第8話 ヴァルクザインス覚醒ーー華炎の英雄
### ニーレンベルギア=オーガスタ#7 / ヴァルクザインス覚醒ーー華炎の英雄
黄金の光が狭間の空を染め上げる中、ヴァルクザインスがアルフィスの手に戻った瞬間、狭間の空気が一変した。黄金光の渦が乱れ、空間そのものが喘ぐような音を立てる。私はポケットに戻ったぽに子を抱きしめ、息を潜めて見守った。
アルフィスは左腕でヴァルクザインスを握りしめ、傷だらけになった義腕でそれを支える。グレイヴの刃が人間世界を守るための位相錯誤遺物、その本来の輝きを放つ。赤毛のツンツンヘアが汗で張り付く中、彼の表情が変わった。底抜けの明るさが消え、代わりにどこか遠くを見ているような、静かな目が宿る。人間としての高みに立つ者の、孤独で澄んだ視線――これが伝説の英雄Mr.ファーレンハイトの真の顔なのだろう。
マジェミノは膝をついたまま、狐面の下で苦痛に顔を歪めているようだった。
「アルフがあのモードに入ったのなら、もう大丈夫」
彼女の声が弱々しく、血液のコストが体を蝕んでいるのが明らかだった。紅蓮獅子を構えて臨戦態勢を装ってはいるが、力は尽きかけている。
姉――宵沢灯莉の重祓状態が、再び黄金光を呼び起こす。彼女の体が反り上がり、直立不動になり、虚ろな目がアルフィスを捉える。
「私のヴァルクザインス…だったのに。どれだけ愛情を注いだと思ってるの? 許さないわ……」
無機質な声が狭間に響き渡る。黄金の触手が再び無数に生え、空間を埋め尽くす。欲望の象徴である光が、姉の歪んだ愛を増幅させる。触手はアルフィスの体にも絡みつくが、彼は微動だにしない。私は自分の周囲には触手が寄ってこないことに気づいた。近づく触手はあれども、自分の半径2メートル以内に入ると、ビクッと反応してUターンしていった。
アルフィスはヴァルクザインスを構え、ゆっくりと歩み始める。黄金の触手が彼を襲う。無数の光の鞭が体を打ち、絡みつき、引き裂こうとする。だが、彼は止まらない。触手が義腕を叩き、左腕を締め上げ、胸を貫こうとするたび、ヴァルクザインスの刃が淡く輝き、黄金光を弾く。光が触れるたび、わずかな火花が散るが、アルフィスの体は揺るがない。表情は変わらない。遠くを見据えたまま、孤独な視線が姉を捉える。触手が体を覆い尽くすほどに激しくなるが、彼の足取りは静かで確実だ。まるで嵐の中を歩く巨人のように、黄金光をものともせず、間合いを詰めていく。
姉の虚ろな目がわずかに動揺を帯びる。黄金光がさらに増幅し、触手が狂ったように襲いかかる。空間が歪み、狭間の風が咆哮する。だが、アルフィスは止まらない。ヴァルクザインスが黄金の攻撃を弾くたび、淡い光が彼の周囲に広がる。あの輝きこそが、黄金光を拒絶している証だった。彼はただ歩む。人間の高みに立つ者の矜持が、すべてを凌駕する。
ついに、間合いに入った。
アルフィスは静かに、しかし確かな声で呟く。
「……銘定・華炎」
銘定むるところの奥義
魂を刻み、位相を定め
華やかなる炎は、ただ一閃
灼熱の花弁が散る前に
すべてを灰に帰す
母衣炉の心に剣の声が響く。ヴァルクザインスの刃が赤く輝き、華やかな炎が咲き乱れる。派手なエフェクトはなく、ただ純粋な炎が空間を切り裂く。それは焦土を焼き尽くす野火ではなく、静かに咲き誇る華の炎――人間の信念が凝縮された、シンプルで絶対的な一撃だった。
銘定がヒットした瞬間、重祓の神格が悲鳴を上げる。
「んあああああああああああああああああっ!!」
姉の体が激しく身悶え、絶叫が狭間に轟く。乳房が黄金の残光に照らされて激しく波打ち、太ももが内側から熱を帯びるように内ももが擦れ合い、肢体全体が甘く痙攣する。虚ろな目が一瞬焦点を失い、唇から湿った吐息が漏れ、神格の快楽錯覚が浄化の痛みと混じり、姉の体を震わせる。黄金の触手が浄化されるように蒸発し、姉の体が大きく後退、黄金光が散り散りになる。
銘定の効果なのだろうか。周囲の空間が浄化されていく。狭間全体が清浄な空気に包まれ、上位世界の干渉が完全に遮断される。神格の気配が薄れ、聖域のような静けさが広がった。黄金光の残滓が消え、狭間の空気が新鮮に変わっていくのを感じ、私は胸の奥から湧き上がる安堵を覚え、思わず呟いていた。
「この場所は……もう大丈夫」
なぜ自分がそう思ったのか、わからない。ただ、心の底から確信が湧いた。戸惑っていると、ポケットの中でぽに子が小さな声で説明を始めた。
「……バカ。あの触手がアンタに近づけなかったでしょ? 半径2メートルくらいの範囲で、ビクッて跳ね返っていったでしょ。あれ、心機愛擁ってスキルよ。アンタが無自覚に持ってる、神格の精神操作や憑依を完全無効化する力。まだ弱いけど、成長の兆しで範囲守護が出てるんだから。……べ、別に褒めてるわけじゃないんだからね!」
私は驚いてポケットを見下ろす。ぽに子の赤い瞳が、私を睨んでいるようだった。心機愛擁……何度も耳にしている言葉だが初めて実感が湧いた気がする。この胸の奥が温かくなる感じを覚えておこう。ぽに子のツンデレな毒舌が、静かに響く。
アルフィスの目は、なお遠くを見ていた。高みに立つ者の孤独――数多の戦いを経て、失ったものと守ったものを思い浮かべているかのように。華炎の英雄の名は、きっとただの炎を指すのではなく、人間としての矜持が花開く瞬間を意味している。
アルフィスが勝利した。姉の目が一瞬正常に戻り、「母衣炉…?」と呟く。妹への愛が、歪んだ欲望の膜を突き破る一瞬の輝きだった。だが、バラバラに散った黄金光が一筋、針のように鋭く凝縮し、姉の耳から脳へと滑り込む。目が再び虚ろに染まり、黄金の余韻が姉の肢体を甘く震わせる。再び姉の意識に介入完了したようだった。
しかし、次の瞬間、マジェミノが限界を迎えた。
「ごめん……これ以上……無理……」
彼女の体が倒れ、狐面が地面に落ちる。失血による意識喪失。狭間の維持コストが払えなくなり、異空間が崩壊を始める。時間差が乱れ、狭間全体が揺らぎ、人間世界への出口が強制的に開く。
私たちは渦に飲み込まれるように人間世界――母衣炉の自宅自室に戻ってきた。ぽに子がポケットの中で呟く。
「きゅ、急なんだから」
アルフィスはヴァルクザインスを握りしめたまま、片膝をついていた。俯き、息を切らす。あの強大な力…銘定の奥義は相当なエネルギーを消費するに違いない。マジェミノは意識を失ったまま、私の傍らに倒れ込んでいる。
部屋の空気が、清浄だった。黄金光の残滓は一切なく、まるで聖域のように穏やかだ。アルフィスがゆっくり顔を上げ、苦笑交じりに言う。
「……銘定の浄化は、狭間だけじゃ終わらねえ。ここ――お前の家と同じ座標の上位世界の部屋も、一緒に浄化されたはずだ。滝山公園の建物も、昔俺がやったときみたいに……もう侵略されねえ、人間側の砦だ」
彼の声は疲れていたが、どこか優しい。遠くを見る目が、私たちに向けられる。
「姉ちゃんは逃げたけど……ここは守れた。次は、もっと強くなって迎え撃とうぜ」
ぽに子がポケットから顔を出し、「ふん、当たり前でしょ。次は私がもっと活躍するんだから!」と毒舌を吐く。マジェミノの指がわずかに動き、意識が戻りかけている。
姉の狂気はまだ続く。でも、この家は守られた。心機愛擁の温かさが、私の胸に残る。アルフィスの言葉が、希望を灯す。ここは不可侵の砦。次なる戦いへ、私たちは進むだろう。きっと、勝てる。




