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もふもふを誤解する者たち

「これは困りましたね……」

魔王城地下の大図書館。私は埃を被った古文書を前に頭を抱えていた。『究極のもふもふ術』に関する記述はあるものの、肝心な部分が虫食いで読めないのだ。


「魔王様」ガーゴイルが恐る恐る声をかけてくる。「そろそろ会議のお時間ですが……」


「後にせよ」私は手を振って追い払う。「この術式が完成しなければ全てが無駄だ」


数千年の時を超えた叡智を持つ私ですら難解な理論。それを解き明かすべく日夜研究に明け暮れているというのに、なぜこんな時に限って……!


苛立ち紛れに壁を殴ると、古い書架がぐらりと揺れた。床に落ちてきた巻物を拾い上げ、何気なく目を通す。


「何だこれは……」


それは古代の魔獣図鑑だった。ページをめくると様々な生物の挿絵とともに解説が記されている。そして最後の項にあったのは……


「レッサーパンダ……だと?」


信じられない偶然だ。よりにもよって勇者と同じ種族の詳細がここに記されているとは。


慎重に読み進めると衝撃的な事実が明らかになった。レッサーパンダは元々かわいさを秘めており、ある条件下では爆発的な力を発揮するという特性を持っているというのだ。


「条件とは……」


次のページを捲ると、そこには見慣れた文字列が。そう、私が今解読しようとしていた術式の核心部分と一致していた。


「これが……答えか」

全身に鳥肌が立つのを感じる。長年の謎が氷解する瞬間とはこのことか。


「ガーゴイル!」私は大声で呼ぶ。「至急全軍に通達せよ!作戦を修正する!」


「はっ!」

扉の向こうでガーゴイルが畏まった声で応える。


「そして……」私は窓辺に歩み寄り、遠くの地平線を見つめる。「勇者への『祝福』の準備を整えよ」


夕陽に染まる空を見上げながら、私は久しぶりに心躍る思いだった。ついに全てが繋がったのだ。もふもふを広めるのは単なる前哨戦に過ぎなかった。真の狙いは……


「勇者よ、今度こそ存分にもふらせてもらうぞ」

私の唇から漏れる笑みは、これまでの人生で最も邪悪なものだっただろう。


遠くで雷鳴が轟いた。魔王軍復活の兆しは今や誰の目にも明らかであろう。だがこの国の人々は勇者の成長に夢中でそれさえも見過ごしている。


愚かな人間どもめ。


私はこの「もふもふ革命」を完璧に仕上げるのだ。そして最後に残るのは、もふもふだけの理想郷……


---


「それじゃあ、みんな」勇者は集まった人々に向かって微笑む。「少しだけ……我慢してほしいんだ」


広場には王侯貴族から一般市民まで千人を超える群衆が集まっていた。彼らの表情は期待と不安が入り混じり、その中心には特注のリフトに乗せられた勇者の姿があった。


「勇者様!どこへ行くのですか?」

姫様の声が震えている。彼女は勇者の足元で泣きそうな表情を浮かべている。

「ちょっと……訓練のために」勇者は申し訳なさそうに言った。

「でも……」

「大丈夫」勇者は小さな前足を伸ばし、姫様の頭を撫でる。「必ず戻ってくるよ。約束する」


姫様は嗚咽を堪えながら頷く。「待っています……ずっと」


兵士たちがリフトをゆっくりと上昇させる。勇者の姿が人々の視界から徐々に遠ざかっていく。「勇者様!」「頑張ってー!」「帰ってきてねー!」などと口々に叫ぶ群衆。その声には深い愛情と一抹の寂しさが滲んでいた。


「さて」ゴドフが双眼鏡で様子を伺いながら呟く。「ここからが正念場だな」


彼の隣でセレスティアは拳を握り締める。「アルフレッドさんの尽力でここまで漕ぎつけましたが……」

「油断は禁物だ」ゴドフが首肯する。「あの甘ったれたちの反応次第では……」


城壁の上では既に動きがあった。数十人の騎士が集合し、何やら相談している様子だ。


「おい見ろ」ゴドフが指差す。「第三騎士団が動いたぞ」

「まさか……」セレスティアの顔色が変わる。

「勇者様追跡隊だな」ゴドフは肩をすくめる。「予想通りの展開だ」


地上では姫様が号令を発していた。「皆さん!私たちはここで勇者様のお帰りを待ちますわ!その間……」


「その間?」

「最大限のもふもふを受け入れる準備をいたしましょう!」


群衆から歓声が上がる。一方で王様と王妃は困惑した表情で互いを見つめ合っている。


「これで良かったのかしら……」王妃がため息をつく。

「勇者殿の決意を尊重しよう」王様は妻の肩に手を置く。「ただし……」


「ただし?」

「もし勇者殿のもふもふに何かあれば即座に対応できるよう準備しておくべきだな」


二人は頷き合い、密かに側近を呼び寄せた。その指示が何なのかは定かではないが、少なくとも今後起こり得る混乱に備えるつもりのようだ。


リフトが城門を超え、勇者を乗せた籠は林の中に降ろされた。そこにはすでにアルフレッドの姿があった。彼は装備を整え、真剣な面持ちで勇者を迎える。


「待ってたぜ」

「アルフレッド……」

「さあ行くぞ。約束の地へ」


勇者は深く息を吸い込み、決意を新たにする。「うん。強くなって帰ってくるよ」


その背後では、すでに第一波の追跡隊が動き始めていた。彼らの目的はただ一つ—勇者様を再び「幸せな檻」に閉じ込めることだった。


雲行きが怪しくなってきた空の下、歴史は新たな局面を迎えようとしていた。




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