」


私は起き上がり、座卓に向き直った。彼女はくすりと笑った気配を見せた。


「ごめんね。普段から忍者みたいなことやってるから、その癖で。今日は昨日あなたのお姉さんと戦った件で報告やら何やら…。まさか何の準備もなく重祓と戦うことになるなんてねー」


「かさね?」


「うん、重祓[かさね]。神格が2つ以上宿ることをそう呼ぶんだよ。非常に稀なケースで、ここ200年の間でも、指折り数えるくらいしか重祓の報告例はない。しかも、重祓の儀式中に死亡したりするケースもあって、それも含めて数えてるから、激レアさんだよ」


 軽い調子で話すマジェミノであったが、重要な情報だ。彼女は座卓に肘をつき、狐面の奥で私を観察しているようだった。


「あの、マジェミノさん。私も神格と戦うことってできるんでしょうか」


 時折振り子のようにゆったりと体を揺らしていた彼女の動きが、一瞬止まった。


「んー?…昨日の私とあなたのお姉さんの戦いを見てどう思った?」


「む、無理です。あんなに速く動けないですし、武器だって持ってない…」


「じゃあこの部屋にずっといたらいいんじゃない? きっとどこよりも安全だよ」


「で、でも」


 食い下がる私に、彼女は甘く笑った。


「母衣炉ちゃん、さてはお主、昨日のアルフと私の会話を盗み聞きしておったな?」


 ドキッとした。彼女の声は楽しげで、狐面の奥から私を試すような視線を感じる。


「…ごめんなさい」


「うんうん、正直でよろしい。今は無自覚でも、素質があるならそれを磨かない手は無いよね。


扱ふ者心に於いて中つを保て。

善の光に眩み悪の影に沈むなかれ。

均衡の道静かに歩め。

感情は欲望の炎に非ず、

抑へば魂の芽を枯らすのみなり。

深く限りなく慈しめよ。

愛擁の輪廻を成せば

黄金の枷は溶けゆき

解けん、闇は明けん


アルフがあなたに感じている可能性は、心機愛擁。ステルヴィア総帥ノーナ・シエル=キッスが扱うガーディアン・オブ・ザ・ハートマシンと同じものだね」


「シンキアイヨウ? ガーディアンハートキッス?」


 私は聞き返したが、一度に情報が多すぎて混乱する。古風な詩のような言葉が頭の中で反響し、何か重く厳かなものが胸にのしかかる。心機愛擁──防御の才能? 総帥ノーナが扱うものと同じ? それってめちゃくちゃ強いとかすごいとかってこと?


 彼女は私の混乱を楽しむように、くすくす笑った。


「うん、そう。精神操作を無効化する力。母衣炉ちゃんが神格棺の儀式に片足を踏み入れていても無事だったのも、お姉さんの暗示が効かないのも。全部それのおかげなんだよ。無自覚にその能力が顕現して防いでるの」


「…私、そんな力持ってるんですか?」


「持ってるよ。でも、まだ無自覚で未熟。それに、その力だけで戦えるとは、思わないよね?」


 母衣炉は頷く。


「だからこれから毎日地獄のような訓練が続くと思ってね」


「地獄のような訓練?!…それはちょっと」


 彼女はケラケラ笑った。


「ところで話は全然変わるんだけどさ、ダビデ像やロダンの考える人が壊されたニュース、覚えてる?」


「あ、前にニュースで見ました。結構バラバラにされてて、ひどいねってお姉ちゃんと…」


「あれ、ステルヴィアがやったんだよ」


「えっ! なんでですか?!」


 母衣炉は驚きのあまり立ち上がった。


「うんうん、いいリアクションだね。ま、ぶっちゃけて言うと、その2つの作品が神格化したからだよね」


「え? 芸術作品…彫刻が…神格化?」


 彼女は楽しげに説明を始める。

「神格棺には子機のようなものがあるんだよ。その子機は簡単に言うと空飛ぶ監視カメラで、人間世界を飛び回っている」


 マジェミノは2枚のスマホの写真を母衣炉に見せてきた。1枚目は球体が空を飛んでいる写真。これが子機らしい。2枚目は手のひらの上にその球体を乗せている写真。大きさはソフトボールくらいで、おそらくステルヴィアに撃墜されたのであろう凹みや焦げが見受けられた。


「子機には神格の器になり得る人を探すセンサーと神格が気に入りそうな外見の人間を見つける美的センサーが備わってる。神格棺は人間世界をそのセンサーでスキャニングして、基準を超えたものをカタログみたいなものに載せるんだって。神格はそのカタログを見て自分の気に入ったものを洗脳し、取り憑くみたい。あ、ごめんね、カタログの写真はないよ」


マジェミノは両腕で大きなバツ印を作った。


「でも、ときどきセンサーが誤作動を起こすみたいで、美的センサーのみの情報でカタログ掲載されてしまうことがある。その結果神格が美しいと感じた素晴らしい芸術作品は人間と勘違いされて取り憑かれてしまうってワケ。過去には絵画の中に描かれた人間に取り憑いて、額縁の中でしか動かなかつた神格もいたり」


「なんかちょっと間抜けなハナシ…ですね」


 私たちは顔を見合わせてくすくす笑った。神格も意外とドジなんだな、そう思うと、少しだけ気が楽になる。


「ちなみに、生物じゃなくて物体に取り憑いたらどうなるんですか?彫刻の場合とか」


「動いて暴れ回るよ。だから壊すしかない。でも、全然脅威にはならないかな。神格が人間の魂を糧にするのは知ってる?」


「……はい、知ってます」


姉に魂を捕食されていたミサちゃんの姿を思い出し、少し声を小さくした。


「だから、魂がない物体に憑依すると、神格も存分に力を発揮できないみたいだね」


 私は真剣に顔をしかめた。


「日本国内でも、鎧兜とかに取り憑くかもしれないですよね。動き出したら怖いかも」


 シリアスに悩む私の表情を、彼女は一瞬見つめて──そして、にやりと笑った。そして、バッグから牛乳パック大の透明なアクリルケースと、A4の雑誌を取り出す。


「そしてこちらが、1/12スケール塗装済完成品──はいぺりおるぽに子(ver.神格ka)でーす!」


 目の前に差し出されたものを見て、母衣炉は目を見開いた。何せ、突然の美少女フィギュアである。

──塗装済?はいぺりおるぽに子?あと何か神格化とかいう不穏なキーワードが聞こえたような?!


「おお?!」


 ケースの中には、水色の大きなハイポニーテールに赤い瞳のグラマラス美少女フィギュアが両手を振ったポーズで飾られていた。フリルとリボンだらけのドレスが、とても精巧に作られている。シースルー部分にはクリアパーツが使われていた。


「ちなみにこれは美少女プラモの世界大会『オレヨメ選手権』の最優秀賞受賞作品でもあるんだよ! ほら、この表紙!」


 雑誌の表紙とケースの中が同じ。ページをめくると、ローアングル写真満載の特集が組まれていた。


「おお〜!!! 作り込み?って言うんですか?この、すごい…こんな小さいのに、フリルとリボンまで…下着が食い込んでる感じもリアルです…」


「……おい、恥ずかしいからやめろ。それ以上ジロジロ見るな」


「ん?」


 急に聞いたことのない口調が聞こえてきた。まさか違うだろうと思いつつも、マジェミノさんの狐面を見るが、そもそも声の高さが彼女のそれではない。


「お前に言ってんだよ、この多豚足[たとんそく]!」


 恐る恐るケースの中を覗くと、フィギュアが腕組みして睨んでいた。


「あの、えっと…あなたは…ぽに…いや。…神格…さん?」


「ああ、そうだよ。しかも、間抜けな神格だって誰かさんに言われたばかりのな。どうせオレは美少女フィギュアにホイホイ引き寄せられて取り憑いた挙句、人間共の捕虜になった間抜けですよー」


「う、全部聞いてたんだ…」


「あははっ、間抜け…間抜け…!! 母衣炉ちゃん曰く、間抜け! あははっ、あー、笑い堪えるの大変だった! ぽに子、アンタ間抜けな神格だってさ!」


 ぽに子は指先から小さな光条を放ち、マジェミノの額をデコピン。


「痛っ!」


 狐面を貫通したのだろうか、マジェミノは仮面の下に手を入れ、額をおさえる。


「チッ、本当にこんな女が神格棺を巡る争いの鍵なのか? 家族が重祓になったとか、重祓の精神攻撃を防いだとか。ぜってー嘘だろ。 こんなチンチクリン。一般的な神格の感覚として、外見にも少しも魅力を感じねーしな。手足もなんか短くねーか?こんなの、多豚足としか言いようがねーぜ」


「フィギュアに取り憑いちゃう変態さんの感覚が正常かはさておき、重祓のお姉さんはすっごい美人だよ。まあ…母衣炉ちゃんは? 多分? 器としての才能が? あるの…かな? もう一つのセンサーが?仮にだよ?仮に全く反応しなかったとしても? あまりあるくらいにら?」


なんだかなーと、母衣炉は2人からの自分評にモヤモヤする。


「てめーらの都合なんて知らねーが、オレも元の姿に戻るためには棺が必要だからな。ギブアンドテイクだ。神格棺の情報はくれてやる。いいな?」


ーーすっごい睨んでくるけど、見た目が可愛いすぎて、全然怖くない。


 そのとき、母衣炉はハッとした。


「手帳を家においてきちゃった!」


「手帳?あー、ごめんね、昨日無理やりここに連れてきちゃったもんね…でも、そんなに大事?」


 姉の秘密やステルヴィアの暗号がメモされた大事なものであることをマジェミノに伝える。もし、あれが姉の手に渡ったら──。


「チッ、間抜けすぎるだろ。お前こそ本物の間抜けじゃねーか」


返す言葉も無かった。


「そういうことなら奪取作戦だね。昨日の今日ならまだ、お姉さんも手帳には手をつけてないかも。ぽに子にも協力してもらえば楽勝だよ」


「は? なぜオレが」


「今神格棺に最も近い存在は重祓だと思うんだけどなー。ギブアンドテイク、なんでしょ? 」


「…チッ、仕方ねえな。言っとくがオレは危なくなったら逃げるからな」


「そんなこと言うなら両足外した状態で母衣炉ちゃんの腕に括り付けるよ?」


 両足外す、これだ。マジェミノのこういうところが姉に似ているのだ。昨日の姉は母衣炉の両足を折ると言った。やはりどこか姉とマジェミノは似ている。


「こえーこと言うなよ。お前マジでやりそうなんだよ」


「うんうん、大人しく素直なのはいいことだよね」


 こうして、手帳奪取作戦が始まった。


 私はぽに子をシャツの胸ポケットに入れ、夜の街を家に向かって歩いた。マジェミノは倉庫に残り、通信機越しにサポートしてくれることになっている。姉は家にいる? いない?


 時間は23時を少し回っていた。閑静な住宅街も、そのほとんどが消灯され寝静まっている。もう既に家のすぐそばまで辿り着いている。私は玄関から入るべきか、勝手口から入るべきか、ポケットの中にある鍵を手で弄りながら決めあぐねていた。家の中の電気は全て消灯されている。玄関まで近づくとセンサー式の門灯が反応してしまうだろう。


「勝手口から入れ。家の中の電気は点けない方がいい。スマホのライトも点けるなよ」


 ポケットの中から、ぽに子が指図してきた。


「家の中は真っ暗なんだよ?どうやって自分の部屋まで戻るの」


「オレは夜目が効く。オレの指示通りに動けば大丈夫だ。足元も物音も全部消してやる。さあ、行け」


 ぽに子は思っていた以上に協力してくれるそうで、とても心強かった。


 勝手口に鍵を差し込む。自分にはガチャッと音が聞こえてきたのだが、ぽに子の魔法によって、自分以外には聞こえなくなっているらしい。確かに、お隣さんの家の犬がいつものように吠えてこない。ーー熟睡しているだけかもしれないが。


 家に一歩踏み込み、勝手口と繋がっているキッチンからリビングの様子を伺う。姉や家族がいる様子は無かった。


 部屋は2階にある。まずは階段下へ。そして階段を登りきったあとは姉の部屋の前を通り過ぎなければ自分の部屋には辿り着けない。階段を一段、また一段と上がるたびに心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。階段を登り切った!外からは遮光カーテンのせいで確認できなかった姉の部屋に電気は?ーー灯っていない!姉は寝ているか、外出中のようだ。母衣炉は慎重に歩を進める。足音は自分の耳以外には漏れていないというが、それでも慎重にならざるを得ない。姉の部屋の前に差し掛かるとさらに緊張は増す。


『もしもーし?』


 ドキッとした。それはマジェミノからの通信だった。ぽに子によれば、これも自分だけに聞こえる音声らしいのだが、心臓に悪すぎる。母衣炉はその場では応答せずに、いそいそと自分の部屋の前に移動し、勢いよく扉を開けた。室内は真っ暗だが、姉が待ち伏せしている様子も無い。

 ーー記憶が確かなら、机の上に手帳は──あった!手帳を掴み、ほっと一安心する。


 しかし、振り返ろうとしたその瞬間、部屋の電気が点灯した。


「おかえり、母衣炉。いつ帰ってきたの?」


 背後から聞こえてきたのは姉の声だった。


 母衣炉の心臓の鼓動は痛みを感じるほどに早まった。そっと振り返る。


「どうしたの?自分の部屋なのにコソコソして」


 どうも様子がおかしい。姉の声のトーンは穏やかで、最近の狂気じみた様子がまるで無い。

いつもの、優しい姉の声。変化が一番顕著だった瞳も、落ち着いた茶色だ。神格化の気配は、どこにもない。普通の姉が、部屋の入り口から顔を覗かせて微笑んでいる。


「母衣炉?」


姉は少し首を傾げた。


「どうしたの?驚いたような顔をして」


 普通の会話。普通の笑顔。もしかして、姉に取り憑いた神格は自然に消えた? 何らかの影響で無くなったのでは?


 淡い期待が胸に広がる。久々に、普通の姉と話せて──楽しい。


「…お姉ちゃん」


 母衣炉は思わず声に出した。泣きそうになるが、それを見てもなお、姉は優しく笑った。


「どうしたの? お腹空いてる? ご飯、用意しておいたのよ。温め直──あっ……」


 姉の台詞が、途中で途切れるのと同時に、体がビクンと激しく跳ねた。


 弓なりに反ったかと思うと、今度はピタリと静まりかえって直立不動になる。目は虚ろに開いたまま、フリーズした動画の画面のように全く動かない。数秒の静寂の後、口角からよだれが一筋、糸を引いて垂れ落ちる。


「お姉ちゃん…?」


「お前、何か勘違いしてるみてーだけど、神格が勝手に消えるとかそんなことあり得ねーからな。一応言っとく」


 ぽに子も所詮、神格なのだとつくづく思った。こんなにも残酷なことをこのタイミングで口にするのだから。


 よだれに混じって黄金の光が姉の口から溢れ出たかと思うと、その一部が編み物に使うくらいの針のように尖り、姉の片方の耳の穴から再び体の中に侵入する。ぬぷっ、という湿った音を立てて、光の針が耳の穴を激しく出入りし始める。


「あっ、あっ」


針の動きに連動して、姉は喘いだ。その反応は無機質で、まるで機械の繰り返しのように途切れ途切れに漏れる。


「あっ」


 ピストン運動のように往復するたび、ぴちゃぴちゃと水音のようなものが響く。なぜそんな音がするのかを想像するのが恐ろしく、母衣炉の思考はほぼ停止状態だった。時々、針が深く入ったかと思うと、中で脳を掻き回しているようで、姉の頭がカクンと傾く。姉の目がさらに虚ろになり、喘ぎが漏れる。


「あっ、脳ミソにチクって気持ちいい…あ…それ……甘いやつ、チクッのあとに甘く…あっ…あっ……深くクチュクチュって甘いのされるのも…あっ あっ」


「アレはヤバいぜ。針の先端から甘ーいエキスがドバドバだ」


 針によって脳に快楽物質を流し込まれ続けた姉は完全に堕ちた顔をしていた。黄金の光は口から太い一条を、そしてそこから全身に広がり、時折豊かな乳房を這い上がり、柔らかな曲線を優しく撫で回す。乳房が震え、布地が擦れる音が微かに響く。光はさらに太ももをも這い、内ももを優しく押し広げ、柔らかな肉を執拗に刺激する。太ももが震え、内ももが擦れ合う湿った音が部屋に満ちる。


「あっ、あっ…頭が…あっ…溶けそう…あっ…」


 姉の体が再び微かに震え、黄金の光が耳の穴を激しく出入りする。先ほどよりもさらに大きな水音が部屋に響き、光の針が耳の奥を突き、掻き回すたび、姉の顔が紅潮し、よだれや涙が体を伝って滴り、床に垂れ落ちる。あっ、あっ、という喘ぎが、光の針の動きに完全に同期し、無機質なリズムを刻む。光の針はおそらく物質ではないので、姉の脳に外傷や出血はないのだろうとのことだったが、姉が人としての尊厳を破壊され蹂躙される姿は邪悪で吐き気を催した。


「あっ、あっ…もっと……あっ…」


 神格が、冷酷に姉の体を「美しくも儚く悲しい悲劇の舞台」に変え、欲望のままに弄ぶ。姉はただ、黄金の欲望に満ちた淫らな人形として、恍惚の表情を浮かべる。体中を這う黄金の光に指を絡め、愛おしそうに撫でる。自らを辱める光を、手招き誘うように。


 そして黄金の光は、再び姉を神格化させるのに充分なほどにその体を快楽で錯乱させることが出来たと判断したのか、それとも自らの欲求を掃き出しぶちまけて満足したのかは分からなかったが、姉の口の中からもっと体の深いところへと収斂していった。


「あっ、お入り…ください…私の中に…あっ、あっ…また何でも、させて頂きますから…」


 その光景に母衣炉は背筋を凍らせる。姉の体は、もう姉のものではない──神格の、完璧で淫らな舞台装置だ。


 ぽに子がポケットの中から舌打ちする。


「この神格、とんでもない変態じゃねーか。俺とはベクトルが全然違うけどな」


 しばらく俯いていた姉だったが、少し乱れていた呼吸を整えると母衣炉をねっとりとした目線で見据えた。瞳には怪しい金色が戻っていた。


「母衣炉、昨日からずっと、どこ行ってたの?まさか今日はあの目障りな狐は一緒じゃないよね?ダメよ、あんなの連れてきちゃ」


 姉は躊躇なく、母衣炉に近付いてくる。母衣炉は何度もマジェミノに通信やSOSを試みたが、全く通じない。どうすればいい?


 姉の魔の手が迫る中、何か重いものを床に置く音が響いた。


「連れてこなくても、勝手に付いてきちゃうけど?」


「しかも今日は出前サービス付きだ」


 灯莉が振り返る。床に置かれたのは金属製の岡持ちだった。部屋の入り口にはマジェミノと、アルフィスがややカッコつけたようなポーズで立っている。2人が、助けに来てくれたのだ。母衣炉は安堵するとともに、両足の力が抜けて床にぺたんと尻餅をついた。


「狐女…!」


 灯莉は明確にマジェミノのことを敵視していた。2対1の構図でステルヴィアの2人が有利に見えるが、姉は不敵な笑みを浮かべたまま、相対する。何か切り札を隠しているに違いない。それに片腕しかないアルフィスはどんな戦い方をするのだろう。何故か左腕には大きな中華鍋を携えている。それで戦うの?部屋の空気は張り詰め、かつてない激戦を予感させた。


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