第35話 ご機嫌とり
妹の機嫌をとるため、帰りに有名なスイーツ店で行列に並んで人気のクレープケーキをホールで購入した。
前もこうやって機嫌をとった気がする。
なんだかんだでこれが一番効果があるのでつい頼ってしまう。
それに兄妹揃って甘党なのでホール一個くらい食べきれる。
思っていたよりリカのところで長居していたようだ。
もう太陽が沈み始め、薄っすら暗くなり始めている。
リカにからかわれたことを思い出す。
風呂上がりで薄着だった。近くにいるだけでいい匂いがして、理性を保つのに苦労したものだ。
全く心臓に悪い。前々からスキンシップなどで惑わしてきたが今日は特に強烈だった。
こっちが男だということを忘れているんじゃないだろうな。
まあ実力勝負になったらリカの勝ちだ。
いざとなっても安全だからこそ、か。
やがて家に到着したら鍵を鍵穴に差し込み、ドアを開けた。
ふわっと味噌汁の匂いが鼻をくすぐる。
どうやら妹が夕食の用意をしてくれていたらしい。
「お帰りなさい、兄さん。遅くなるなら連絡くださいよ。心配するじゃないですか」
「悪い、知り合いのところに行ってたら長居して連絡を忘れてた」
謝りながらケーキの入った箱を掲げると、追求しようとしていた妹の鋭い目つきが緩まる。
効果はあったようだ。
「帰りに買ってきたんだ。夕食の後に一緒に食べよう」
「もう、兄さんはまた無駄遣いして……。買ってきたものは仕方ありません。私も食べます。そろそろ用意ができるから、それは冷蔵庫にしまってください」
「分かった」
追及は終わり、妹は夕食の準備に戻る。
顔を見れば機嫌が良いのは一目瞭然だ。
しめしめ。詳しく聞かれたらどう答えようか困ったが、これで有耶無耶だ。
スキルブーストを探していた間は非日常という感じがして楽しかったが、本来は関わるべきものではない。
リカに任せておけば企業がなんとかするだろう。
妹と俺が平穏に暮らせればそれが一番なんだ。
「できました。兄さん、お皿をテーブルに運んでください」
「任せろ」
妹が作ってくれた夕食を運ぶ。
メニューはご飯に豆腐とネギの味噌汁。
おかずは豚肉の生姜炒めだ。千切りキャベツも一緒になっていた。
箸休めにらっきょうが小皿に盛られてある。
「いただきます」
二人で手を合わせて食べはじめた。
料理は家事の分担的に俺がやることが多いが、妹もちゃんと作れる。
こうして休みに帰りが遅くなると準備してくれるのだ。
本当によくできた妹だと思う。
成績も良いし、どこに出しても恥ずかしくない。
夕食を食べ終わり、クレープケーキをカットしてお皿にワンピースずつ乗せる。
とても甘くて美味しかった。
皿洗いは俺がやる。
妹は携帯端末をいじりながらテレビを観ていた。
ニュース番組に切り替わると、スキルブーストの話が出てくる。
もうニュースに取り上げられるほどの騒ぎになっていたのか。
学校内だけの噂話が始まりだったのに。
こうなると企業が動き出すのも当然か。
彼らは統制を乱すものを許さない。
それが可能性にすぎないとしても、だ。
なんにせよ、リカに渡したサンプルが解析されたら上手く報道して沈静化していくことに期待しよう。
「これ、うちの学校でも噂で持ちきりだよ」
「そんな便利なものあるわけないだろ。姫川の能力向上はめちゃくちゃレアな能力なんだぞ。それを薬で代用なんて信じられないな」
「そっか。姫川姉さんの能力と似たような効果なんだ。なら皆必死に探すのも分かる気がするかな」
妹は姫川のことを姉さんと呼ぶ。
昔は本当の姉妹のように懐いていた。
今は少し疎遠になったが、慕う気持ちは変わらないらしい。
「そんか噂に踊らされて怪しい場所に行ったりしちゃダメだぞ。不良や悪い連中はそういうのを利用するんだ」
警備などの経験からそういう連中の手口はよくわかっている。
無理矢理連れ込まれた女の子を助けたこともある。
妹がそんな目にあって欲しくはない。
もしそうなったらどんな手を使ってでも助け出すつもりだが……。
そんな機会はないことを祈る。
「分かってますよ、心配性なんですから。一部の人は目の色を変えて探してますが、私はそういうのには興味ありませんので。小遣いくらいなら今でも十分稼げますから」
妹はフォークでカットしたケーキを頬張ると嬉しそうな顔をする。
早くいつもの日常に戻ればいいのだが。
それから数日後、三大企業の一つであるジズがスキルブーストに対して声明を発表した。
ジズほどの企業が動き出すということは本当に実在するんだという声が大きかったが、声明の内容は熱狂に冷や水を浴びせるに足るものだ。
解析した結果、その中身は粗雑なサプリメントに近い。神経系に作用する薬物も混入されており、幻覚作用をもたらすとあった。
つまり、能力が強くなった気がするというものだ。実際に強化されるわけではない。
一部の能力者がたまたま薬物が作用して効果がある場合もあるが、稀なケースだと付け加えられた。
大量に服用した場合後遺症が発生する恐れがあり、心当たりがあるなら病院に相談することと告げて声明は終わった。
当然ながらネットの掲示板はお祭り騒ぎだ。
スキルブーストは本当にあっただの、ジズの声明は事実かだの。
中には陰謀論を叫ぶ者もいたが、明確に企業群への反抗と判断されると削除されてアカウントがBANされる。
場合によっては捕まるだろう。
ここでは企業こそが法律なのだ。
三大企業の一角であるジズがああ言った以上は、ジズを恐れる人はもうスキルブーストを探そうとはしないだろう。
これで次第に下火になる。
かなり強引ではあるが、効果のあるやり方だ。
リカは凄いコネがあるんだな……




