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精霊のもふもふ

「これからも精進するぞ~!」と吠えながらボクは伸びをした。だけど心のどこかで引っかかるものがあった。代償を受け入れたとはいえ、この"可愛さ"はどんどん増しているような気がする。


「ねえ、みんな」洞窟の入り口で立ち止まり、ボクは振り返った。「次の街についたら、鏡で確認したいことがあるんだ」


四人は顔を見合わせて頷いた。特にセレスティアの眼差しが心配そうだった。


「わかった。すぐ近くに村があるわ。休憩しながら様子をみましょう」


***


村に着くと、住民たちは異様な光景に目を丸くした。鎧姿の剣士とドワーフ、弓使いに商人を従えた……レッサーパンダが堂々と歩いているのだ。


「あの……宿屋はどちらでしょうか?」アルフレッドが丁寧に尋ねる。


「あっちだよ、兄ちゃん」老人が指差すが、その視線はボクにくぎ付けだった。「珍しいペットだねぇ。名前は?」


「私は楓っていうんです」ボクは胸を張って答える。


「カワイイねぇ~!」老人は目尻を下げて笑った。「泊まり客か?ウチの宿は安くておいしい料理を出すよ!」


一行は暖かい歓迎を受けて宿に入った。部屋に入ると、ボクはすぐに壁掛けの姿見の前に駆け寄った。自分の姿を映し出す。


「うわ……やっぱり」


鏡の中にいたのは、ふわふわの毛並みにさらに磨きがかかり、目は星のように輝く、まさに究極の可愛さを湛えたレッサーパンダだった。しかも首筋には小さな蝶ネクタイのような模様まで浮かび上がっている。


「代償、完全に進行してるよね……」


セレスティアが苦笑した。「まあ、敵を魅了するのは有効な能力だけど」


「でも味方も巻き込むのが問題なんだよね」ゴドフが腕を組む。「さっきもみんなハート目になってたし」



「そうだ、その笛を試してみないか?」

アルフレッドが提案してきた。

「『魅了抑制の笛』ね」ボクは首に提げていた笛を取り出した。「吹けばスキルを抑えられるはずだけど……」


試しに吹いてみると、澄んだ音色が部屋に響いた。途端に自分の中で何かが収まっていく感覚があった。


「どう?」ボクは皆に訊ねた。


「あれ?」リリアナが目を瞬かせる。「なんか……いつもの楓くんに戻った感じ?」


「確かに」セレスティアが頷く。「あの圧倒的な可愛さオーラが弱まったわ」


「ふむ」ゴドフがボクの頭をポンと叩く。「ちょうど良い具合だな。普通のレッサーパンダ以上にはかわいいが、耐えられないほどではない」


ボクはほっと胸を撫で下ろした。これなら仲間との絆を保ったまま戦えるかもしれない。


「明日からの旅でどの程度効果が持続するか実験しましょう」アルフレッドが鞄からメモ帳を取り出す。「記録しておけば対策も練れますから」


***


翌朝、朝食の席で事件が起きた。宿の娘さんが皿を持ってきた瞬間—


「きゃーかわいいー♡」


彼女の目がハートになったのだ。慌てて笛を吹いたが、遅かった。彼女はボクを抱き上げ、頬擦りしてくる。


「だめだめー!」リリアナが引き剥がす。「この子は大切な勇者なの!」


娘さんは我に返り、顔を真っ赤にして謝罪した。食事後に会計を済ませると、彼女はこっそり包みを渡してきた。


「これ……お詫びに。村で評判の飴です。食べてね!」


包みを開くと、色とりどりの丸い飴が入っていた。ボクが一つ舐めると甘酸っぱい果実の香りが口いっぱいに広がる。


「おいしー!」思わず声が出た。


それだけで周りの空気が和らいだ気がした。


「なるほど」セレスティアが観察する。「甘いものを摂取すると魅力度が上昇するのかしら?」


「逆に酸っぱい食べ物はどうかな?」アルフレッドが提案する。


試しに酢漬け野菜を一口食べると—


「ぴー!」思わず鳴き声が出た。毛が少し逆立ち、可愛さオーラが減衰したような……


「データとしては微妙ね」リリアナが首を傾げる。「他にも影響要因がありそう」


「とにかく」セレスティアが話をまとめる。「笛の効果は確かにある。でも常時吹くわけにもいかない。使いどころを考えないとね」


宿を出る時、娘さんから手を振られた。彼女の表情には恋しさが滲んでいた。


「行ってしまうのね……」


「ごめんなさい」ボクは尻尾を振った。「また会うことがあったらね」


「きっと来るわ!だって貴方は勇者様ですから!」


---


街道を進むうち、ボクたちの噂が先に伝わっているらしかった。次に立ち寄った町では門番が待ち構えていた。


「話は聞きました!レッサーパンダの勇者様ですね!?」

若い門兵が嬉しそうに敬礼する。その後ろで年配の兵士が咳払いした。

「我々としても歓迎しますが……」年配の兵士が言い淀む。


町に到着すると、年配の兵士が警戒心を示した理由がすぐに明らかになった。


「最近、郊外でコボルトの一団が悪さをしているんだ」兵士が低い声で説明する。「人間の子どもくらいの大きさで、見た目は犬みたいな……まぁ……」彼は言いよどんだ。「とにかくかわいらしい奴らさ」


「かわいい?」アルフレッドが首を傾げる。


「ああ。最初は子供たちが遊んでると思ったよ。でも次第に家畜を盗んだり、農作物を荒らすようになった。町長からの依頼で討伐隊を派遣したんだが……」


「効果がなかった?」セレスティアが鋭く問い詰める。


兵士は深いため息をついた。「全滅した。あの……見た目のせいだ。誰も本気で攻撃できなかったんだ」


話を聞きながらボクは胸がざわついていた。(かわいいコボルト……ボクと同じだ)


「わかりました」セレスティアが決意を固める。「私たちが引き受けましょう。依頼書をいただけますか?」


---


町長の館で詳しい情報を得た後、ボクたちはコボルトが出没するという森の縁へと向かった。笛はすでに吹いてあり、通常の可愛さレベルは抑えられているはずだが……


「見つけたぞ!」ゴドフが小声で警告する。


茂みの中からひょっこりと現れたのは、確かに犬のような顔をした小柄な生き物だった。耳は長く垂れ下がり、大きな目はクリクリとしている。茶色と白の毛皮は綿菓子のようにふわふわで、首には青いバンダナを巻いていた。


「キューン♪」コボルトがボクを見て嬉しそうに尻尾を振る。


「うっ……」


思わず戦意が萎えてしまう。敵意は全く感じられない。むしろ友好的だ。


「おい、あれだけじゃない!」アルフレッドが指差す。


周囲から同じような見た目のコボルトたちが姿を現した。総勢六匹。全員が尻尾を振りながら近づいてくる。


「ピキューン♪」「クゥーン♡」


「まずいわ……」セレスティアが剣に手をかけるも躊躇している。「あまりにも……」


ゴドフが低く唸る。「殺せん……こんな可愛いの」


コボルトたちがボクの周りに集まり始めた。彼らはボクを撫でようと前足を伸ばす。まるで公園で出会った子どもたちのようだ。


「どうすればいいの……?」リリアナが弓を下ろす。


その時、突然コボルトの一匹がボクのポケットに鼻を突っ込んできた。例のお土産の飴が取り出される。


「ダメェェ!」慌てて制止するも間に合わず。


コボルトが飴を一口舐めた瞬間—


「キュウウウン!!」突然の悲鳴。


他のコボルトたちも次々と飴に飛びつき、全員が悶え苦しみ始める。


「あれは……毒!?」セレスティアが目を疑う。


違う。コボルトたちの毛並みが変わり始めている。ふわふわだった毛がツヤツヤに輝き、目に星のような煌めきが宿り始めた。


「まさか……」ボクは閃いた。「あの飴には私の可愛さが移っていたんだ!」


「なるほど」アルフレッドが頷く。「だから甘いものを食べたボクの可愛さが爆発的に上昇する。それが飴に移っていたんですね」


コボルトたちが次々と変身していく。ただの可愛い生き物から、「魅了の存在」へと変わっていく。最後の一匹が飴を噛み砕いた瞬間、全員が完璧な姿に進化した。


「ピキュー♡」「クキューン♡」


ボクとコボルトたちの間に不思議な絆が生まれる。言葉は交わせずとも理解できる。「仲間」だと。


「どうやら平和的な解決策を見つけたようです」アルフレッドが微笑む。「飴を通じて共鳴し合っている」


セレスティアは驚きながらも納得したように頷いた。「これなら傷つけずに済みますね」


しかし新たな問題が発生していた。可愛さの共鳴により、コボルトたちも人々を魅了するようになってしまったのだ。このまま放っておくわけにはいかない。


「一緒に町へ連れて行こう」ボクは決意する。「彼らにも居場所が必要だよ」


---


町に戻ると大騒ぎとなった。かわいいコボルトたちが行列のようについてくる姿は圧巻で、見物人たちが次々と魅了されていく。


「困ったな……」セレスティアが考え込む。


「そういえば」リリアナが閃いた。「前にボクが酸っぱいものを食べたら一時的に可愛さが減退したわよね?」


「それを試してみましょう」アルフレッドが提案する。


町の食堂で大量の酢漬け野菜を用意してもらった。ボクとコボルトたちに少しずつ与えていくと—


「ぺっ!」「きゅー!」


全員が嫌な顔をして毛並みが少し縮んだ。可愛さオーラが半減したのだ。


「これは使えるわ!」リリアナが喜ぶ。


酢漬け野菜を持参することを条件に、コボルトたちは町で保護されることになった。畑仕事や警備の助手として働くことに同意したのだ。


町長は最初こそ驚いたものの、コボルトたちの働きぶりを見て安心した。「まさかこんな平和的な解決策があったとは」


別れ際、一番人懐っこいコボルトがボクに近づいてきた。彼のバンダナは今や緑色になっている。


「キューン♡」


彼が差し出したのは小さな木の笛だった。ボクの笛と良く似ているが、こちらは茶色で木目が美しい。


「これは……」ボクが受け取るとコボルトは満足げに頷いた。


「友情の証ですね」アルフレッドが通訳するように言う。


コボルトたちは行進を始め、ボクたちに手を振った。これからは酢漬け野菜を定期的に届ける約束をし、ボクたちは次の目的地へと歩き出す。


「また会えるよね」ボクは振り返りながら呟いた。


仲間たちは微笑みながら頷く。可愛さという特質を分かち合うことで生まれた不思議な友情。それは冒険の新たな彩りとなるだろう。


---


街道を行くうちに日が傾きはじめた。笛の効果が切れる時間だ。ボクはそっと新しい笛を取り出してみた。茶色の小さな木片に刻まれた模様が優しく輝いている。


「ねえ、これを吹いてみてもいい?」ボクは仲間に問う。


「試してみましょう」セレスティアが答える。「何が起きるか観察しますから」


恐る恐る笛を口に当てて吹くと、澄んだ音ではなく、穏やかな風のような音色が流れ出した。同時に体の中から温かいものが湧き上がる感覚があった。


「何だろう……」ボクは目を閉じる。


仲間たちの反応が変わったことに気づいたのはそのときだった。


「楓さん……」リリアナが震える声で言う。「なんて……凛々しいの」


目を開けると、三人の表情が一変していた。魅了というより、畏怖に近い尊敬の眼差し。ゴドフに至っては跪きそうな勢いだ。


「これは……」アルフレッドが目を見開く。「可愛さだけでなく、品格のようなものを感じます」


「つまり……」セレスティアが結論付ける。「可愛さの上位互換。慈愛と言った方が近いかもしれません」


ボクは自分の変化に驚いた。確かに内面から清浄な力が溢れてくる。怒りや憎しみといった負の感情が洗い流されていくようだ。


「でも……」ボクは少し不安になる。「みんなを遠ざけちゃったみたい」


仲間たちが慌てて否定する中、ゴドフが一歩前に出た。「違うぞ、楓よ。これは親しみを超えた……敬愛というものだ」


夕陽が山陰に沈む中、一行は静かに歩を進めた。可愛さの力を自在に操る術を得たボクにとって、これからの旅は更なる可能性に満ちている。


「ありがとう、みんな」ボクは心から言った。「これからも精進するぞ!」


ふと見上げると、空に三日月がかかっていた。まるで新しい笛を祝福するように、優しい光を地上に注いでいる。


次の町までの道のりはまだ長い。けれど今日という一日を終える頃には、ボクたちは確かな成長を感じていた。小さくてかわいいレッサーパンダ勇者の物語は、ここから新たな章を刻むことになるだろう。


「ところで」アルフレッドが不意に笑みを浮かべる。「この笛、私にも吹かせてもらえませんか?どんな音がするのか興味があって」


ボクは一瞬考え、笑顔で頷いた。「もちろん!でも予想外のことが起きるかもしれないから注意してね」


アルフレッドが笛を口に当てる。皆が見守る中、彼は慎重に息を吹き込んだ。


「ぷー……」


しかし、何も起こらない。アルフレッドは首を傾げる。「おかしいな……楓さんが吹くと素晴らしい効果があるのに」


「試しに私もやってみるわ!」リリアナが手を挙げる。


彼女が吹いたときも同様だった。笛からは微かな音が漏れるだけで、特別な変化は何も起きない。


「やっぱり楓専用のアイテムなのね」セレスティアが納得したように言う。「その魅力と才能に呼応しているのよ」


「じゃあ、私が吹いたらどうなるのかしら?」セレスティアが挑戦する。


が、結果は同じだった。


ゴドフが肩をすくめる。「俺はパスだ。金属加工なら得意だが、笛の才能はない」


全員が面白がって順番に試すも、結果は変わらなかった。最後に再びボクが笛を口に当てた時、思い切って今までより強く吹いてみることにした。



「ぷー!」


思い切り息を吹き込んだ瞬間、予想以上の衝撃が体を貫いた。


「ああぁぁぁ!」


全身の毛穴から温かい波動が広がっていく。首から背中にかけて特に強い熱を感じた。思わず尻尾をピンと立てて跳ね上がる。


「楓さん!大丈夫ですか!?」リリアナが駆け寄る。


「ちょっと……変…かも」


言葉通りの「変」が起きていた。見る見るうちに毛が膨らみ始め、本来のふわふわ度を遥かに超えていく。首元の毛が襟巻きのように広がり、全身の毛は空気を含んで倍近く膨らんだ。触れてみると驚くほど柔らかく、まるで雲を撫でているようだ。


「これは……」アルフレッドが目を丸くする。「前回の可愛さ増幅よりさらに……すごい」


「もふもふ……」リリアナが感嘆の声を上げる。「今までのもふもふ指数が100なら、今の楓さんは1000くらいあるわ!」


セレスティアも困惑しながら観察する。「不思議ね。膨らんでいるのに重くないみたい。物理法則を無視しているわ」


「こりゃ……」ゴドフが毛をつまんで試す。「弾力と柔軟性が桁違いだ。防具素材としても優秀かもしれん」


ボク自身も変化に戸惑っていた。動きはいつも通りなのに、ふわふわの毛が空気抵抗で揺れる感触が新鮮だ。歩くたびに背中の毛が波のように揺れ、尻尾を振れば雲が舞うよう。


「試しに……触ってもいい?」リリアナが控えめに聞く。


「いいよ!」


彼女が恐る恐る前脚の毛に触れた瞬間—「きゃっ!気持ち良すぎる〜♡」


その声で我に返った仲間たちが次々と集まってきた。アルフレッドが肩の毛を撫でる。「この感触は……一生離れたくなくなります」


セレスティアが腰の辺りに顔を埋めてきた。「なんて贅沢な安らぎでしょう」


ゴドフは腕を組んで眺めていたが、ついに我慢できなくなったのか、「おぉ……」と低いうなり声とともに背中の毛に顔を埋める。「最高の休息地だ……」


四人がそれぞれ好きな部位に群がる様子は、まるで温泉に浸かる老人たちのようだった。


「待って待って!」ボクは慌てて皆を引き離す。「冒険の途中なんだから!」


「そうでした!」アルフレッドが正気に返る。「失礼しました……でも本当に名残惜しい」


セレスティアが真剣な表情で分析を始めた。「どうやらこの笛には段階的効果があるのね。普通に吹くと慈愛のオーラが出て、強めに吹くと毛が膨張する。もっと強く吹いたら……」


「危険な予感がする」ゴドフが警告する。「あまり無理しないほうがいい」


ボクは頷いた。「でもこの毛並み……どうやって戻すんだろう?」


試しにもう一度軽く吹いてみると—効果が薄れ始め、徐々にもとのふわふわ度に戻っていった。


「調整可能なのね!」リリアナが喜ぶ。「戦闘時には普通の毛並みで機動力アップ、休憩時にはモフモフで疲れを癒す。理想的じゃない!」


「いやいや」アルフレッドが訂正する。「休憩時にモフモフになると全員が集中できなくなる。運用には細心の注意を払いましょう」


「それに」セレスティアが指摘する。「町の人々に見つかったら大騒ぎになるわ。今は隠密行動の時間帯だから良かったけど……」


話しているうちに完全に元の状態に戻った。ボクたちは安堵しながら再び歩き出す。夕暮れの山道は静寂に包まれ、時折鳥のさえずりが響くのみ。


「ところで」アルフレッドが思いついたように言う。「先ほどのモフモフ状態……何か特別な効果はありませんでしたか?単純に触り心地が良いだけではなく」


「そういえば……」ボクは思い返す。「あの時の毛並み……風を捉えるのが上手だった気がする」


「なるほど」セレスティアが頷く。「浮力のような作用ですね。もしかしたら空中での動きに適応する能力かも」


「それなら」ゴドフが地面に枝で図を描き始める。「崖越えや谷越えで有利になるかもしれない。飛行魔法を使えない我々にとっては朗報だ」


皆が真剣に検討していると、突如として森の奥から奇妙な音が聞こえてきた。


「ザワザワ……ヒュウゥゥ……」


「止まってください」アルフレッドが手を上げる。「これは……精霊の呼び声でしょうか?」


確かに聞き慣れない響きだった。風の音かと思えば人の囁きのようで、木々の葉が擦れる音にも似ている。だがどこか違和感がある。自然の音ではなく、意志を持った何かの声だ。


「行ってみましょう」セレスティアが判断する。「この先に精霊の住処があると言われています。危険がないとは限りませんが……」


ボクたちが音の方向へ慎重に進むにつれ、不思議なことに森が拓けていった。木々が自然に左右に避け、月明かりが射し込む小径が現れる。まるで道案内されているかのようだ。


「導かれていますね」リリアナが緊張した声で言う。


さらに進むと、小さな泉が見えてきた。水面は鏡のように静かで、夜空の星々を映し出している。その中央に、ぼんやりとした青白い光が漂っていた。


「あそこよ」セレスティアが指差す。


光は徐々に形を変え、やがて美しい女性の姿となった。透き通るような肌、長い銀髪、そして宙に浮かぶ身体。間違いなく高位の精霊だ。

『旅人よ……』澄んだ声が頭の中に直接響く



精霊からのもふもふしたいというおねだり


精霊は宙に浮いたまま、ゆったりと旋回した。長い銀髪が月光を反射して幻想的に輝く。その瞳は湖水のように澄んでおり、見る者全てを吸い込む力がある。


『旅人よ……遠くから来たのですね。我が領域へようこそ』


澄んだ声が直接頭に響く。威厳ある響きだが、どこか探るような好奇心も感じる。


「ご丁寧にありがとうございます」アルフレッドが一歩前に出て礼をする。「私は魔道士のアルフレッドです。後ろの三人はセレスティア、リリアナ、そして勇者……楓です」


精霊の視線が一行をゆっくりと巡る。そして最後にボクに止まった瞬間—その瞳孔が僅かに拡がったように見えた。


『あ……』


声には明らかな驚きが混じっていた。精霊はしばらく沈黙し、まるで何かを堪えているかのように身体を揺らした。やがて静かに近づいてきた。


『その……珍しい生物ですね。レッサーパンダ……?』


「そうです」セレスティアが説明する。「私たちの仲間なんです」


精霊はなおもボクを見つめ続ける。距離は徐々に縮まり、ついに数歩というところまで接近してきた。その表情には初めて見る感情の動きが見て取れる。冷静さの裏にある好奇心が勝っているようだ。


『不思議な存在です……』精霊の声が少しだけ高くなる。『その……柔らかそうな毛並みが……とても……』


そこで言葉が途切れた。精霊の指先がわずかに震えている。


「どうされましたか?」リリアナが心配そうに尋ねる。


精霊は深呼吸し、少し恥ずかしそうに目を伏せた。


『実は……もふもふしたことがなくて……』


一同が固まる中、アルフレッドが素早くフォローした。「精霊様は実体を持たないため触感を楽しむ機会が少ないのですね」


『その通りです』精霊が頷く。『特にこのような……生命力に満ちた……温もりのある物体と接触するのは初めてなのです』


言葉を選ぶように慎重に話す様子から、精霊の本音が垣間見える。この美しい存在は、ただ単にもふもふに触れてみたいだけなのだ。


「それなら」ボクは思い切って一歩踏み出した。「試してみますか?」


その申し出に精霊の目が輝いた。しかしすぐに冷静さを取り戻し、『そ……それは無礼ではないでしょうか……?』と躊躇う。


「いいですよ!」ボクは元気よく答えた。「もふもふはみんなを幸せにするものだから!」


精霊は長い間逡巡した末、やっと決心したように微笑んだ。『では……少しだけ……』


そっと手を伸ばし、ボクの肩の毛に触れる。その瞬間—


「うぁあああ」精霊がうっとりした表情を浮かべ声が森に響いた。


『あぁ……何ということ……!』精霊の指が柔らかく毛を撫でる。『これは……想像以上の感触……!』


他の指も加わり、両手でボクの背中を夢中で撫で始める。まるで子供のように無邪気な表情で、かつての威厳ある態度はどこへやら。


「あの……大丈夫でしょうか」セレスティアが小声でアルフレッドに問う。


「精霊は極めて稀ですが、特定の物質に対して過敏な反応を示すことがあります」アルフレッドは冷静に分析する。「もふもふは精霊の未知の領域だったのでしょう」


リリアナは微笑みながら観察していた。「あれだけ高貴な存在が……まさか動物に夢中になるなんて」


ゴドフだけは無言で頷いていた。その表情には何かしらの理解がありそうだ。


『これは……魔法よりも価値があるかもしれません……!』精霊の声が震える。『永年の孤独の中で初めて……こんなにも満たされる感覚……!』


ボクは嬉しくて尻尾をパタパタさせた。「良かった!私も嬉しいです!」


その時、突然精霊の身体から淡い金色の光が溢れ始めた。ボクを撫でる指先から放たれる輝きは徐々に強くなり、周囲を包み込む。


「これは……」アルフレッドが目を見開く。「精霊が共鳴しています」


「どういうこと?」リリアナが尋ねる。


「もふもふと精霊の力が調和して新しい波動が生まれています」セレスティアが説明する。「自然界では類を見ない現象です」


精霊の顔には喜びだけでなく感動の涙が光っていた。『ありがとうございます……永遠の恩恵をお贈りしましょう……』


光の粒が泉から溢れ出し、一行を取り囲む。ボクは眩しさに目を細めながらも精霊の指先から伝わる温もりを感じ続けた。


『あなた方には……』精霊の声が神秘的に響く。『私の加護を与えます。特にあなたには……特別な祝福を』




光の渦が収束していく中、ボクは突然身体の中に何か新しいエネルギーが流れ込むのを感じた。まるで精霊の一部が自分と繋がったような感覚。


「これは……」アルフレッドが驚嘆の声を上げる。「精霊の祝福を受け取ったのです!」


リリアナが感動した様子で近づく。「すごいわ!精霊の加護は伝説級の幸運よ!」


精霊は徐々に冷静さを取り戻したようだが、それでもボクを見る眼差しには変わらぬ愛情が込められていた。


『もう少し……撫でさせていただけますか?』恥ずかしそうに言う精霊。


もちろん断る理由はなかった。ボクたちは月明かりの下で静かな時間を過ごした。


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