第41話 中毒者のデータ
「色々な薬を使って中和することで症状を緩和していく予定ですけど、何か質問は?」
「あいつは元通りになるのか?」
「十中八九は大丈夫かなと思いますけど」
リカが自然体で答えた。
嘘を言うようなやつじゃない。だとすれば事実だろう。
「パイロキネシスでしたっけ。能力の影響で熱には耐性があるからかそれほど重症化してないですし。あそこまで弱ったのは単に脱水とまともに食事をしてなかったせいですよ」
「そうか……よかった」
「少しの間後遺症は残るでしょうけど、それで済んでラッキーですね。そうじゃなかったらもっと酷いことになってましたよ。植物人間状態とか、ね」
「怖いことを言わないでくれ」
橘内は結局能力によって最悪の危機には陥らなかったようだ。
ある意味皮肉かもしれないな。
妹には遅くなるとは言ったが、今日は帰れないかもしれない。
連絡しようと思ったが、携帯端末も預けていた。
「ちょっと電話できないか?」
「いいですよ。不便にさせちゃって申し訳ないですけど、決められたスタッフ以外を入れるにはちょっと面倒な手順があるから我慢してください」
「分かってる。写真一枚とって公開するだけで多分俺が考えるよりずっと大事になるんだろ」
「そういうことです」
リカに電話を借りて妹に連絡する。
クラスメイトの入院の付き添いということにした。
嘘も方便だ。詳しいことは言えないのでこの方が良いだろう。
人が良いんだから、とため息交じりに言われて納得はしてくれた。
心配をさせてしまったな。
「ありがとう。橘内のことも。正直どうすればいいか分からなかったんだ」
「いえいえ。先生のお役に立てるならどこにでも行きますよ」
「二人とも仲が良いんだね」
「ええ。とっても」
リカとは不思議と馬が合うんだよな。
初めて会った時は氷のように冷たい女だと思ったのだが、打ち解けてみるとなんとも愉快な部分がある才女だったというわけだ。
「あの人が心配なら泊まっていきます? 今セットしてる点滴を打ち終わったら成分が抜けてかなり良くなると思いますよ。そうしたらデータを回収して自宅療養も可能でしょう。そういえば先生、スキルブーストの入れ物はどうしてます?」
「そのままにしてたはずだ」
「なら捨てておいてください。ジズはスキルブーストに対して潰す姿勢をとってますし、それは私にはどうにもできません。今回受け入れたのも中毒症状になった患者のデータを回収するという名目で通してますから」
そのデータをまたスキルブーストに対するネガティブキャンペーンに使用するというわけか。
橘内の名前は出さないだろうが……それくらいは仕方ない。
「必ず処分しておく」
「はい。できれば出処まで知りたいところではありますが、無理は言いません。反社会的な勢力が関わっていたら危ないですからね」
「橘内にそんな付き合いはなかったと思う」
「おやおや、あの人のことを全部知っているとでも? それは傲慢というものですよ、先生。婚約した夫婦でさえ、隠し事が多い世の中なんですから」
リカに諭されてしまった。
たしかにどこまで知ってるんだと聞かれたら教室内の彼女しか知らない。
能力に関して悩んでいるなんて全く思わなかったし、そんなことを言う資格はないな。
姫川も自宅に連絡したようだ。
仮眠室を使わせてもらい、寝る。
リカはそのまま作業を続けるみたいだ。
仮眠室で目を覚ます。
窓がないので時計を見ると、朝の五時を過ぎた時間でまだ早朝だった。
疲れていたので寝入りは良かったのだが、その分目が覚めるのが早かったか。
洗面所に行き顔を洗う。
通路はこんな時間でも明るく、研究は日夜続いているようだ。
一体何をしているのか気にならないと言えば嘘になる。
だが、触らぬ神に祟りなし。大企業の表にしていない部分なんて知らない方がいい。
橘内の様子を見ようとリカのいた部屋に移動する。
スタッフはおらず、リカだけが橘内の近くで計器を確認していた。
「寝てないのか?」
「一徹くらい平気。おはよ、先生。よく眠れた?」
「ああ。しっかり寝たよ。悪いな俺たちだけ」
「いいよ。これが私の仕事みたいなもんだし。遊んでる方が楽しいけど、遊んでばかりだと後々困るから」
「そうか。橘内の様子は?」
「順調だよ。薬の影響で深い眠りについてるけど顔色も良くなってきた」
橘内の様子を見ると、リカの言う通り生気が戻ってきていた。
一日でかなり回復したのではないだろうか。
「熱ももう引いたし、後はたくさん食べてたくさん水分をとればすぐに日常生活に復帰できると思う。望み通り病院に行かずに済むし」
「迷惑かけて悪い」
「ほんとだよー。と言いたいけど、今回に限っては私にとっては悪くない結果だよ。先生がサンプルを見つけてきてくれたから私の影響力も強くなったし。それに病院に連れて行かなくて正解だったね」
「どういうことだ?」
「普通の病院の設備じゃこう上手くはいかなかったってこと。下手すると重い後遺症が残ったかもね。スキルブーストの材料だって知らないだろうし」
結果的に良かった……のだろうか。
俺には分からない。
ただ橘内がまた元気になってくれればそれ以上は望まないことにした。
世の中には考えても仕方ないことが多すぎるのだ。
「あーお腹空いた。先生もですよね」
「そうだな。あれから何も食べてないし」
「こっちに自販機があるんで」
リカに連れられて休憩室に移動すると、そこにはスナック菓子や簡単な料理が食べられる自販機が備え付けられていた。
カップラーメンもあるようだ。
ハンバーガーのボタンを押すと、熱々のものが出てきた。
料金はいらないようだ。
リカはうどんを選択していた。
椅子に座って黙々と食べる。
空腹だからか美味しく感じた。
姫川にもここのことを教えよう。
リカが食べ終わると、ゴミ箱に容器を捨てる。
「昼頃には戻れる手配をしておくんで、二度寝してきていいですよ。先生がいるのは嬉しいけど、特に手伝ってもらうことはないんで」
暗に邪魔と言われているのは分かった。
リカはともかく他の人は知り合いでもないし、いるだけで邪魔なんだろう。
大人しく待っていた方がよさそうだ。
仮眠室に戻る。
姫川はぐっすり寝ていた。
ただ寝相が悪く、毛布を落として衣類も乱れていた。
毛布を拾い、掛けなおしてやる。
昔は一緒に昼寝したこともあったな。
それから俺ももう一度寝ることにした。




